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9話.勇者の過去②
しおりを挟む勇者と村びと。
仲が良かった両者の再開は、とても静かなものになった。
2人とも、なんと口を開いていいのか分からなかったのだ。
しばしの間、沈黙の時間が流れる。
最初に口を開いたのは、レオの方だった。
「ソフィ。立派になったんだな。さっき魔王ってのに会ってきた」
そこで、初めてソフィの表情が大きく動いた。
「魔王に!?」
「まぁ、向こうはおれのことなんて、道端の石ころくらいにしか思ってないだろうけどな。あんな化け物をかなり追い詰めたんだろ。すげぇな。ほんと」
最初に何を言うべきか、レオはかなり迷っていた。言いたいことがたくさんあったから。
だが、それでも、率直にレオの口をついて出た言葉は、素直な賛辞だった。
偽りない本心の言葉。
その言葉を聞き、ソフィは困ったように、半分に照れ臭そうにした。
「あの魔王ゼクロスに・・・レオこそすごいよ。あの魔王と会って生き延びてるなんて。私はすごくなかった。結局魔王には、届かなかった。レオの代わりにって思ってたのに。そんな中途半端な心じゃ、足りなかった。やっぱり、私は勇者の器じゃなかったんだ」
そして、俯いてソフィは言う。
「どういう意味だよ?お前以上に勇者にふさわしいやつなんて」
「ううん」
ソフィは悲しそうに首を振るう。
「勇者はね。強いだけじゃダメなんだよ。知ってた?魔王ってすっごく怖いんだよ。対峙するだけで、鳥肌が立つくらい。だから、強いだけじゃその怖さには勝てない。その怖さに真っ向から立ち向かえるくらいの勇気がないといけないの。レオみたいなね」
そこで自分の名前がでてくるとは思わなかったレオは驚く。
「俺?買い被りだろ」
「ううん。レオならできるよ。実際、さっき魔王に会ったって言ってるのにそんなケロっとした顔してるんだもん」
「いや、怖かったぞ。震えて動けなかったし」
「でもその程度でしょ?騎士団の人たちが100人くらいで魔王と対峙したことがあるんだけど、みんな震えが止まらなくなっちゃったんだよ。助かってからもずっと。中には、恐怖のあまり、全身から血しぶきがでちゃった人もいるって聞いたことあるし」
え?何それ怖い。もしかしたら、レオもそうなっていたのではないかと思うと、改めて戦慄する。
「レオには覚悟がある。皆を助けるためだったらどんな困難にだって立ち向かえる覚悟が。だから魔王にだって立ち向かえる器を持ってる。ずっと隣で見てきたから分かるんだ」
「でも、それは、ソフィだって同じだろ?お前だって、この3年間ずっと困難に立ち向かってきたんじゃないか。そうだ!大事なことを言ってなかった!今魔王が攻めてきてるんだ。そんで、お前の仲間のザックとミカエラが足止めしてる!時間がないんだ。呪いを解く方法に心当たりはないか?カイマンさんにもいろいろ聞いてきたんだけど、何がお前の心の傷か分からなくて」
「そう、私のために色々してくれたんだ。でも言ったでしょ。私には無理だった。だから、魔王に負けたの」
「もう一回やればわかんないだろ!お前がやらないと、お前の仲間たちはみんな死んじまうんだぞ」
「言ったでしょ。私はもう、折れてしまった。魔王の圧倒的な強さに。私じゃ魔王には勝てない。でも、1つだけ方法はある。すべてを救う方法が」
「ほんとか!?いったいどんな」
「レオ。私の代わりに戦って」
「は?」
信じられない発言に、俺は絶句するしかなかった。
◇
俺は、ソフィが言っている言葉の意味が分からなかった。
当然、俺は弱い。普通の村びとに比べて、多少剣が使える程度だ。
秘めたる力なんて、ファンタジー的な力も当然あるはずがない。
「どういう意味だよ。冗談なんていってる場合じゃ」
「こんな言い方じゃわからないよね。順に説明するね。私が魔王の呪いに打ち勝てない理由も含めて」
ソフィは微笑んで言う。
そして、パンと手を叩くと、そこには映像が映し出された。
平和そうな町の一角に教会があり、そこで小さな女の子が遊んでいた。白銀の髪から推察するに、ソフィの子供時代だろうか?この村に来る前の。
女の子の遊ぶ様子を、2人の大人の男女が見ていた。
見覚えがある。確か、カイマンさんの家で見た写真に写っていた2人だ。
「ソフィの両親か」
「うん。とっても優しい人たちだった。だけど」
映像が切り替わる。
大量の魔族が攻めてきたのだ。
街のあらゆるところから火の手が上がり、教会も半壊状態にされていた。
俺は驚いた。その魔族の中心で指揮を取るもの。それが、魔王ゼクロスだったのだ。
「魔王!?なんでこんなところに」
魔王が、特定の街に攻めてくるなんて聞いたことがない。
よほどのことがない限り、部下に任せるはずだ。
ソフィが勇者として行動していない時期だし、人手不足というのも考えずらい。
今回直接村に攻めてきたのは、ソフィが魔王以外の強い部下を倒したからだろうし。
その疑問にソフィが答えてくれる。
「この教会は、天使メタトロンさまが奉られている教会なの。メタトロンさまの加護は、数少ない魔王を滅ぼしうる力。だから、危険視して直接きたんでしょうね」
なるほどと俺は納得する。
「そして、私は、教会の神父の一人娘。そして、メタトロンさまの加護を授かった人間よ」
◇
また、理解できない言葉が出てきた。神の加護なんて、おとぎ話でしか聞いたことがない。
ソフィも元々は、俺と同じ村びと出身だと思っていたのに。
やっぱりソフィはもとから選ばれた人間だったんだ。
そんな思いが俺の中に広がる。
「それってどういう」
「旅の中で分かったことなの。私自身それまで知らなかった。でも、それで納得できたこともあるの」
再びソフィは過去の映像に目をやる。俺もそちらの方を見る。
丁度場面は展開し、ソフィの両親が、ソフィを逃がそうとしているところだった。
「逃げなさい。ソフィ!私たちが奴らの注意を引き付けているうちに」
ソフィの父親と思われる人物が言った。
ソフィはその言葉に応えない。受け入れるでもなく、拒絶するでもなくただ立ち尽くしていた。
その顔には怯えの色が色濃くみえる。
当然だろう。こんな幼い少女が、地獄のような光景に耐えきれるわけがない。
「行け!!」
ソフィは父の怒鳴り声に反射するように駆け出した。
そして、物陰に隠れて震え続けていた。
その少し後、魔王が手下を引き連れて、教会まで来た。
父親と母親は、教会の壇上に立ち、魔王と何か交渉を持ちかけようとしたようだ。
離れていたためか、ソフィにその会話は聞こえていなかったらしく、音のない映像が流れる。
だが、交渉は失敗したらしいことは分かった。
ソフィの両親は無残に殺害されてしまったからだ。
俺はそのあまりに救いのない光景に顔を逸らす。
子供のソフィは、その様子をただ息を殺し、泣きながら見ていた。
魔王は、その後教会に火をつけて去っていった。
火に包まれながらも、ソフィは両親の亡骸を見ながら泣き続けていた。
火の手がソフィを襲おうとしたとき、ソフィの体を包み込むように光が発せられる。
そして、火の魔の手からソフィを守った。
「どうやら、私は先天的に天使の加護を授かっていたみたい。その力が私を守ってくれていたのね。私が天才と呼ばれてきたのもこの加護が起因してるみたい」
そして、その町は更地と化した。みんな死んでしまった。
ソフィを除いて。
「あとは、レオも知っての通り。この村にきて、カイマンおじさんと一緒に生活することになって、そして、レオと出会った」
ここまで聞けば、あとはカイマンさんから聞いた話と繋がる。
ソフィは、俺を見て立ち直ることができたんだ。
だけど、そこで俺には1つの疑問が生じていた。
「何で俺だったんだ?」
「え?」
「お前からみたら、俺なんて世間知らずのガキじゃなかったのか?魔王の本当の恐ろしさも知らないで、はしゃいでる愚かな奴」
そうだ。
そんな壮絶な体験をしたんだ。
カイマンは、この傷心の少女を俺が救ったと言っていた。
だが、こんな小さな村でちょっとひたむきに見える少年がいたところで、心が動くはずもない。
「うーん。確かにそう思わなかったって言えば嘘になるかな。初めて見たときはうざいとすら思ったよ」
「え?」
正直その答えは予想していなかった。
そんな風に思われてたのか。
納得しつつも、苦笑いを浮かべてしまう。
「でもね。ずーっと見てるうちに気になるようになったかな。だって、クワ持って素振りして、あまりに変でなにやってるんだろうって。だから話しかけた。覚えてる?」
「あ、ああ」
ソフィは、俺が昔一緒にいた時には、決して言わなかったような毒のある言い方でいう。
初めて本心を打ち明けてくれているのだろうか。
なんだか微妙な気持ちだった。
「あのとき話して思ったんだ。ああ、この人は本気なんだなって。自分の行動が正しいことを一切疑ってない。誰かを救うことに惜しげもなく頑張れる人。あなたが私の立場だったらもしかしたら何か違ったんじゃないかって。私じゃなにもできなかったから。父さんと母さんが殺されたとき動くことすらできなかった。それで、誰かを待った。ただ祈った。きっと私があのとき求めてたのは、レオのような人なんだと思う。だから、私はあなたの行末を見届けたかった。あなたの隣で。それは結局叶わなかったけれど」
「ソフィ」
俺はソフィの言葉を聞いて全てが腑に落ちたような気がした。
両親を見殺しにしてしまったこと。
それこそが、ソフィの心の傷。
そして、そんなソフィを救った人物こそが、俺だったんだ。
だけど、それは、今の俺じゃない。
ひたむきに、ただ勇者になるため、誰かを救うために頑張ってた頃の俺だ。
俺が絶望に打ち砕かれ、くだらないと切り捨てた昔の俺こそが、ソフィを救ったんだ。
だったら俺は。
考える間にも、ソフィは話を続ける。
「だから、私はレオなら魔王の怖さに打ち勝てると思ってる。私はこの旅でメタトロンさまの加護を完璧に使いこなせるようになった。もうこの加護を誰かに譲渡することさえ可能」
「え」
「だから、レオ。メタトロンさまの加護を受け取って。勇者になって魔王を倒して」
ソフィがしてきたのは、俺の予想外の提案だった。
俺が勇者になる?
それは、俺の心をストレートに誘惑する。
ずっと叶えたいと思ってきた夢が今、目の前にあった。
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