上 下
15 / 37

第15話 第五章 思わぬ邂逅③

しおりを挟む
「ゼエ、ゼエ、うえ。吐きそうだぜ」
「フゥー、どうにか逃げ切ったな」
 無我夢中で走り続けて、立ち止まった場所は森のかなり奥地だ。深くむせるほどの木々の香り、人の足で踏み固められていない地面。
 動物達の理想郷を目の当たりにし、黒羽は思い当たった。
「なあ、ここならフレイムがあるんじゃないか?」
「ああ? まあ、あるんじゃねえか。桜色のお嬢様が、この辺をうろついてないとは限らねえから、手早く行くぞ」
 手分けしてフレイムを探す。腐って折れた木の下や岩の影、草の間等々、妖精を見つけるような念入りさで確認していくが、まるで見つかる気がしない。
「もしかして、もっと奥地に行かないとないんじゃないか?」
 擦り傷で痛む手を忌々しげにさすり、黒羽は問いかける。ニコロは、だるそうに頭を掻き、どっかりと地面に腰かけた。
「そうだとすると、厄介だぜ。これ以上奥地となると、ファマの野郎がいた崖下に行くはめになる。何の装備もなく、行く場所じゃねえな」
 祭りに使うイカが……。
 黒羽のテンションがみるみる落ちていく。一本一本の足先に袋状の器官がある『多色イカ』は、大変高価なイカだ。それなりの労力がかかるとはいえ、この依頼で手に入る量は、仕入れコスト的に考えれば大変おいしい話なのだ。
「どこかに……ないのか」
「おい、しつこいな。ねえんだから仕方ねえよ」
「報酬のイカは、売り上げアップの要なんだ。他の食材よりもイカが欲しい」
「買えよ。多色イカは希少だけど、売ってるだろう」
 ものすごい形相で睨んだ黒羽は、ニコロの肩を掴み、熱弁した。
「分かってない。何も分かっていない。良いか。多色イカがプリウで販売されている価格は、三千バッレから五千バッレ――一バッレ約一円――ほど。間を取って四千バッレとして、これを姿焼きで利益率三十パーセントに設定して販売したとする。そうすると、だいたい五千七百バッレだ。誰がそんな高いイカを、祭りで買いたいと思う。けどな、今日一日の労力で祭りに出す分には、申し分ないほどもらえるんだぞ。原価がほぼタダだ。これなら、一般的なイカで売るのと変わりない値段で売れる上に、店の料理の”美味い”って印象を”もの凄く”高めることができるんだぞ」
 圧倒され、後じさるニコロに黒羽は拳を震わせ声高らかに宣言した。
「とにかく、諦めるにはまだ早い。桜色の女性から逃げつつ探す。アリ一匹すら逃がすなよ」
「こえーよ。キャラ変わってるぞ」
 経営者魂に火のついた男に引きずられながら、ニコロは疲れたように肺の空気を吐き出した。
 それから彼らは、ひたすらに歩き続けた。
 どれほど進もうが森の風景は代わり映えなく、少しずつ西へ沈みゆく太陽だけが時間の流れを教えてくれた。
「おい、そろそろ戻らないとやべーぞ」
「あ、ああ。クソ、諦めるしかないのか」
 夜行性の獰猛な獣や魔物が、活動する時間帯までには森を立ち去らなければならない。黒羽は仕方ないと、ため息をついた。その時、視界の端に瓦礫の山を捉えた。
「ん? 何だこの瓦礫の山は。まだ、崩れてからそれほど時間が経っていないようだが」
 森の開けた場所に、建物の残骸が散らばっている。トゥルーには、古代遺跡が各地に残されており、その類かと黒羽は思った。だが、瓦礫の中に大量の武器を発見すると、違うと直感した。
「コレって、まさか代弁者のアジトじゃないだろうな」
「……断言はできねえが、ここに落ちている武器は、どう見ても古代文明のものじゃねえな。新しすぎる。それに、……ああ、なんてこった。ここは、アイツのアジトで正解だ」
 ニコロは、小袋を拾い上げた。破れた穴からは、青みがかった紫色の粉が砂時計のように落ち、風に流されていく。
「一体何があったんだ。狂って壊したのか?」
「いいや。あの野郎は、狂ってるが馬鹿じゃない。こんな森の奥に、用意周到に用意したアジトを無駄に壊したりはしないだろうよ」
「そうか。まあ、こうしてアジト跡を見つけられたのは、幸運だろう。明日にでも、調査するか」
「明日? じゃあ、コイツの出番だな」
 ニコロは懐から、丸いボール状の物体を取り出した。
「それは?」
「時限式発煙玉だ。コイツに魔力を流すと、徐々に膨張して、最後には破裂する。そうすると、中から大量の煙がまき散らされるから、場所が分かる。明日の明るい時間帯に破裂するように、魔力を調整して流せば、空から見えるからすぐわかるぜ」
 便利なものだ、と黒羽は感心する。トゥルーでは、魔力に関連したアイテムが沢山あり、そういった物を見ると、ここが異世界なのだと強く感じる。
 物珍しそうな視線に、ニコロは苦笑した。
「なあ、あんた。さっき、異世界人と言ったな」
「……ああ」
「それってつまり、トゥルーとは違う世界から来たって話だろう。じゃあ、魔法は使えねえのか?」
 黒羽は肩をすくめ、短く笑った。
「まあね。だから、この世界の人々ほど、とんでもない力は持ってない」
「ハア? 何言ってんだ。天下無敵のウロボロスが使えるだろうが」
 馬鹿げたことを言うなと言わんばかりのニコロに、黒羽は首を振った。
「アレは、借り物だよ。俺一人じゃ、何もできない。無力だ」
「……いや、あんたは分かっちゃいねえ。異世界がどんなところか知らないが、口ぶりから察するに魔法の力はないんだろう? そんな状態で、未知なる世界に飛び出して、ウロボロスやらヒュ―ンだの、あんたにとって得体のしれない力を前に、憶するどころか、むしろ利用して立ち向かえる、その心が凄まじいよ」
 珍しく男を褒めるニコロの言葉に、黒羽はこれまでの記憶を思い起こした。
 トゥルーでの思い出は、楽しいことばかりじゃなくて、辛いこともあった。それでも、仕入れを続けてこれたのは、まぎれもなくこれまでの出会いが良かったからだ。
 つまりは、運が良かったのだと、黒羽は思い、感謝の念が心を満たす。けれども、それをこの目の前にいる”友人”に話すのは、照れくさい。だから、黒羽は皮肉げにニヤリと笑った。
「お前が男を褒めるとか、明日は世界の終わりかもな」
「ああ? クソッタレが。今すぐ死ね」
 顔を苛立ちで歪ませ、ニコロは背を向ける。予想通りの反応だったので、黒羽は大声で笑ってしまった。
「あ、ちなみにその発煙玉は使用しなくていい」
「ハア?」
「一度来た場所なら、この鍵で行き来できる」
 黒羽は、懐から青い鍵を取り出すと、両開きの扉を出現させた。驚いたニコロは、恐る恐るその扉へと近づく。
「な、何だこりゃ?」
「異世界を渡る扉。応用すれば、この森からプリウへの移動手段としても使える」
 鍵を捻り、扉を開錠する。徐々に開いていく先は、プリウ近くの荒野だ。あまりにも不思議で、衝撃的だったニコロは、のけ反った体勢で固まってしまった。その背を、黒羽は遠慮なく押す。
「ば、馬鹿野郎」
「ハハハ、ビビり過ぎだ。そこで待ってろよ。お前の相棒と馬を連れてくる」
 扉は閉じられ、狐につままれたような顔でニコロは立ちすくむ。しばらくそうしていたが、やがて頭を抱えると大声で怒鳴った。
「何がとんでもない力を持ってないだ! 魔法よりもすげえことができるじゃねえか」
 ペガサスがいるとはいえ、移動することは大変に体力がいる。それをこうも一瞬で行えるのは、まさに反則と言えるだろう。
 彼の絶叫は、これまでの苦労がにじみ出る声音を伴なって、荒野に響きわたった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!

るっち
ファンタジー
 土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!

2度追放された転生元貴族 〜スキル《大喰らい》で美少女たちと幸せなスローライフを目指します〜

フユリカス
ファンタジー
「お前を追放する――」  貴族に転生したアルゼ・グラントは、実家のグラント家からも冒険者パーティーからも追放されてしまった。  それはアルゼの持つ《特殊スキル:大喰らい》というスキルが発動せず、無能という烙印を押されてしまったからだった。  しかし、実は《大喰らい》には『食べた魔物のスキルと経験値を獲得できる』という、とんでもない力を秘めていたのだった。  《大喰らい》からは《派生スキル:追い剥ぎ》も生まれ、スキルを奪う対象は魔物だけでなく人にまで広がり、アルゼは圧倒的な力をつけていく。  アルゼは奴隷商で出会った『メル』という少女と、スキルを駆使しながら最強へと成り上がっていくのだった。  スローライフという夢を目指して――。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

俺のギフト【草】は草を食うほど強くなるようです ~クズギフトの息子はいらないと追放された先が樹海で助かった~

草乃葉オウル
ファンタジー
★お気に入り登録お願いします!★ 男性向けHOTランキングトップ10入り感謝! 王国騎士団長の父に自慢の息子として育てられた少年ウォルト。 だが、彼は14歳の時に行われる儀式で【草】という謎のギフトを授かってしまう。 周囲の人間はウォルトを嘲笑し、強力なギフトを求めていた父は大激怒。 そんな父を「顔真っ赤で草」と煽った結果、ウォルトは最果ての樹海へ追放されてしまう。 しかし、【草】には草が持つ効能を増幅する力があった。 そこらへんの薬草でも、ウォルトが食べれば伝説級の薬草と同じ効果を発揮する。 しかも樹海には高額で取引される薬草や、絶滅したはずの幻の草もそこら中に生えていた。 あらゆる草を食べまくり最強の力を手に入れたウォルトが樹海を旅立つ時、王国は思い知ることになる。 自分たちがとんでもない人間を解き放ってしまったことを。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...