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【 第1話: おばけが出た 】
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『ガチャ』
『キィ~』
「ここになります。相場さん」
「こ、ここですか……」
「まあ、古いですが、全然住めますよ。痛んでいるところはありますので、その分お安いお値段にしてあります」
「そうですか……」
僕は、両親と離れて初めて一人暮らしをする。
大学受験に失敗し、働くことになったのだが、東京の郊外にあるこのかなり古い団地に引っ越すことになった。
当然、お金もないため、一番値段の安かった9階の9号室。
そう、一番みんなが嫌う数字が並ぶ、『909号室』がこの部屋だ。
さすがに人気がないため、この部屋だけ異常なまでに安い値段が付けられていた。
「じゃあ、鍵はこれね。あと、何か分からないことがあったら電話して下さい。それじゃ、私はこれで」
「ありがとうございました……。ふぅ~」
改めてこの部屋の中を見渡すと、やはり、値段相応の部屋だということが分かる。
床板は色褪せたわみ、ギシギシと音を立て、壁は黄色く変色し、所々剥がれ落ちている。
天井は色々な模様が浮き出すかのように、不気味な謎の染みがいくつもある。
キッチンのシンクは長年の汚れがへばり付き、浴槽はあるものの劣化が激しく表面がザラザラしていた。
トイレも付いてはいるが、便器のフタが無く、便座も少し割れ、臭いも激しい。
部屋の電気を点けると、昔ながらの蛍光灯が『バチッバチッ』っと、半分切れかかっている。
僕はこれから、ずっとここに住んで働くのかと、希望とはとても縁遠い、むしろ絶望の気持ちに苛まれていた。
『パリンッ!』
引越しの片付けをしていた時、実家から一つしか持って来なかった茶碗をいきなり割ってしまった。
その茶碗の破片を片付けていると、「痛っ」……。
僕は指を切って血が出てしまった。
「くそっ、ティッシュはどこにあったかな……。あれっ? 無い……」
僕はティッシュを実家に置いてきてしまったことに気付く。
台所へ行き、水で血を洗い流すと、シンクの排水溝の中から、『ゴボゴボゴボ……』っと、妙な音がした後、水が完全に流れなくなってしまった。
――引越しの後片付けが終わる頃には、すっかり夜になっていた。
僕は、部屋のカーテンを閉めようとしたのだが、カーテンは所々破れていて穴が開いている。
しかも、カーテンを完全に閉め切ることが出来ず、おまけに長さも短く、湿った臭いが染み付いていた。
こんな場所で暮らして行くことに、僕は不安と絶望感でいっぱいだった。
そんな時、ふと古く薄汚れた壁と柱の間に、わずかに隙間があるのに気付いた。
その隙間をよく見ると、何かノートらしきものが挟まっているのが見える。
前の住人か、そのまた前の住人のものかと思ったが、その時は、さほど気にも留めなかった。
食事はカップラーメンを食べて、あまり温かくならないザラザラしたお風呂に入り、ふとんを床に敷き、疲れた体をゴロンと横たえた。
しばらく、ボーッと今日の冴えない一日の出来事を思い出していると、先ほどの壁と柱の間に挟まっているノートのことがまた目に留まる。
僕は、そのノートが誰のものなのか、気になり始めていた。
「そうだ。ひょっとすると、箸でそのノートが取り出せるかも……」
先ほどカップラーメンを食べた割り箸で、その挟まっているノートを取ろうとした。
しかし、割り箸ではノートをこちら側へ引き抜くことは、なかなか出来ない。
「くそっ、出てこないな。割り箸では、ダメか……。あっ、そう言えば……」
そこで、実家から針金ハンガーを持って来ていることに気付き、それを細長く伸ばし、フック部分をノートに引っ掛けて取り出そうとした。
「もう少し……、よしっ! 行けるぞ……。と、取れた!」
取り出したノートは、かなり古いものだと一目で分かる。
買った時には、クリーム色の背景に、赤色のラインが入った綺麗なノートだったと思うが、色は変色し、湿気を吸って染みも所々ある、最近見かけないデザインの古いノートだ。
表には、綺麗な文字で『日記』と書かれていた。
人の日記なんて、見てはいけないと思ったが、この部屋には自分以外誰もいない。
だからこの日記を見たって、何の問題はないと、僕はそのノートの1ページ目を開いて見てみたんだ。
その日記には、『昭和42年4月2日 日曜日』の日付から書かれていた。
僕は、日記の内容を見てしまうことに、少し罪悪感を覚えながらも、内容が気になりそれを読んでみた。
『今日は、この団地に引越してきたお祝いの日! とても綺麗で一人暮らしの私にはもったいないくらい!』
――という書き出しで始まっていた。
『明日から始まる初めてのお仕事にワクワクが押さえ切れない! 早く職場の人たちと仲良くなって、楽しく働くぞーっ!』
それは、今の僕とは全く正反対の気持ちが綴られている内容の日記だった。
文面から想像すると、この日記の持ち主は、僕と同じくらいの歳の女性じゃないかと思う。
『今日は、引越しのご褒美に、デザートのプリンを作って食べました! おいしかったーっ! プリン最高ーっ!』
その日記の内容から、とても前向きで明るい性格の女性だと思われた。
読み進めると、あまり大した内容のある話ではなかったが、その女性の性格や生活ぶりが如実に現れた中身だった。
僕はその1日目の日記を読み終えると、今日の引越しで疲れていたのか、知らない間に電気を点けたまま眠ってしまっていた。
――深夜になり、何か隣で人の気配を感じて目を開けると、そこには何と……、
『おばけ』がいた……。
「ぎゃぁーーーー!! お、お、おばけが出たぁーーーー!!」
僕は思わず、部屋の隅まで逃げると、その『おばけ』は透き通った体で、こう言う。
「そんなに、ビックリしないで」
「お、お、おばけがしゃ、しゃべったぁーーーー!!」
おばけって、しゃべれるんだっけ……?
「そんなに大きな声を出したら、ご近所さんに迷惑よ」
「な、な、何で……、ぼ、僕の部屋におばけが出るんだよぉ~……」
「うふふっ、だって、あなた私の日記を読んだでしょ?」
「え、えっ? に、日記……?」
このおばけは、妙なことを言う……。
「そう。そこにある日記」
「よ、読んだけど……、でも何で読んだらおばけが出るんだよ……」
「あなたが、壁の間に挟まっている私を助けてくれたから、ようやく外の世界へ出ることができたの」
「えっ? た、助けた……?」
全然、意味が分からない……。
「そう。あそこの狭い暗い壁の世界から、あなたが助けてくれたのよ」
「な、何だかよく分からないけど……。君は僕を殺そうとしたり、変な呪いとかかけちゃったりしない……?」
「そんなの、しないから安心して。むしろ、助けてもらったから恩返しをしたいくらいよ」
「お、恩返し……?」
「そう、恩返ししてあげる」
僕はそんな不思議な『おばけ』と、人生生まれて初めて、会話というものをしてしまった……。
『キィ~』
「ここになります。相場さん」
「こ、ここですか……」
「まあ、古いですが、全然住めますよ。痛んでいるところはありますので、その分お安いお値段にしてあります」
「そうですか……」
僕は、両親と離れて初めて一人暮らしをする。
大学受験に失敗し、働くことになったのだが、東京の郊外にあるこのかなり古い団地に引っ越すことになった。
当然、お金もないため、一番値段の安かった9階の9号室。
そう、一番みんなが嫌う数字が並ぶ、『909号室』がこの部屋だ。
さすがに人気がないため、この部屋だけ異常なまでに安い値段が付けられていた。
「じゃあ、鍵はこれね。あと、何か分からないことがあったら電話して下さい。それじゃ、私はこれで」
「ありがとうございました……。ふぅ~」
改めてこの部屋の中を見渡すと、やはり、値段相応の部屋だということが分かる。
床板は色褪せたわみ、ギシギシと音を立て、壁は黄色く変色し、所々剥がれ落ちている。
天井は色々な模様が浮き出すかのように、不気味な謎の染みがいくつもある。
キッチンのシンクは長年の汚れがへばり付き、浴槽はあるものの劣化が激しく表面がザラザラしていた。
トイレも付いてはいるが、便器のフタが無く、便座も少し割れ、臭いも激しい。
部屋の電気を点けると、昔ながらの蛍光灯が『バチッバチッ』っと、半分切れかかっている。
僕はこれから、ずっとここに住んで働くのかと、希望とはとても縁遠い、むしろ絶望の気持ちに苛まれていた。
『パリンッ!』
引越しの片付けをしていた時、実家から一つしか持って来なかった茶碗をいきなり割ってしまった。
その茶碗の破片を片付けていると、「痛っ」……。
僕は指を切って血が出てしまった。
「くそっ、ティッシュはどこにあったかな……。あれっ? 無い……」
僕はティッシュを実家に置いてきてしまったことに気付く。
台所へ行き、水で血を洗い流すと、シンクの排水溝の中から、『ゴボゴボゴボ……』っと、妙な音がした後、水が完全に流れなくなってしまった。
――引越しの後片付けが終わる頃には、すっかり夜になっていた。
僕は、部屋のカーテンを閉めようとしたのだが、カーテンは所々破れていて穴が開いている。
しかも、カーテンを完全に閉め切ることが出来ず、おまけに長さも短く、湿った臭いが染み付いていた。
こんな場所で暮らして行くことに、僕は不安と絶望感でいっぱいだった。
そんな時、ふと古く薄汚れた壁と柱の間に、わずかに隙間があるのに気付いた。
その隙間をよく見ると、何かノートらしきものが挟まっているのが見える。
前の住人か、そのまた前の住人のものかと思ったが、その時は、さほど気にも留めなかった。
食事はカップラーメンを食べて、あまり温かくならないザラザラしたお風呂に入り、ふとんを床に敷き、疲れた体をゴロンと横たえた。
しばらく、ボーッと今日の冴えない一日の出来事を思い出していると、先ほどの壁と柱の間に挟まっているノートのことがまた目に留まる。
僕は、そのノートが誰のものなのか、気になり始めていた。
「そうだ。ひょっとすると、箸でそのノートが取り出せるかも……」
先ほどカップラーメンを食べた割り箸で、その挟まっているノートを取ろうとした。
しかし、割り箸ではノートをこちら側へ引き抜くことは、なかなか出来ない。
「くそっ、出てこないな。割り箸では、ダメか……。あっ、そう言えば……」
そこで、実家から針金ハンガーを持って来ていることに気付き、それを細長く伸ばし、フック部分をノートに引っ掛けて取り出そうとした。
「もう少し……、よしっ! 行けるぞ……。と、取れた!」
取り出したノートは、かなり古いものだと一目で分かる。
買った時には、クリーム色の背景に、赤色のラインが入った綺麗なノートだったと思うが、色は変色し、湿気を吸って染みも所々ある、最近見かけないデザインの古いノートだ。
表には、綺麗な文字で『日記』と書かれていた。
人の日記なんて、見てはいけないと思ったが、この部屋には自分以外誰もいない。
だからこの日記を見たって、何の問題はないと、僕はそのノートの1ページ目を開いて見てみたんだ。
その日記には、『昭和42年4月2日 日曜日』の日付から書かれていた。
僕は、日記の内容を見てしまうことに、少し罪悪感を覚えながらも、内容が気になりそれを読んでみた。
『今日は、この団地に引越してきたお祝いの日! とても綺麗で一人暮らしの私にはもったいないくらい!』
――という書き出しで始まっていた。
『明日から始まる初めてのお仕事にワクワクが押さえ切れない! 早く職場の人たちと仲良くなって、楽しく働くぞーっ!』
それは、今の僕とは全く正反対の気持ちが綴られている内容の日記だった。
文面から想像すると、この日記の持ち主は、僕と同じくらいの歳の女性じゃないかと思う。
『今日は、引越しのご褒美に、デザートのプリンを作って食べました! おいしかったーっ! プリン最高ーっ!』
その日記の内容から、とても前向きで明るい性格の女性だと思われた。
読み進めると、あまり大した内容のある話ではなかったが、その女性の性格や生活ぶりが如実に現れた中身だった。
僕はその1日目の日記を読み終えると、今日の引越しで疲れていたのか、知らない間に電気を点けたまま眠ってしまっていた。
――深夜になり、何か隣で人の気配を感じて目を開けると、そこには何と……、
『おばけ』がいた……。
「ぎゃぁーーーー!! お、お、おばけが出たぁーーーー!!」
僕は思わず、部屋の隅まで逃げると、その『おばけ』は透き通った体で、こう言う。
「そんなに、ビックリしないで」
「お、お、おばけがしゃ、しゃべったぁーーーー!!」
おばけって、しゃべれるんだっけ……?
「そんなに大きな声を出したら、ご近所さんに迷惑よ」
「な、な、何で……、ぼ、僕の部屋におばけが出るんだよぉ~……」
「うふふっ、だって、あなた私の日記を読んだでしょ?」
「え、えっ? に、日記……?」
このおばけは、妙なことを言う……。
「そう。そこにある日記」
「よ、読んだけど……、でも何で読んだらおばけが出るんだよ……」
「あなたが、壁の間に挟まっている私を助けてくれたから、ようやく外の世界へ出ることができたの」
「えっ? た、助けた……?」
全然、意味が分からない……。
「そう。あそこの狭い暗い壁の世界から、あなたが助けてくれたのよ」
「な、何だかよく分からないけど……。君は僕を殺そうとしたり、変な呪いとかかけちゃったりしない……?」
「そんなの、しないから安心して。むしろ、助けてもらったから恩返しをしたいくらいよ」
「お、恩返し……?」
「そう、恩返ししてあげる」
僕はそんな不思議な『おばけ』と、人生生まれて初めて、会話というものをしてしまった……。
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