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第26話 第八章 悲しき敗走②
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「さて、解体しましょうね」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「おっと、何ですか? ビックリさせないでください。ああ、何だ。嬉しいな。まさか、同士になってくれるのですね」
絶叫し、激しく体を左右に揺さぶるニコロの手には、濃い茶色の光が迸る槍が握られている。
「ガア、ウアアアアアアアアアア」
光はニコロの全身に沁み込んでいき、人ならざる膂力を得て、心は歓喜し、体は災害と化す。
代弁者は、狂いし者の先駆者として、親のような、教師のような眼差しで、ニコロを見つめた。
「さあ、もっと力を引き出しなさい。恐れてはいけません。楽しむのです」
茶色の魔力は、代弁者のウロボロスさえも押しのけるほどの量が溢れ、ニコロの絶叫は止まった。
「来る……くるくる、来る。ハハハハハ」
笑う代弁者の顔に、槍が突き出される。常人には知覚する許さぬ速度。音は突きの後に、遅れて空気を震わせた。
「おっと、あぶないですね、当たりそうでしたよ、すばらしいですよ、感動ですよ、最高ですよ。もっと、力を出せ。同士よ、君はもっと強くなれる」
叫んで、振るう。僅かそれだけの動作で、床はバターのように剥がれ、壁に大穴が開く。赤毛の冒険者は、みるみる人間らしさを脱ぎ捨てていく。
「ん、んん」
ゆっくりと彩希は目を覚ます。初めに感じたのは、鋭い痛み。次に感じたのは、恐ろしさ。
「ガアアアアアアアアア」
(何?)
軋む体を強引に動かして、けたたましい音の発信源を探る。
「あ、ニコロ? どうしてここに。……待って、本当にあなたなのかしら?」
すぐに音を発する主は見つかった。けれども、納得はできなかった。どうしてニコロに似た獣が、ファマのように暴れているのだろうか?
「おや、目が覚めましたか。礼を言いますよ。あなたのおかげで、立派な同士が増えましたよ」
彩希に気付いた代弁者は、近づくと蹴りを放ってきた。
「グハ!」
「あなたをもっといじめれば、同志はもっと我々に近づく」
万力のような力で、腹部を押しつぶしてくる代弁者を睨みながら、彩希は考えた。
彼が暴走したのは、私にも責任があるのでは、と。ならば何とかしなければ。
痛みでバラバラになりそうな体にウロボロスを流し、代弁者に抗おうとする。しかし、どれだけ心が奮起しても、体がその意志についていけない。悔しくて、涙がホロホロと流れて頬を濡らした。
「おお。良い泣き顔です。もっと、ほら、もっと」
さらに足に力を込めてくる代弁者が、唐突に真後ろに飛んだ。
――理由は明白だ。赤毛の色男が、槍を横殴りに振るったから。
「に、げろ」
「ニコロ? ニコロなのね。意識があるなら、あなたも一緒に」
「だ、め。駄目だ。もう、意識を……繋いでいられない。早く、この野郎と一緒に逃げろ。ここは、俺が、ど……アアアアアアアアア。ど、どうにか、する」
震える体を理性で抑えつけ、ニコロは槍を半身の体勢で構える。
「まだ理性があったのですか。そんなものは邪魔です。捨てなさい」
不快そうな代弁者に、ニコロは中指を立てて皮肉げに唇を歪めた。
「ああ、捨ててやるぜ。テメエにコイツを喰らわせたらな」
始動は低い姿勢から。そこからすくいあげるような軌道を描き、代弁者の喉を狙う。時間にすれば、一秒にも満たなかったろう。まるでニコロそのものが槍になったかのような、鋭く、冴えわたる一撃。だが、
「あぶないな。もう間もなく喋れなくなるところでしたよ」
間一髪のところで体を捻り、槍は肩へと突き刺さっている。ニコロは悔しそうに舌打ちをして、後ろを振り返ってにんまりと笑った。
「彩希ちゃん……俺な。君に一目ぼれだったんだ。へへ、先約がいて横取りしてやろうと思ったけど、駄目だ。俺、その野郎のことを友人だと思っちまった。だから、諦める。でも、グ、この場面でかっこつけるのは、そいつには譲れねえな」
雄たけびを上げ、ニコロは肩から代弁者へと突っ込む。壁を突き抜け、大量の土煙が彼らの姿を隠す。
「ニコロ!」
二度、三度呼び掛けるが、理性的な返事は聞こえず、代わりに雄叫びと代弁者の笑う声が聞こえる。
「フフフ、無駄ですよ。これじゃいけないな」
穴の開いたコップから水が飛び出すように、土煙から様々な色の混じり合ったウロボロスが漏れ出る。
思わず、彩希は駆け出そうとするが、全身に走る痛みでしゃがみ込み、隣で気を失っている黒羽を見つめ、口惜しそうに彼女は呟いた。
「ごめんなさい」
彩希は黒羽を持ち上げると、建物の入り口へ向けてふらつきながら歩いた。二人が去っていった空間には、白きウロボロスの残滓が寂しげに漂い、やがて跡形もなく消え去ってしまった。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「おっと、何ですか? ビックリさせないでください。ああ、何だ。嬉しいな。まさか、同士になってくれるのですね」
絶叫し、激しく体を左右に揺さぶるニコロの手には、濃い茶色の光が迸る槍が握られている。
「ガア、ウアアアアアアアアアア」
光はニコロの全身に沁み込んでいき、人ならざる膂力を得て、心は歓喜し、体は災害と化す。
代弁者は、狂いし者の先駆者として、親のような、教師のような眼差しで、ニコロを見つめた。
「さあ、もっと力を引き出しなさい。恐れてはいけません。楽しむのです」
茶色の魔力は、代弁者のウロボロスさえも押しのけるほどの量が溢れ、ニコロの絶叫は止まった。
「来る……くるくる、来る。ハハハハハ」
笑う代弁者の顔に、槍が突き出される。常人には知覚する許さぬ速度。音は突きの後に、遅れて空気を震わせた。
「おっと、あぶないですね、当たりそうでしたよ、すばらしいですよ、感動ですよ、最高ですよ。もっと、力を出せ。同士よ、君はもっと強くなれる」
叫んで、振るう。僅かそれだけの動作で、床はバターのように剥がれ、壁に大穴が開く。赤毛の冒険者は、みるみる人間らしさを脱ぎ捨てていく。
「ん、んん」
ゆっくりと彩希は目を覚ます。初めに感じたのは、鋭い痛み。次に感じたのは、恐ろしさ。
「ガアアアアアアアアア」
(何?)
軋む体を強引に動かして、けたたましい音の発信源を探る。
「あ、ニコロ? どうしてここに。……待って、本当にあなたなのかしら?」
すぐに音を発する主は見つかった。けれども、納得はできなかった。どうしてニコロに似た獣が、ファマのように暴れているのだろうか?
「おや、目が覚めましたか。礼を言いますよ。あなたのおかげで、立派な同士が増えましたよ」
彩希に気付いた代弁者は、近づくと蹴りを放ってきた。
「グハ!」
「あなたをもっといじめれば、同志はもっと我々に近づく」
万力のような力で、腹部を押しつぶしてくる代弁者を睨みながら、彩希は考えた。
彼が暴走したのは、私にも責任があるのでは、と。ならば何とかしなければ。
痛みでバラバラになりそうな体にウロボロスを流し、代弁者に抗おうとする。しかし、どれだけ心が奮起しても、体がその意志についていけない。悔しくて、涙がホロホロと流れて頬を濡らした。
「おお。良い泣き顔です。もっと、ほら、もっと」
さらに足に力を込めてくる代弁者が、唐突に真後ろに飛んだ。
――理由は明白だ。赤毛の色男が、槍を横殴りに振るったから。
「に、げろ」
「ニコロ? ニコロなのね。意識があるなら、あなたも一緒に」
「だ、め。駄目だ。もう、意識を……繋いでいられない。早く、この野郎と一緒に逃げろ。ここは、俺が、ど……アアアアアアアアア。ど、どうにか、する」
震える体を理性で抑えつけ、ニコロは槍を半身の体勢で構える。
「まだ理性があったのですか。そんなものは邪魔です。捨てなさい」
不快そうな代弁者に、ニコロは中指を立てて皮肉げに唇を歪めた。
「ああ、捨ててやるぜ。テメエにコイツを喰らわせたらな」
始動は低い姿勢から。そこからすくいあげるような軌道を描き、代弁者の喉を狙う。時間にすれば、一秒にも満たなかったろう。まるでニコロそのものが槍になったかのような、鋭く、冴えわたる一撃。だが、
「あぶないな。もう間もなく喋れなくなるところでしたよ」
間一髪のところで体を捻り、槍は肩へと突き刺さっている。ニコロは悔しそうに舌打ちをして、後ろを振り返ってにんまりと笑った。
「彩希ちゃん……俺な。君に一目ぼれだったんだ。へへ、先約がいて横取りしてやろうと思ったけど、駄目だ。俺、その野郎のことを友人だと思っちまった。だから、諦める。でも、グ、この場面でかっこつけるのは、そいつには譲れねえな」
雄たけびを上げ、ニコロは肩から代弁者へと突っ込む。壁を突き抜け、大量の土煙が彼らの姿を隠す。
「ニコロ!」
二度、三度呼び掛けるが、理性的な返事は聞こえず、代わりに雄叫びと代弁者の笑う声が聞こえる。
「フフフ、無駄ですよ。これじゃいけないな」
穴の開いたコップから水が飛び出すように、土煙から様々な色の混じり合ったウロボロスが漏れ出る。
思わず、彩希は駆け出そうとするが、全身に走る痛みでしゃがみ込み、隣で気を失っている黒羽を見つめ、口惜しそうに彼女は呟いた。
「ごめんなさい」
彩希は黒羽を持ち上げると、建物の入り口へ向けてふらつきながら歩いた。二人が去っていった空間には、白きウロボロスの残滓が寂しげに漂い、やがて跡形もなく消え去ってしまった。
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