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2章:セントフィリアの冒険
40話.古城の防衛戦④:降臨
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頭の中で声が響く。
いつもの夢で見る"声"がささやいてくる。
代われ。あいつを殺す。あいつは俺の獲物だ。
「…うるさいなぁ。黙ってろよ」
脳内の声を無視し、目の前に現れた存在に再び立ち直る。
突然現れた敵。着物を纏い、扇子を持ち、顔形全て人間の姿をしているが、間違いなく人間じゃない。
奇麗な顔に肌、すべてが奇麗すぎて作り物のような気持ち悪さを感じる。
姿を現したとたんに目が離せなくなる圧倒的存在感。あの不気味さ。
間違いなく噂の魔獣四王だ。
"声"がここまで反応しているということは、間違いない。蜘蛛の王、真蜘羅だ。
肌から伝わる圧倒的悪意。ここまで凄いとは。聞いてた以上だ。
頬から冷や汗が流れているのを感じた。
極上の獲物だ。俺が狩る。
タナ・アルティミスは手に持った鎌を再び強く握りしめる。
兵たちは一瞬で捕まってしまい、動きるのはタナともう一人の自由の騎士団、モア・アウグスモンドだけだ。
だが、兵たちがかけてくれたバフ(能力底上げ魔法)がある。
今なら魔獣四王とだって戦えるはずだ。
「そっちのあんたらが自由の騎士団とかいう連中やね?」
蜘蛛の王が話しかけてきた。
「はい。あの大鎌の男が、自由の騎士団タナ・アルティミス。コートの男がモア・アウグスモンドです」
蜘蛛の王の問いにスカルスライム・マナフが答える。
「ちょっと。自己紹介くらい自分でやるよ。着物のおねぇさん、強いんでしょ。やろーよ。こいつも再開に喜んでる」
すると蜘蛛の王は何やら悩んだようなそぶりを見せた。
「はて?あんたどこかで会ったことあった?」
「あんたじゃなくてタナだよ。おれはないけど、こいつは別みたいだ」
俺は手に取った愛鎌・真月を前に出す。
「…その気配。ああ、そういう。よろしゅうね。タナ君。それと、久しぶりやねぇ。ヴァンパイアの真祖様」
特に今まで疑った事はないが、こいつが夢で話しかけてきた内容は真実だったわけだ。
…そこの人間。頼む。我と…契約しろ。そして…我を殺して武器にしろ。…殺したい奴がいる。
真祖にしてかつて最強と呼ばれたヴァンパイア、カーミラ・ヴァレインタイン
そいつと初めての邂逅は、人知れない山の中。既に死にかけ、命の灯が消える間際での出会いだった。
俺はその契約を受け入れた。
武器が欲しかったから、というのもあったが、何より面白そうな予感がしたからだ。
そして、この最強のヴァンパイアが殺したい相手こそが。
「相棒君ってこと?それとも負け犬君?ククッ。みじみやねぇ。久しくみんうちにあの皇帝さまが人間の下僕になってるんやもん。なんか笑えるわぁ」
クスクスと笑う目の前の女は性悪に笑う。
初対面だが、なぜか初めて会った気がしない。
この蜘蛛の王に対する罵詈雑言、恨みつらみを夢の中で散々カーミラから聞かされてきたから。
そう、その女こそが最強を殺し新たな魔獣の王となった女。蜘蛛の王・真蜘羅なのである。
…おい、代われ。
今度はさらに怒りの籠った声が脳内に響いた。
「…そこまでにしてくれるかな。これでも俺の大事な相棒なんでね。貶されるのは気分が悪い」
真蜘羅の言い分は、俺でもムカつくものだった。
これでも結構な年数、大きな鎌となったこの相棒とは付き合ってきたのだ。
「あぁ、ごめんて。あの我儘でナルシストなヴァンパイア様がそんな姿になってまで我を殺すために頑張ってきたんやなと思うとおかしくてつい、ね。悪気はないんや」
どうやらこいつとは仲良くできなさそうだ。
「いつまでもペラペラと。ずいぶん余裕だな。蜘蛛の王様」
エル・ウィンドカッター!
タナが真蜘羅と話している隙に
モアが兵たちの隙間を縫うように、複数の風魔法を発動した。
途端に兵たちが何かから解放されたように一斉によろめき、動き出した。
「体が・・・動く?」
「何だったんだ?今のは」
「皆!魔獣四王・真蜘羅の攻撃手段は糸だ。お前たちは見えない極小サイズの糸に絡められていたんだ。だが、上位の風魔法なら切れる!風魔法使いを先頭に隊列を組み直せっ!!全員で攻めるぞ!」
兵の疑問に答えつつ、的確な指示を出す。
兵たちはすぐに自らのすべき事を理解し動き出す。
風魔法が使えるものはウィンドカッターで見えない糸を切り、使えないものは蜘蛛の王が追撃を仕掛けて来れないように武器を構える。
「あら、対応早いなぁ。兵士さんも有能揃いってわけやね。こういうときは物量で押し潰すのが正解やね」
蜘蛛の王は勢いよく手を上げる。
すると、辺りの地面から地響きが鳴り、無数の白い柱のようなものが一斉に吹き出す。
いや、柱じゃない。あれは蜘蛛の糸だ。よく見れば、糸には大量のMPが含まれているのが分かる。
話に聞いてた以上に
「規格外」
思わずボソリと呟く。
そこら中から悲鳴が聞こえ、モアに自由にしてもらった兵士たちは一瞬で捕まった。
「うわっ、ベタベタする」
「取れねぇ」
「くそ」
兵士たちは糸に捕縛され、身動きが取れないでいる。
殺されてはいないが、全ての兵士がこれで行動不能だ。
助けようにもあの膨大な魔力が含まれた糸を切るのは簡単じゃなさそうだ。
それなりに時間をかければ切れなくはないが、
この怪物の前でそんな隙を見せれば一瞬で殺されるだろう。
モアの方をチラリと見ると、彼も辛うじてかわしている。
モアはサポート魔法に強みを持つ冒険者だ。
先程俺を強化したバフ魔法もモアが起点になったもの。
つまり5000人の魔力を結合して、一つの大魔法を完成させたのだ。
そんな芸当ができるのは王国広しといえどモアだけだ。
だが、それだけでは自由の騎士団は名乗れない。
自由の騎士団。つまりS級冒険者になるためには、一つの基準を満たさなければならない。
それはS級ランクの魔獣相当の強さを持つ事。
モアの場合は、サポート魔法以外にも剣術、攻撃魔術、格闘など何でもA級レベルでできる万能性。
そこに国で最高レベルのサポート魔法が使えることが加味されてS級に認定されたのだ。
だから、今も自身にかけたバフ(能力底上げ)魔法で身体能力を強化し、辛うじて糸の総攻撃をかわしている。
本人は貴族を信奉し、言いなりになっているようだが、タナから言わせれば何故国を蝕む愚物の傀儡などに成り下がっているのか、理解ができない。
自分のような問題児と違い、国を背負えるだけの能力を持っておきながら。
さて、それはいいとしてこれで戦えるのは俺を含めてモアだけになったわけだが。
こっちも何とかかわせているが、近づくのは難しそうだ。
タナはアイテム収納袋からナイフや包丁を取り出し、一斉に蜘蛛の王に向かって投げつけた。
だが、蜘蛛の王は持っていた扇子をパチンとたたみ、軽く振って投げたナイフを打ち落としてしまった。
軽くあしらわれた。やっぱ近づかないと倒せないか。
遠距離戦は諦め、近づくことを選択する。リスクがある事は考慮済みだ。
能力底上げ効果は依然継続中。
身体能力の格差がない今なら魔獣四王とだって戦えるはずだ。
タナは地面に強く踏み込み、一気に駆け抜ける。
うねうねとした糸の集合体を潜り抜け、かわしきれないものは切り落とし、タナは一直線に蜘蛛の王に近づいて鎌を薙ぎ払った。
だが、その攻撃も防がれる。
「刀!?」
蜘蛛の王は着物の袖から刀をだしたのだ。
あの袖。俺のアイテム収納袋と同じように中は異次元になってるのか?
ギリギリと金属と金属がぶつかり合う不快な音が流れる。
俺の刀はヴァンパイア真祖というS級の中でも上位の魔獣が素材になったことで相当切れ味が鋭くなっている。
どこがというと、刀の部分にはカーミラの爪が使われ、てっぺんの頭蓋にはカーミラの頭が使われている。
何でも頭蓋をつけることで、生前のカーミラの魔力を鎌全体に伝導させることができるのだとか。
並みの刃物ならスッパリきれるはずだが。
「ええやろ。うちの職人に作らせた名刀や」
刀と鎌はぶつかり合い、その度に鈍い音が響く。
真蜘羅の剣術はそこまですごくはないようだ。これなら斬れる。
「ふーん、なるほどね。これが自由の騎士団の実力ってわけやね」
その時、打ち合いながらも真蜘羅が話しかけてきた。
「どういう意味?」
「いや、深い意味やないんよ。ただ勇者の代わりになる勢力がどんなもんかは気になってたんや。なるほどなるほどこのレベルを7人も集めたんか。大したもんやね。ルナ王女殿下は」
感心したように真蜘羅は言う。どうやら、この蜘蛛の王は人間側の事情にもかなり通じているようだ。
だが、関係ないね。ここで俺が狩る。
「ま、最も2人じゃ相手にならんけどね」
「は?」
「大方バカな貴族の無茶振りでここまで来たんやろうけど、アホな事したなぁ」
「貴様っ!」
その時俺が言い返す前にモアが蜘蛛の王の言葉に激昂し、真蜘羅に飛びかかる。
「あっ!馬鹿!来るなっ!!」
飛び出したモアの体がピタリ止まる。
「っ…しまった」
「…しまったじゃない!馬鹿ぁ。そこら中に罠があるのはわかってたろ」
モアのあまりに考えのない行動に思わずつっこみを入れてしまう。
貴族がバカにされたからってそこまでキレるか?普通。
自分が突っ込む側に回るのなんて全くと言っていいほどなかったのに、とんだ初体験だ。
これだから貴族の信者なんてどこか頭がおかしいんだ。
モアは普段こんな馬鹿な行動絶対しない、むしろ冷静さでは頼もしさすら感じているというのに。
あいつ絶対貴族信者やめたほうがいいだろ、と心の中で思う。
これで人間側で残ってる戦力はあと一人。俺だけだ。
けど、段々分かってきたぞ。
蜘蛛の王の戦い方が。
こいつは基本は糸で罠を仕掛けて戦うスタイルだ。
ある意味待ちの戦法と言えるかもしれない。
戦闘能力はかなり高いし、このレベルと戦いながら罠を張り巡せられたら、ひっかからないのはまず無理だろう。
おまけに、こいつは人の心理を読む能力が異常に高い。
さっきのモアの件や他の兵士たちが捕まった時の糸の動きを見れば明らかだ。
相手の心理の隙を的確に狙ってくる。
だが、俺の超感覚なら心理なんて分からなくても、罠の場所はなんとなくわかる。
「我の戦闘スタイル、見抜いとるんやね。それで多分正解やよ」
真蜘羅がまた話しかけてくる。
「我は人間たちの間じゃこうよばれてるねん。魔獣四王最弱ってね」
・・・こいつが最弱?
正直信じられない。今こいつと渡り合えているのは、5000人という大人数から能力を超底上げしてもらったからだ。
「ま、全員戦闘能力バケモンやし、我みたいに一芸特価型はそう評価されてもしょうがないんやけどな。なんやけど」
ガクンと体がに衝撃が走る。自身の体の勢いが急に止められたからだ。
なんだ?そこに糸はなかったはず。
その理由は足元にあった。足元の土が粘着性を持っているのだ。
いや、地面が所々白くなっている。これは土に糸を張って・・・
そう言えば捕らえられた兵士の一人がベタベタすると言っていたのを思い出した。
「我の糸は3つの性質を付与できるんや。硬質、鋭敏性、そんで粘着性。あんた、
多分痛みを感じる前の感覚が半端ないんやろ。だから、硬い糸や切れる糸は紙一重でかわせるんやな。
やけど、粘着性の糸ならこの通り、や」
俺の感覚をもう見抜いたのか、いや、おそらくさっきの紫苑やバーナードたちの戦闘をどこかで見てたんだ。
「戦闘の駆け引きならだれにも負けんよ」
憎たらしく笑って真蜘羅はそう言った。
クソッ…まだやれる。来るな。
…無理だろう。あの時の契約。履行させてもらうぞ。
その時、一瞬俺の意識はとんだ。
それと同時に腕が宙に舞う。血を辺りに巻き散らかしながら、胴体と切断された腕が。
それは、当然俺の腕ではない。だが、その場にいる者全員が疑うであろう者の腕だ。
宙に舞ったのは、その場で一番の強者の腕である。
つまり、蜘蛛の王、真蜘羅の腕が飛んだ。
その腕が地面に落ちたと同時に意識が戻る。だが、自分の体はこれっぽっちも動かせない。
「…」
「クック。やられて言葉もないか?だが、こんなものではない。やっとこの時が来た。あの時の恨み、存分に味あわせてやろう」
ヴァンパイアの真祖、カーミラ・ヴァレンタインはこの時をもって再びこの世界に降臨した。
冒険者タナ・アウグスモンドの体を媒体にして。
いつもの夢で見る"声"がささやいてくる。
代われ。あいつを殺す。あいつは俺の獲物だ。
「…うるさいなぁ。黙ってろよ」
脳内の声を無視し、目の前に現れた存在に再び立ち直る。
突然現れた敵。着物を纏い、扇子を持ち、顔形全て人間の姿をしているが、間違いなく人間じゃない。
奇麗な顔に肌、すべてが奇麗すぎて作り物のような気持ち悪さを感じる。
姿を現したとたんに目が離せなくなる圧倒的存在感。あの不気味さ。
間違いなく噂の魔獣四王だ。
"声"がここまで反応しているということは、間違いない。蜘蛛の王、真蜘羅だ。
肌から伝わる圧倒的悪意。ここまで凄いとは。聞いてた以上だ。
頬から冷や汗が流れているのを感じた。
極上の獲物だ。俺が狩る。
タナ・アルティミスは手に持った鎌を再び強く握りしめる。
兵たちは一瞬で捕まってしまい、動きるのはタナともう一人の自由の騎士団、モア・アウグスモンドだけだ。
だが、兵たちがかけてくれたバフ(能力底上げ魔法)がある。
今なら魔獣四王とだって戦えるはずだ。
「そっちのあんたらが自由の騎士団とかいう連中やね?」
蜘蛛の王が話しかけてきた。
「はい。あの大鎌の男が、自由の騎士団タナ・アルティミス。コートの男がモア・アウグスモンドです」
蜘蛛の王の問いにスカルスライム・マナフが答える。
「ちょっと。自己紹介くらい自分でやるよ。着物のおねぇさん、強いんでしょ。やろーよ。こいつも再開に喜んでる」
すると蜘蛛の王は何やら悩んだようなそぶりを見せた。
「はて?あんたどこかで会ったことあった?」
「あんたじゃなくてタナだよ。おれはないけど、こいつは別みたいだ」
俺は手に取った愛鎌・真月を前に出す。
「…その気配。ああ、そういう。よろしゅうね。タナ君。それと、久しぶりやねぇ。ヴァンパイアの真祖様」
特に今まで疑った事はないが、こいつが夢で話しかけてきた内容は真実だったわけだ。
…そこの人間。頼む。我と…契約しろ。そして…我を殺して武器にしろ。…殺したい奴がいる。
真祖にしてかつて最強と呼ばれたヴァンパイア、カーミラ・ヴァレインタイン
そいつと初めての邂逅は、人知れない山の中。既に死にかけ、命の灯が消える間際での出会いだった。
俺はその契約を受け入れた。
武器が欲しかったから、というのもあったが、何より面白そうな予感がしたからだ。
そして、この最強のヴァンパイアが殺したい相手こそが。
「相棒君ってこと?それとも負け犬君?ククッ。みじみやねぇ。久しくみんうちにあの皇帝さまが人間の下僕になってるんやもん。なんか笑えるわぁ」
クスクスと笑う目の前の女は性悪に笑う。
初対面だが、なぜか初めて会った気がしない。
この蜘蛛の王に対する罵詈雑言、恨みつらみを夢の中で散々カーミラから聞かされてきたから。
そう、その女こそが最強を殺し新たな魔獣の王となった女。蜘蛛の王・真蜘羅なのである。
…おい、代われ。
今度はさらに怒りの籠った声が脳内に響いた。
「…そこまでにしてくれるかな。これでも俺の大事な相棒なんでね。貶されるのは気分が悪い」
真蜘羅の言い分は、俺でもムカつくものだった。
これでも結構な年数、大きな鎌となったこの相棒とは付き合ってきたのだ。
「あぁ、ごめんて。あの我儘でナルシストなヴァンパイア様がそんな姿になってまで我を殺すために頑張ってきたんやなと思うとおかしくてつい、ね。悪気はないんや」
どうやらこいつとは仲良くできなさそうだ。
「いつまでもペラペラと。ずいぶん余裕だな。蜘蛛の王様」
エル・ウィンドカッター!
タナが真蜘羅と話している隙に
モアが兵たちの隙間を縫うように、複数の風魔法を発動した。
途端に兵たちが何かから解放されたように一斉によろめき、動き出した。
「体が・・・動く?」
「何だったんだ?今のは」
「皆!魔獣四王・真蜘羅の攻撃手段は糸だ。お前たちは見えない極小サイズの糸に絡められていたんだ。だが、上位の風魔法なら切れる!風魔法使いを先頭に隊列を組み直せっ!!全員で攻めるぞ!」
兵の疑問に答えつつ、的確な指示を出す。
兵たちはすぐに自らのすべき事を理解し動き出す。
風魔法が使えるものはウィンドカッターで見えない糸を切り、使えないものは蜘蛛の王が追撃を仕掛けて来れないように武器を構える。
「あら、対応早いなぁ。兵士さんも有能揃いってわけやね。こういうときは物量で押し潰すのが正解やね」
蜘蛛の王は勢いよく手を上げる。
すると、辺りの地面から地響きが鳴り、無数の白い柱のようなものが一斉に吹き出す。
いや、柱じゃない。あれは蜘蛛の糸だ。よく見れば、糸には大量のMPが含まれているのが分かる。
話に聞いてた以上に
「規格外」
思わずボソリと呟く。
そこら中から悲鳴が聞こえ、モアに自由にしてもらった兵士たちは一瞬で捕まった。
「うわっ、ベタベタする」
「取れねぇ」
「くそ」
兵士たちは糸に捕縛され、身動きが取れないでいる。
殺されてはいないが、全ての兵士がこれで行動不能だ。
助けようにもあの膨大な魔力が含まれた糸を切るのは簡単じゃなさそうだ。
それなりに時間をかければ切れなくはないが、
この怪物の前でそんな隙を見せれば一瞬で殺されるだろう。
モアの方をチラリと見ると、彼も辛うじてかわしている。
モアはサポート魔法に強みを持つ冒険者だ。
先程俺を強化したバフ魔法もモアが起点になったもの。
つまり5000人の魔力を結合して、一つの大魔法を完成させたのだ。
そんな芸当ができるのは王国広しといえどモアだけだ。
だが、それだけでは自由の騎士団は名乗れない。
自由の騎士団。つまりS級冒険者になるためには、一つの基準を満たさなければならない。
それはS級ランクの魔獣相当の強さを持つ事。
モアの場合は、サポート魔法以外にも剣術、攻撃魔術、格闘など何でもA級レベルでできる万能性。
そこに国で最高レベルのサポート魔法が使えることが加味されてS級に認定されたのだ。
だから、今も自身にかけたバフ(能力底上げ)魔法で身体能力を強化し、辛うじて糸の総攻撃をかわしている。
本人は貴族を信奉し、言いなりになっているようだが、タナから言わせれば何故国を蝕む愚物の傀儡などに成り下がっているのか、理解ができない。
自分のような問題児と違い、国を背負えるだけの能力を持っておきながら。
さて、それはいいとしてこれで戦えるのは俺を含めてモアだけになったわけだが。
こっちも何とかかわせているが、近づくのは難しそうだ。
タナはアイテム収納袋からナイフや包丁を取り出し、一斉に蜘蛛の王に向かって投げつけた。
だが、蜘蛛の王は持っていた扇子をパチンとたたみ、軽く振って投げたナイフを打ち落としてしまった。
軽くあしらわれた。やっぱ近づかないと倒せないか。
遠距離戦は諦め、近づくことを選択する。リスクがある事は考慮済みだ。
能力底上げ効果は依然継続中。
身体能力の格差がない今なら魔獣四王とだって戦えるはずだ。
タナは地面に強く踏み込み、一気に駆け抜ける。
うねうねとした糸の集合体を潜り抜け、かわしきれないものは切り落とし、タナは一直線に蜘蛛の王に近づいて鎌を薙ぎ払った。
だが、その攻撃も防がれる。
「刀!?」
蜘蛛の王は着物の袖から刀をだしたのだ。
あの袖。俺のアイテム収納袋と同じように中は異次元になってるのか?
ギリギリと金属と金属がぶつかり合う不快な音が流れる。
俺の刀はヴァンパイア真祖というS級の中でも上位の魔獣が素材になったことで相当切れ味が鋭くなっている。
どこがというと、刀の部分にはカーミラの爪が使われ、てっぺんの頭蓋にはカーミラの頭が使われている。
何でも頭蓋をつけることで、生前のカーミラの魔力を鎌全体に伝導させることができるのだとか。
並みの刃物ならスッパリきれるはずだが。
「ええやろ。うちの職人に作らせた名刀や」
刀と鎌はぶつかり合い、その度に鈍い音が響く。
真蜘羅の剣術はそこまですごくはないようだ。これなら斬れる。
「ふーん、なるほどね。これが自由の騎士団の実力ってわけやね」
その時、打ち合いながらも真蜘羅が話しかけてきた。
「どういう意味?」
「いや、深い意味やないんよ。ただ勇者の代わりになる勢力がどんなもんかは気になってたんや。なるほどなるほどこのレベルを7人も集めたんか。大したもんやね。ルナ王女殿下は」
感心したように真蜘羅は言う。どうやら、この蜘蛛の王は人間側の事情にもかなり通じているようだ。
だが、関係ないね。ここで俺が狩る。
「ま、最も2人じゃ相手にならんけどね」
「は?」
「大方バカな貴族の無茶振りでここまで来たんやろうけど、アホな事したなぁ」
「貴様っ!」
その時俺が言い返す前にモアが蜘蛛の王の言葉に激昂し、真蜘羅に飛びかかる。
「あっ!馬鹿!来るなっ!!」
飛び出したモアの体がピタリ止まる。
「っ…しまった」
「…しまったじゃない!馬鹿ぁ。そこら中に罠があるのはわかってたろ」
モアのあまりに考えのない行動に思わずつっこみを入れてしまう。
貴族がバカにされたからってそこまでキレるか?普通。
自分が突っ込む側に回るのなんて全くと言っていいほどなかったのに、とんだ初体験だ。
これだから貴族の信者なんてどこか頭がおかしいんだ。
モアは普段こんな馬鹿な行動絶対しない、むしろ冷静さでは頼もしさすら感じているというのに。
あいつ絶対貴族信者やめたほうがいいだろ、と心の中で思う。
これで人間側で残ってる戦力はあと一人。俺だけだ。
けど、段々分かってきたぞ。
蜘蛛の王の戦い方が。
こいつは基本は糸で罠を仕掛けて戦うスタイルだ。
ある意味待ちの戦法と言えるかもしれない。
戦闘能力はかなり高いし、このレベルと戦いながら罠を張り巡せられたら、ひっかからないのはまず無理だろう。
おまけに、こいつは人の心理を読む能力が異常に高い。
さっきのモアの件や他の兵士たちが捕まった時の糸の動きを見れば明らかだ。
相手の心理の隙を的確に狙ってくる。
だが、俺の超感覚なら心理なんて分からなくても、罠の場所はなんとなくわかる。
「我の戦闘スタイル、見抜いとるんやね。それで多分正解やよ」
真蜘羅がまた話しかけてくる。
「我は人間たちの間じゃこうよばれてるねん。魔獣四王最弱ってね」
・・・こいつが最弱?
正直信じられない。今こいつと渡り合えているのは、5000人という大人数から能力を超底上げしてもらったからだ。
「ま、全員戦闘能力バケモンやし、我みたいに一芸特価型はそう評価されてもしょうがないんやけどな。なんやけど」
ガクンと体がに衝撃が走る。自身の体の勢いが急に止められたからだ。
なんだ?そこに糸はなかったはず。
その理由は足元にあった。足元の土が粘着性を持っているのだ。
いや、地面が所々白くなっている。これは土に糸を張って・・・
そう言えば捕らえられた兵士の一人がベタベタすると言っていたのを思い出した。
「我の糸は3つの性質を付与できるんや。硬質、鋭敏性、そんで粘着性。あんた、
多分痛みを感じる前の感覚が半端ないんやろ。だから、硬い糸や切れる糸は紙一重でかわせるんやな。
やけど、粘着性の糸ならこの通り、や」
俺の感覚をもう見抜いたのか、いや、おそらくさっきの紫苑やバーナードたちの戦闘をどこかで見てたんだ。
「戦闘の駆け引きならだれにも負けんよ」
憎たらしく笑って真蜘羅はそう言った。
クソッ…まだやれる。来るな。
…無理だろう。あの時の契約。履行させてもらうぞ。
その時、一瞬俺の意識はとんだ。
それと同時に腕が宙に舞う。血を辺りに巻き散らかしながら、胴体と切断された腕が。
それは、当然俺の腕ではない。だが、その場にいる者全員が疑うであろう者の腕だ。
宙に舞ったのは、その場で一番の強者の腕である。
つまり、蜘蛛の王、真蜘羅の腕が飛んだ。
その腕が地面に落ちたと同時に意識が戻る。だが、自分の体はこれっぽっちも動かせない。
「…」
「クック。やられて言葉もないか?だが、こんなものではない。やっとこの時が来た。あの時の恨み、存分に味あわせてやろう」
ヴァンパイアの真祖、カーミラ・ヴァレンタインはこの時をもって再びこの世界に降臨した。
冒険者タナ・アウグスモンドの体を媒体にして。
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◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
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