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第29話 第九章 集う力と交わされる密約③
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「料理は全員に行き渡ったか」
「はい」
騎士達の返事を聞き、キースは黒羽に頷いた。
「では、どうぞ熱いうちに食べてください」
「皆の者、黒羽殿に感謝して食べろ」
バッと照らし合わせたかのように、男達は皿に飛びつく。
食欲を誘う香りが、胃袋に早く送り込めと命じて仕方なかったのだ。スプーンを使って、真っ白い白米に茶色いルーがかかった食べ物を口に運ぶ。
「う、美味い」
「辛さの後に、濃厚な味がするぜ。やっべ、早く食べないとおかわりできないな」
「水をくれ。ハハハ、スプーンが止まらん」
黒羽が作った品は、海と山の幸をふんだんに使ったカレーである。むろん、ただのカレーではない。
「秋仁、コレって」
「トゥルーの食材とスパイスを配合したスペシャルカレーだ」
「く、黒羽殿」
口ひげにご飯粒を張り付けた隊長は、目を輝かせて叫ぶ。
「一体、どのように調理したのですか? 城の調理場のように、ちゃんとした設備や食材などないはずなのに」
「この食べ物は、キャンプとかでも食べられているものでして、設備が整っていなくとも作れますよ。皆様が持っていた鋼鉄貝の干物と、ここらで採れた爆裂キノコ。そして、僕が持っていた調味料を使って作ったんですよ」
「な、なるほど。この辛さはどのような調味料を使ったのですか」
キースの異常な食いつきに、黒羽は苦笑する。
「レッド・ペインを使っています。何でも皆さん辛い料理がお好きなようですから、大量に使いましたよ」
「そうですか。見事な采配です。では、他にどんな調味料を」
キースは、期待を込めた眼差しで黒羽を見つめた。喫茶店の経営者は、その瞳を真っすぐに見据え、ニヤリと笑った。
「申し訳ございません。企業秘密です」
「企業秘密、ですか。なんだか、冒険者より商人みたいなセリフですな」
「惜しいわね。その人、飲食店の経営者よ」
「アッハハハハ、ご冗談を」
「本当です。冒険者は副業みたいなものでして」
沈黙が流れる。
「……最強の力を操れるあなたの本業が、飲食店の経営者ですか。フフフ、私はどうやらもっと見聞を広げなければならないようだ」
キースは笑い、カレーを口に放り込む作業に没頭した。
風が、髪を揺らさない程度に緩く吹き、トンボに似た虫が騎士達の合間を通り抜けていった。
黒羽は、ぼんやりとそれを見届けて、カレーを一口食べた。
スパイスの香りが突き抜け、深いコクが舌に満ちて、辛さが遅れてやってくる。
噛めば、よく煮込んだ具材がホロホロと崩れ、喉を通って胃へと流れていった。
「上手にできたな」
美味い。けれども、味気ない。
自分と同じ、ウロボロスを操れる人間。決して、侮っていたわけではない。ないが、想定が甘すぎた。おかげで、ニコロに辛い決断をさせてしまったのだ。
「秋仁……」
彩希の手が、スプーンを握る手に重なった時、柄が曲がるほど強く握りしめていたことに初めて気付く。
「悔しいのは私も同じよ。だから、絶対に終わらせましょう。狂った男の暴走を」
「もちろんだ。代弁者に分からせてやるさ。経営者は、一度の失敗でめげるような生き物じゃないってな」
そうさ、分からせてやる、と黒羽は意気込み、カレーをかきこむ。彩希は驚いた顔をするが、すぐに破顔した。
(それでこそよ、秋仁。で、彼らはどういう答えを出すかしら)
彩希が視線を騎士達に向けると、キースがよく聞こえる声で言った。
「彩希殿。アジトへの突入は、あなた方と私だけで行いましょう」
「あなただけ? それだとさっきの技は使えないのではなくて」
「使えます。もちろん近いにこしたことはないのですが、ある程度の距離があっても問題ありません。今回私は、あなた方の支援に徹します。それならば、同行を許してもらえますかな」
決して引かぬと告げる不退転の瞳を見て、彩希は理解する。説得はできぬし、断っても付いてくるだろうと。
「ハア、どうなっても知らないわよ」
「結構。ここで退く程度の覚悟で騎士は務まりませんからな。さあ、食事を終えたら、作戦会議を行いましょう。と、その前におかわりをさせていただきます」
キースは立ち上がり、白米・ルーの両方を山のように盛る。
よく食べる人ね、と彩希は思い、その様を見ていたわけだが、なにを思ったか照れくさそうにキースは頭を掻いた。
「いや、面目ない。騎士と言っても、生粋の貴族生まれではなく、平民の出でしてな。どうも上品な食事の作法は肌に合わぬのですよ」
「ウトバルクでは、生まれに関係なく騎士になれるのですか?」
黒羽の問いに、キースは頷いた。
「ええ。現君主の指針で、全ての者に平等の機会を与えることになっているのです。年に一度、二十七歳までならば、誰でも入団テストを受けることができ、合格できれば晴れて騎士の一員になれます」
「へえ。平民は一生平民のままって国も多いと聞いてましたが、素晴らしいですね」
「まったくです。女王陛下が在位されてからというもの、民の笑顔も増えた気がします。この前など、パレード中に道に飛び出した子供が怪我をしましてな。その時、自ら傷の手当てを行ったのですよ。なんと、お優しい方なのか」
顔を紅潮させ、幼子のように生き生きと話すキースを見て、彩希はニタリと悪い笑みを浮かべた。
「キース。あなた、その女王様のこと大好きなのね」
「な、なにをおっしゃられる。陛下に使える身でありながら、そのような感情などは」
「あら? 変に慌てるのね。私はただ、人として好ましいと思っているのねと言っただけだわ。おやまあ、恋愛感情の方だったかしら」
人が悪過ぎる、と黒羽は彩希の腕をつつき、キースを盗み見る。彼は、顔を茹でだこのように赤くし、鎧の上に汗を滝のように垂らしている。黒羽は口元を手で隠し、笑みを堪えた。
「と、とんでもない言いがかりですな。女性はそういった話が好きで困ります」
「アラ? いけないかしら」
「ちょ、ちょっと彩希、黙れって。すいません。妙なことを。え、ええっと。そろそろ、ニコロの救出に向けて、具体的な策を考えますか」
「そ、そうですな。私も食べおえたらすぐに加わります」
彩希がつまらなそうに片眉を上げるが、隊長と経営者は気付かないふりをする。
傍で話を聞いていた騎士は、呆れたように頬をかいた。
「はい」
騎士達の返事を聞き、キースは黒羽に頷いた。
「では、どうぞ熱いうちに食べてください」
「皆の者、黒羽殿に感謝して食べろ」
バッと照らし合わせたかのように、男達は皿に飛びつく。
食欲を誘う香りが、胃袋に早く送り込めと命じて仕方なかったのだ。スプーンを使って、真っ白い白米に茶色いルーがかかった食べ物を口に運ぶ。
「う、美味い」
「辛さの後に、濃厚な味がするぜ。やっべ、早く食べないとおかわりできないな」
「水をくれ。ハハハ、スプーンが止まらん」
黒羽が作った品は、海と山の幸をふんだんに使ったカレーである。むろん、ただのカレーではない。
「秋仁、コレって」
「トゥルーの食材とスパイスを配合したスペシャルカレーだ」
「く、黒羽殿」
口ひげにご飯粒を張り付けた隊長は、目を輝かせて叫ぶ。
「一体、どのように調理したのですか? 城の調理場のように、ちゃんとした設備や食材などないはずなのに」
「この食べ物は、キャンプとかでも食べられているものでして、設備が整っていなくとも作れますよ。皆様が持っていた鋼鉄貝の干物と、ここらで採れた爆裂キノコ。そして、僕が持っていた調味料を使って作ったんですよ」
「な、なるほど。この辛さはどのような調味料を使ったのですか」
キースの異常な食いつきに、黒羽は苦笑する。
「レッド・ペインを使っています。何でも皆さん辛い料理がお好きなようですから、大量に使いましたよ」
「そうですか。見事な采配です。では、他にどんな調味料を」
キースは、期待を込めた眼差しで黒羽を見つめた。喫茶店の経営者は、その瞳を真っすぐに見据え、ニヤリと笑った。
「申し訳ございません。企業秘密です」
「企業秘密、ですか。なんだか、冒険者より商人みたいなセリフですな」
「惜しいわね。その人、飲食店の経営者よ」
「アッハハハハ、ご冗談を」
「本当です。冒険者は副業みたいなものでして」
沈黙が流れる。
「……最強の力を操れるあなたの本業が、飲食店の経営者ですか。フフフ、私はどうやらもっと見聞を広げなければならないようだ」
キースは笑い、カレーを口に放り込む作業に没頭した。
風が、髪を揺らさない程度に緩く吹き、トンボに似た虫が騎士達の合間を通り抜けていった。
黒羽は、ぼんやりとそれを見届けて、カレーを一口食べた。
スパイスの香りが突き抜け、深いコクが舌に満ちて、辛さが遅れてやってくる。
噛めば、よく煮込んだ具材がホロホロと崩れ、喉を通って胃へと流れていった。
「上手にできたな」
美味い。けれども、味気ない。
自分と同じ、ウロボロスを操れる人間。決して、侮っていたわけではない。ないが、想定が甘すぎた。おかげで、ニコロに辛い決断をさせてしまったのだ。
「秋仁……」
彩希の手が、スプーンを握る手に重なった時、柄が曲がるほど強く握りしめていたことに初めて気付く。
「悔しいのは私も同じよ。だから、絶対に終わらせましょう。狂った男の暴走を」
「もちろんだ。代弁者に分からせてやるさ。経営者は、一度の失敗でめげるような生き物じゃないってな」
そうさ、分からせてやる、と黒羽は意気込み、カレーをかきこむ。彩希は驚いた顔をするが、すぐに破顔した。
(それでこそよ、秋仁。で、彼らはどういう答えを出すかしら)
彩希が視線を騎士達に向けると、キースがよく聞こえる声で言った。
「彩希殿。アジトへの突入は、あなた方と私だけで行いましょう」
「あなただけ? それだとさっきの技は使えないのではなくて」
「使えます。もちろん近いにこしたことはないのですが、ある程度の距離があっても問題ありません。今回私は、あなた方の支援に徹します。それならば、同行を許してもらえますかな」
決して引かぬと告げる不退転の瞳を見て、彩希は理解する。説得はできぬし、断っても付いてくるだろうと。
「ハア、どうなっても知らないわよ」
「結構。ここで退く程度の覚悟で騎士は務まりませんからな。さあ、食事を終えたら、作戦会議を行いましょう。と、その前におかわりをさせていただきます」
キースは立ち上がり、白米・ルーの両方を山のように盛る。
よく食べる人ね、と彩希は思い、その様を見ていたわけだが、なにを思ったか照れくさそうにキースは頭を掻いた。
「いや、面目ない。騎士と言っても、生粋の貴族生まれではなく、平民の出でしてな。どうも上品な食事の作法は肌に合わぬのですよ」
「ウトバルクでは、生まれに関係なく騎士になれるのですか?」
黒羽の問いに、キースは頷いた。
「ええ。現君主の指針で、全ての者に平等の機会を与えることになっているのです。年に一度、二十七歳までならば、誰でも入団テストを受けることができ、合格できれば晴れて騎士の一員になれます」
「へえ。平民は一生平民のままって国も多いと聞いてましたが、素晴らしいですね」
「まったくです。女王陛下が在位されてからというもの、民の笑顔も増えた気がします。この前など、パレード中に道に飛び出した子供が怪我をしましてな。その時、自ら傷の手当てを行ったのですよ。なんと、お優しい方なのか」
顔を紅潮させ、幼子のように生き生きと話すキースを見て、彩希はニタリと悪い笑みを浮かべた。
「キース。あなた、その女王様のこと大好きなのね」
「な、なにをおっしゃられる。陛下に使える身でありながら、そのような感情などは」
「あら? 変に慌てるのね。私はただ、人として好ましいと思っているのねと言っただけだわ。おやまあ、恋愛感情の方だったかしら」
人が悪過ぎる、と黒羽は彩希の腕をつつき、キースを盗み見る。彼は、顔を茹でだこのように赤くし、鎧の上に汗を滝のように垂らしている。黒羽は口元を手で隠し、笑みを堪えた。
「と、とんでもない言いがかりですな。女性はそういった話が好きで困ります」
「アラ? いけないかしら」
「ちょ、ちょっと彩希、黙れって。すいません。妙なことを。え、ええっと。そろそろ、ニコロの救出に向けて、具体的な策を考えますか」
「そ、そうですな。私も食べおえたらすぐに加わります」
彩希がつまらなそうに片眉を上げるが、隊長と経営者は気付かないふりをする。
傍で話を聞いていた騎士は、呆れたように頬をかいた。
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