上 下
24 / 32

第五章 水の守護者の願い⑧

しおりを挟む
「カリムと私はね……」
 レアの頭を撫でながら、ポツリと彼女は語りだした。
「昔は神様として崇められていたの。当時は魔法を使う人とそうでない人が共存していたわ。細々と野菜を育て、狩ってきた動物に感謝して腹を満たす。私達兄弟は、そんな暮らしをしている人々と共に、穏やかに日々を過ごしていた」
「神様? 信仰の対象だったのか」
「ええ。ドラゴンは強大な力を持ち、知力も高い。神様として祀り上げるには、人にとって好都合だったのかもしれないわね。ちょっと、そんな顔しないで。別に神様として扱われて悦に入っていたわけではないわ。人々がそう望んだから、私達兄弟は応えただけ。実際、しばらくの間は上手くいっていたの。でも……」
 懐かしむような表情に、翳りの色が見えはじめた。水に墨を垂らすように、じんわりと確実にその色は深さを増していき、サンクトゥスは苦しげに声を発した。
「ある日、村に男がやってきた。遠く離れた村からやってきたというその男は、私達兄弟を指差して叫んだ。『ドラゴンは神ではない。悪の化身である』と。はじめは誰も男の言葉に耳を貸さなかった。でも、月日が経つごとに、村人達の心に疑いの気持ちが生まれてしまってね。気付いた時には、私達兄弟は憎むべき悪として、村を追い出されることになったの」
「そんな馬鹿な話が」
「あったの。追い出された時は辛かったわ。家族同然だと思っていた人々から敵意を向けられるなんて夢にも思わなかった。今考えると、本当の地獄はこれからだってのに、そう思ってたなんて笑っちゃうわ」
 黒羽は思わずギョッとしてしまった。サンクトゥスの顔に浮かぶ笑顔が、あんまりにも悲しみに満ちていたからだ。
「私達は彷徨った。荒野を抜けて、森を駆け抜け、太陽が照りつける砂漠を踏破した。途中で何度か他の村に立ち寄ったけど、正体は隠してわずかに滞在するだけだったわ。ドラゴンの姿に戻って山にでも住もうかって考えたこともあるけど、人の心の暖かさも知っていた私達は、諦めきれずに人と関わることをやめなかった。けれども、また拒絶されるのは怖かったから、半端に関わるだけの生活を続けた。そんな時、ひょんなことから正体がばれたの。崖から落ちた子供を助けた時に、本来の姿に戻ってしまった。私達は逃げようとした。でもね、その子供が住む村の人々は私達を受け入れてくれたの。ドラゴンに対する信仰も敵意も持たない真っ白な村。ここでならやり直せる。そう思ったわ」
 レアの額に浮かぶ汗を手で拭い、サンクトゥスは自嘲気味に笑った。
「あの時、もしもそのまま逃げていればどんなに良かったかしら。私達を迎え入れてくれた村は、森に囲まれた素敵な場所だったわ。ちょうどレアの住むフラデンのように。ねえ、その村は最終的にどうなったと思う?」
 心温まるハッピーエンドであるならば、苦難を乗り越えた二人の兄弟は幸せになるはずだ。だが、そうではないのだろう。そうであったなら、黒羽の目の前にいる女性はこんなにも弱々しく、悲しそうに佇むはずはないのだから。
「燃えたわ。全てが灰になった。火事は事故でも災害でもなく、人の手によるものだった。”聖なる人々”と名乗る一種の宗教団体によってね」
「”聖なる人々”? 随分御大層な名前だな」
「そうね。『人は聖なる生き物である。悪、特にドラゴンは危険な悪の化身である』というのが彼らの教え。この宗教の教祖は、私達を村から追い出すきっかけを作った男よ」
 呆気にとられる。そんなことってあるのだろうか。サンクトゥスは、黒羽の考えが読めたかのように頷いた。
「ビックリするわよね。まさか宗教団体を作ってしまうなんて。どこで情報が漏れたかは分からない。当時の人々は、積極的に他の村や集落と関わりを持つことは少なかったのに……。でも、あの男が作った宗教は多くの村で広まったらしいから、もしかすると私達をかくまった村の中にそういった人がいたのかもしれないわ。とにかく酷い光景だった。”聖なる人々”は、燃やすだけでなく、虐殺を行ったわ」
「どうして? 曲がりなりにも人は聖なる生き物って教えなんだろう?」
 その問いに、彼女は俯く。レアの額に置かれた手は、震えていた。
「『ドラゴンをかくまった人は、人ではない。悪である。ならば、どう扱おうと勝手だ』それが彼らの言い分よ。男達は全身を棍棒で滅多打ちにされて殺された。女達は犯されて殺された。子供は……燃えている家の中に投げ入れられた」
「――それは、あんまりじゃないか。命をなんだと思っている。人の人生を、尊厳を軽視しすぎだ。悪はそいつらの方じゃないか」
「そうね。だから」一度言葉を切って、サンクトゥスは「兄さんは壊れた」と言った。
「憎悪に支配された兄さんは、ウロボロスの力を解放して、その場にいた”聖なる人々”を殺した。私は止めようとしたけど、徒労に終わった。兄さんは、ドラゴンの姿となってしばらく居なくなってしまった。次に会った時、兄さんの手には首を斬られた人の頭部があったわ」
 考えたくはないが、黒羽は答えが分かる気がした。
「もしかして、教祖の男のものか?」
 サンクトゥスは頷き、口を手で覆った。黒羽は駆け寄ると、背中を優しくさすった。長い前髪がカーテンのように顔を隠しているので、彼女の表情は分からなかったが、無理をしているのが手の平に伝わる震えから痛いほどよく察せられた。
「おい、今日はもう休もう」
「ごめんなさい。話はまだ続くんだけど、お言葉に甘えるわ」
 寝床を素早く準備して、そこに彼女を寝かした。ただでさえ陶器のように白い肌が、血の気を失っている。
 黒羽は、鞄からジャスミン茶の入った袋を取り出し、お湯を沸かした。
「うん? 何の匂いかしら」
「お茶だよ。寝る前に、これを飲むんだ」
 コップに注いだジャスミン茶を手渡すと、サンクトゥスはゆっくりと口に含んだ。
「美味しい。どこのお茶?」
「始まりの世界のお茶だよ。沖縄でよく飲まれているお茶でさ、リラックスするのにちょうど良いんだ」
 サンクトゥスは吹き出すように笑った。むせたのかと思ったが、そうじゃないらしい。コップの縁を人差し指でなぞり、こちらを見た。
「凄いわね。あなたの提供するものは全て美味しいわ。お店を経営しているだけあるわね」
「まあな。これでも人気店の経営者だぞ」
「フフフ、そうだったわね。――ハア、もう寝るわ。おやすみ」
「ああ。今日は色々と話してくれてありがとう。少し相棒のことが知れて良かったよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

ギルドから追放された実は究極の治癒魔法使い。それに気付いたギルドが崩壊仕掛かってるが、もう知らん。僕は美少女エルフと旅することにしたから。

yonechanish
ファンタジー
僕は治癒魔法使い。 子供の頃、僕は奴隷として売られていた。 そんな僕をギルドマスターが拾ってくれた。 だから、僕は自分に誓ったんだ。 ギルドのメンバーのために、生きるんだって。 でも、僕は皆の役に立てなかったみたい。 「クビ」 その言葉で、僕はギルドから追放された。 一人。 その日からギルドの崩壊が始まった。 僕の治癒魔法は地味だから、皆、僕がどれだけ役に立ったか知らなかったみたい。 だけど、もう遅いよ。 僕は僕なりの旅を始めたから。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...