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【 第5話: ミラクル希さん 】

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 3日目の朝、僕は目覚めると、すぐに枕元にあるノートを手に取った。
 早く希さんに会いたいからだ。
 今までの僕の人生の中で、こんなにも朝が待ち遠しいことはない。

『4月5日 水曜日』
『仕事するって楽しいーっ! 先輩社員や同期のみんなもやさしいし、今日のお昼何にしようかな~?』

 相変わらず、希さんの楽しくてポジティブな内容が日記に記されていた。
 そして、しばらくすると、希さんはいつものように、僕にゆっくりと姿を見せてくれる。

「希さん、おはようございます!」
「友也くん、おはよう! 今日は元気ね」
「は、はい。早く希さんに会いたくて、起きてすぐに日記を読みました」
「そう、私に会いたかったのね。そう言ってもらえると、何だか嬉しいな」

「希さん、今日も一緒に会社へ行きましょう!」
「分かったわ。今日も一日楽しく頑張ろう!」
「はい!」

 僕は希さんの笑顔を見ると、パワーがみなぎってきて元気が出てくる。
 いつも明るく楽しそうな希さんは、僕の理想とする生き方そのもの。
 今まで僕が歩んできたネガティブな生き方を、希さんが変えてくれると思い始めていたんだ。
 それほど、希さんはエネルギッシュであり、とても魅力的な存在で、僕の活力の源と今やなっている。

 ――そして、会社では、今日もあの部長が、僕にこんな難問を命令してきた。

「おい、新人! この二つの書類を今日中に、札幌支店と大阪支店に届けて来い」
「えっ? 札幌と大阪にですか……?」
「そうだ。優秀なお前だったら、この難題を突破できるよな?」

 するとまた、それを聞いていた隣の女子社員が部長にこう言う。

「部長、さすがにそれは彼にも、時間的に無理かと……」
「俺は君に言っているんじゃない! 優秀だと言う相場くんに頼んでるんだ! 出来るよな、相場!」

 僕が言葉に詰まっていると、またしても希さんが絶妙なタイミングで、見事に助け舟を出してくれる。

「(友也くん、私も協力するから、行くって伝えて!)」
「えっ? さすがに無理なんじゃ……」
「(大丈夫だから、私を信じて!)」

 希さんは、一体何を考えているのか……。
 でも、希さんのことだ。何かいいアイデアがきっとあるに違いない。

 僕は、希さんの言われるがまま、この二つの書類を届けることを部長に快諾した。

「わ、分かりました。それを札幌支店と大阪支店に届けて来ます……」
「おおーっ、そうか~。さすがは優秀な相場くんだ! 君には才能があるからな。何かいい案があるようだ。ははは……。じゃあ、頼んだぞ!」
「は、はい……」

「その代わり、もしこれを実行出来なかったら、全てはお前の責任だからな! いいな!」
「わ、分かりました……」

 僕はこんなの時間的に絶対に無理だと諦めていた。
 しかし、希さんには何か秘策があるようだ。

「友也くん、私は札幌支店にこれを届けるから、友也くんは大阪支店にこれを届けて! いい?!」
「えっ? 希さんが札幌で、僕が大阪ですか……?」
「そう! 悩んでいる時間はないわ。すぐにそれぞれ向かうわよ!」
「は、はい! 分かりました!」

 僕は新幹線で一人大阪支店へと向かった。
 僕の任務だけなら、十分に時間的に間に合う。
 但し、問題なのは、札幌支店の方だ。

 希さんは、『おばけ』なので、タダで飛行機にも、タクシーにも乗れると言って別れたが、内心僕は非常に不安だった。
 届ける書類だけが勝手に動いているように、他の人には見えるからだ。
 バレなければいいけど……。

 僕は無事に大阪支店に書類を届けると、急いで東京へと戻った。
 しかし、僕が会社の前に到着すると、何故か既に希さんは、会社の玄関の前で腕組みをして待っててくれた。

「遅いぞ。友也くん!」
「あ、あれっ? ど、どうして希さんこんなに早く到着してるんですか? 書類は無事届けたんですか?」
「任せておいて、ちゃんと届けたから。但し、札幌支店の部長さんの机のINBOXに入れておいたから、ビックリしてたけどね。うふふっ」

 そりゃそうだろう。書類が急に宙を舞って、自分のINBOXに入るんだから……。

「そ、そうなんですか! 間に合ったんですね! すごいです、希さん!」
「でも何故、僕よりも早く、ここに戻って来られたんですか?」
「私はおばけよ。書類さえ届けてしまえば、あとは、札幌から東京へ魂が一飛びよ」

 そうか……。希さんがおばけだっていうことを、僕はすっかり忘れていた……。
 おばけには、そんなこと朝飯前だよね。

「あ~、そうか。おばけですもんね!」
「今頃気付いたの? さあ、あの部長の驚く顔を二人で見ましょう!」
「はい!」

 希さんは、やっぱりすごい!


 僕は部長に大阪支店と札幌支店に無事書類を届けたことを伝えると、またしてもお茶を噴出して驚いていた。
 その姿は、本当に可笑しくて、滑稽こっけいだった。

「ブーーーッ!! な、何ーーーっ!! も、もう、届けたってーーー!! お、お前、どうやって届けたんだ!!」
「それは、秘密です。あるテクニックを使っただけです」
「お、お前、そのテクニックとやらを俺に教えろ……」

「それは出来ません」
「な、何故だ……」
「その方法は僕にしか出来ない方法だからです」
「く……、ま、まあいい。無事届けたんなら……」

 部長の悔しそうな顔を見るのは実に爽快だ。

『キ~ンコ~ン、カ~ンコ~ン……』

「あっ、終業のベルが鳴ったんで、僕はこれで失礼します」
「あ、あぁ、ご、ご苦労さん……」

 僕たちは今日も部長の難題をクリアして、一泡吹かせてやったことに、達成感と同時に、清々しい気分を味わっていた。
 会社から帰宅する途中、その話で希さんと盛り上がったんだ。

「今日も、希さん、ナイスなアドバイスありがとうございます!」
「もう、あの部長の驚いた顔、面白かったーっ!」
「僕も何だか、自信が付いてきた気がします!」
「うふふっ、それは良かったわね。初めて友也くんに会った頃とは大違いね」

 希さんは、両手を合わせながら、上目遣いで僕の方を見てそう言った。

「あははは……、もう、あの時みたいな僕はいませんよ。希さんが居てくれれば何でも出来る気がしてるんです!」
「ほんと?」

 希さんは、肩越しから急にス~ッと、僕の前に来て顔を見合わせる。

「はい! だから、希さんいつまでも僕に取り付いていて下さい!」
「もう、取り付くって、言い方おかしい~」
「だって、希さん、おばけですから」
「そうだけど、もう少し、レディに対しての言い方っていうものがあるでしょ~。側にいて下さいとかさぁ~」

 年上だけど、希さんの脹れて赤くなった顔も本当にかわいらしい。

「すみません」
「うふふふっ……」
「あはははは……」

 僕は久々に大きな声を出して笑ったような気がする。
 こんな気持ちになるのは、本当に何年ぶりのことだろう。

 この日、希さんと一緒に歩いて帰った時の綺麗な夕日を、僕は今でもはっきりと憶えている。


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