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第五章 水の守護者の願い④
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小石で埋め尽くされている地面を蹴り、膝くらいの高さの岩を飛び越える。心臓が高鳴るごとに全身に血が巡り、貪欲に空気を肺が貪った。状況が理解できなくて不安な心に追い打ちをかけるように、再び低い唸り声が全身を叩く。
「クソ」
(不安など汗と共に流れて行ってしまえ)と黒羽は、半ばやけくそ気味に走る足にさらに力を込めた。
左手に川、右手には岩とロッグ・ツリーだけが見える景色。そこに変化が生じる。具体的には、岩とロッグ・ツリーが砕け散り、大きなクレーターが地面に穿たれている景色だ。
クレーターの中心にはアクア・ポセイドラゴンとサンクトゥスがおり、奥には巨大な口を持つ魔物が殺気を噴出させて佇んでいる。カバのような体にワニによく似た顔を持つ魔物は、口を大きく開いた。口内は鋭い牙が何列も並んでいて、さながら剣の山と呼ぶにふさわしい。
「何だあれ」
「マンイーターキメラです! 万物を喰らう捕食者。まさか、ドラゴンも捕食対象なの?」
「ドウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
雄たけびを上げ、マンイーターキメラは体に似合わない機敏さで、アクア・ポセイドラゴンに接近する。対してアクア・ポセイドラゴンは右前足を振り上げ、地面へ叩きつけた。直後、地響きと共に裂け目が数か所発生し、そこから勢いよく水が発射されて、マンイーターキメラの巨体を宙に浮かす。
サンクトゥスはその隙を逃さなかった。マンイーターキメラの腹に、容赦なく蹴りを叩き込み、遠くまで吹き飛ばした。
「凄い……サンクトゥス、無事か!」
「あなた達、来ては駄目! この程度じゃ死にそうにないわ」
「あんな一撃を受けたんだ、流石に……マジか」
並の生物なら原型すらとどめないほどの一撃を受けてなお、彼の生物には致命傷たりえない。だるそうに体を起こすと、口を開けて再度の突撃を開始する。
「来るぞ! どうすれば……ってレア?」
「ドラゴンじゃないのなら通用するはず。……皆さん、私に任せてください」
レアはそう言うと、目を瞑り、体内で魔力を練り上げる。ヒュ―ンの源たる心臓。鼓動と共に魔力を生み出し、毛細血管の隅々まで漲らせた。暖かな陽光のような光が体中に満ちた時、彼女はゆっくりと瞼を開けた。
「レア……」
黒羽は息を呑む。レアの瞳の色は澄み渡った空の色だ。しかし、今はプラチナのように艶やかな銀色の瞳へと変化していた。
――高濃度に魔力を生み出した影響で、一時的に瞳の色が変わったのだ。誰でもこの現象が起きるわけではなく、常人の何倍以上もの魔力を生成できる人物だけがそのように変化する。
普段の彼女とは異なり、凛とした佇まいはどこか神秘的で、美しく力強い。
「いきます。耳を塞いで伏せてください。〈雷よ。穿て〉」
突き出した右手から鮮烈な光が放たれ、宙を横切る。衝撃波をまき散らしながら、知覚すら許さないほどの速さで捕食者の大きな口の中へと入ると、地面が揺れた。遅れて轟音が鳴り響き、衝撃が黒羽達の体を叩く。
何がどうなっているのか、まるで分からない。意識が幽体離脱したみたいだ。必死に腕で頭を覆って、ピクリとも体を動かさずに、時が過ぎるのを待った。
(静まったか? クソ、耳鳴りが……)
耳がキーンとなり、しばらく使い物になりそうにない。目を開けて、恐る恐る地面から体を起こした黒羽は絶句した。
「うわ……」
レアの前には、魔法の凄まじさを物語る雷の道が形成されていた。土は抉れて、焦げた臭いが辺りに満ちており、ロッグ・ツリーは炭化し、幹は裂けている。視線をもっと先へと動かしていくと、黒い物体があった。それこそが、マンイーターキメラの死骸である。断末魔すら上げることが叶わず、捕食者は原型が何だったのか分からなくなるほど、無残にも体は破裂していた。
「○×△○×△」
心配そうに駆け寄ってきたレアが何かを話しているが、黒羽は全く聞き取れなかった。首を振ると、彼女は手を黒羽の耳に当てた。柔らかい手の平から淡い深緑の光が灯り、じんわりと温かい液体のようなものが耳の内部に染み渡るのを感じる。
「あ、あれ? 聞こえるようになった」
「回復魔法を使いました。サンクトゥスさん達は問題ありませんでしたか?」
「ええ、問題ないわ。鼓膜を変身能力で消したから大丈夫。ポセイドラゴン、あなたは?」
「問題ない。それにしても娘、なかなかの才だ。あれほど強力な魔法を使える人間は、そうはいまい」
知的な声。この声は、まぎれもなくカリムと戦闘をする前に聞いたあの声だ、と黒羽は思い当たる。
アクア・ポセイドラゴンは、頭を下げた。
「礼を言う。危ないところであった」
「そんなお礼なんて。え、えっと、どうしよう。は、初めてドラゴンと話しちゃった」
「レアちゃん、私もドラゴンなんだけど」
間の抜けた顔で、そうでしたと驚くレアに、黒羽はほっとした。瞳の色と魔法の凄さが相まって、とても遠い存在になったような気がしていたからだ。
「それで、お前達はなぜここへ? 我を助けたということは、討伐しにきたわけでもなさそうだが」
「討伐だなんてとんでもない。僕達はあなたにお話を伺いに訪れただけです。アクア・ポセイドラゴン、率直に質問します。あなたはカリムの仲間ですか? それとも敵ですか?」
この問いは、黒羽にとってかなりの勇気を必要とした。目の前にいるドラゴンを改めてよく見ると、なんと恐ろしいだろうか。岩のようにゴツゴツとした甲羅は爆弾でも耐えられそうなほど頑丈そうで、そこから飛び出している四つの足には、軽自動車ほどの大きさの立派な爪がずらりと生えている。トカゲのような顔には尖った鼻があり、額から伸びた角が陽光を反射して、光り輝いている。体長は十メートルぐらいだろう。昔動物園で見た象が小さく思えてしまい、黒羽は冷や汗が止まらなかった。
「敵だ。仲間になれと何度も勧誘してきたが、断ってきた。その結果が今の我よ。ヤツめ、我の不意を突いて毒を盛ったのだ。おかげで力は弱体化し、マンイーターキメラにも不覚を取る有様。なさけない」
「仕方ないわ。それにしても私達に効く毒があったのね」
「カリムは独自に何らかの研究をしているような口ぶりだった。恐らくはその成果によるものだろうよ」
「あ、あの二人はお知り合いですか?」
おっかなびっくりという様子で、レアが質問する。その問いにサンクトスは頷きで答えた。
「ええ、古い知り合いよ。彼も、もとは始まりの世界出身で、昔からこの辺りで暮らしていたわね」
「へ、へえー。それって、フラデンができる前からですか?」
「ああ、そうだ娘よ。我はお主が生まれるずっと前からここで、あらゆる生き物の生と死を見守ってきた。フラデンか……。遠目で見たことがあるが、僅か五百年ほどであれほど発展した町になるとはな」
アクア・ポセイドラゴンの声が、染み入るような優しい声音に変わった。黒羽はその声を聞いた瞬間、怖い感情よりも信頼したいという気持ちの方が強まった。一歩前に出ると、黒羽は語り始めた。自身の素性と目的、フラデンの現状など、包み隠さず伝える。アクア・ポセイドラゴンは適度に相づちをうち、時に質問し、時に笑ったり、驚いたりしながら話を真面目に聞いてくれた。
「クソ」
(不安など汗と共に流れて行ってしまえ)と黒羽は、半ばやけくそ気味に走る足にさらに力を込めた。
左手に川、右手には岩とロッグ・ツリーだけが見える景色。そこに変化が生じる。具体的には、岩とロッグ・ツリーが砕け散り、大きなクレーターが地面に穿たれている景色だ。
クレーターの中心にはアクア・ポセイドラゴンとサンクトゥスがおり、奥には巨大な口を持つ魔物が殺気を噴出させて佇んでいる。カバのような体にワニによく似た顔を持つ魔物は、口を大きく開いた。口内は鋭い牙が何列も並んでいて、さながら剣の山と呼ぶにふさわしい。
「何だあれ」
「マンイーターキメラです! 万物を喰らう捕食者。まさか、ドラゴンも捕食対象なの?」
「ドウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
雄たけびを上げ、マンイーターキメラは体に似合わない機敏さで、アクア・ポセイドラゴンに接近する。対してアクア・ポセイドラゴンは右前足を振り上げ、地面へ叩きつけた。直後、地響きと共に裂け目が数か所発生し、そこから勢いよく水が発射されて、マンイーターキメラの巨体を宙に浮かす。
サンクトゥスはその隙を逃さなかった。マンイーターキメラの腹に、容赦なく蹴りを叩き込み、遠くまで吹き飛ばした。
「凄い……サンクトゥス、無事か!」
「あなた達、来ては駄目! この程度じゃ死にそうにないわ」
「あんな一撃を受けたんだ、流石に……マジか」
並の生物なら原型すらとどめないほどの一撃を受けてなお、彼の生物には致命傷たりえない。だるそうに体を起こすと、口を開けて再度の突撃を開始する。
「来るぞ! どうすれば……ってレア?」
「ドラゴンじゃないのなら通用するはず。……皆さん、私に任せてください」
レアはそう言うと、目を瞑り、体内で魔力を練り上げる。ヒュ―ンの源たる心臓。鼓動と共に魔力を生み出し、毛細血管の隅々まで漲らせた。暖かな陽光のような光が体中に満ちた時、彼女はゆっくりと瞼を開けた。
「レア……」
黒羽は息を呑む。レアの瞳の色は澄み渡った空の色だ。しかし、今はプラチナのように艶やかな銀色の瞳へと変化していた。
――高濃度に魔力を生み出した影響で、一時的に瞳の色が変わったのだ。誰でもこの現象が起きるわけではなく、常人の何倍以上もの魔力を生成できる人物だけがそのように変化する。
普段の彼女とは異なり、凛とした佇まいはどこか神秘的で、美しく力強い。
「いきます。耳を塞いで伏せてください。〈雷よ。穿て〉」
突き出した右手から鮮烈な光が放たれ、宙を横切る。衝撃波をまき散らしながら、知覚すら許さないほどの速さで捕食者の大きな口の中へと入ると、地面が揺れた。遅れて轟音が鳴り響き、衝撃が黒羽達の体を叩く。
何がどうなっているのか、まるで分からない。意識が幽体離脱したみたいだ。必死に腕で頭を覆って、ピクリとも体を動かさずに、時が過ぎるのを待った。
(静まったか? クソ、耳鳴りが……)
耳がキーンとなり、しばらく使い物になりそうにない。目を開けて、恐る恐る地面から体を起こした黒羽は絶句した。
「うわ……」
レアの前には、魔法の凄まじさを物語る雷の道が形成されていた。土は抉れて、焦げた臭いが辺りに満ちており、ロッグ・ツリーは炭化し、幹は裂けている。視線をもっと先へと動かしていくと、黒い物体があった。それこそが、マンイーターキメラの死骸である。断末魔すら上げることが叶わず、捕食者は原型が何だったのか分からなくなるほど、無残にも体は破裂していた。
「○×△○×△」
心配そうに駆け寄ってきたレアが何かを話しているが、黒羽は全く聞き取れなかった。首を振ると、彼女は手を黒羽の耳に当てた。柔らかい手の平から淡い深緑の光が灯り、じんわりと温かい液体のようなものが耳の内部に染み渡るのを感じる。
「あ、あれ? 聞こえるようになった」
「回復魔法を使いました。サンクトゥスさん達は問題ありませんでしたか?」
「ええ、問題ないわ。鼓膜を変身能力で消したから大丈夫。ポセイドラゴン、あなたは?」
「問題ない。それにしても娘、なかなかの才だ。あれほど強力な魔法を使える人間は、そうはいまい」
知的な声。この声は、まぎれもなくカリムと戦闘をする前に聞いたあの声だ、と黒羽は思い当たる。
アクア・ポセイドラゴンは、頭を下げた。
「礼を言う。危ないところであった」
「そんなお礼なんて。え、えっと、どうしよう。は、初めてドラゴンと話しちゃった」
「レアちゃん、私もドラゴンなんだけど」
間の抜けた顔で、そうでしたと驚くレアに、黒羽はほっとした。瞳の色と魔法の凄さが相まって、とても遠い存在になったような気がしていたからだ。
「それで、お前達はなぜここへ? 我を助けたということは、討伐しにきたわけでもなさそうだが」
「討伐だなんてとんでもない。僕達はあなたにお話を伺いに訪れただけです。アクア・ポセイドラゴン、率直に質問します。あなたはカリムの仲間ですか? それとも敵ですか?」
この問いは、黒羽にとってかなりの勇気を必要とした。目の前にいるドラゴンを改めてよく見ると、なんと恐ろしいだろうか。岩のようにゴツゴツとした甲羅は爆弾でも耐えられそうなほど頑丈そうで、そこから飛び出している四つの足には、軽自動車ほどの大きさの立派な爪がずらりと生えている。トカゲのような顔には尖った鼻があり、額から伸びた角が陽光を反射して、光り輝いている。体長は十メートルぐらいだろう。昔動物園で見た象が小さく思えてしまい、黒羽は冷や汗が止まらなかった。
「敵だ。仲間になれと何度も勧誘してきたが、断ってきた。その結果が今の我よ。ヤツめ、我の不意を突いて毒を盛ったのだ。おかげで力は弱体化し、マンイーターキメラにも不覚を取る有様。なさけない」
「仕方ないわ。それにしても私達に効く毒があったのね」
「カリムは独自に何らかの研究をしているような口ぶりだった。恐らくはその成果によるものだろうよ」
「あ、あの二人はお知り合いですか?」
おっかなびっくりという様子で、レアが質問する。その問いにサンクトスは頷きで答えた。
「ええ、古い知り合いよ。彼も、もとは始まりの世界出身で、昔からこの辺りで暮らしていたわね」
「へ、へえー。それって、フラデンができる前からですか?」
「ああ、そうだ娘よ。我はお主が生まれるずっと前からここで、あらゆる生き物の生と死を見守ってきた。フラデンか……。遠目で見たことがあるが、僅か五百年ほどであれほど発展した町になるとはな」
アクア・ポセイドラゴンの声が、染み入るような優しい声音に変わった。黒羽はその声を聞いた瞬間、怖い感情よりも信頼したいという気持ちの方が強まった。一歩前に出ると、黒羽は語り始めた。自身の素性と目的、フラデンの現状など、包み隠さず伝える。アクア・ポセイドラゴンは適度に相づちをうち、時に質問し、時に笑ったり、驚いたりしながら話を真面目に聞いてくれた。
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