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第15話 第五章 思わぬ邂逅③
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「ゼエ、ゼエ、うえ。吐きそうだぜ」
「フゥー、どうにか逃げ切ったな」
無我夢中で走り続けて、立ち止まった場所は森のかなり奥地だ。深くむせるほどの木々の香り、人の足で踏み固められていない地面。
動物達の理想郷を目の当たりにし、黒羽は思い当たった。
「なあ、ここならフレイムがあるんじゃないか?」
「ああ? まあ、あるんじゃねえか。桜色のお嬢様が、この辺をうろついてないとは限らねえから、手早く行くぞ」
手分けしてフレイムを探す。腐って折れた木の下や岩の影、草の間等々、妖精を見つけるような念入りさで確認していくが、まるで見つかる気がしない。
「もしかして、もっと奥地に行かないとないんじゃないか?」
擦り傷で痛む手を忌々しげにさすり、黒羽は問いかける。ニコロは、だるそうに頭を掻き、どっかりと地面に腰かけた。
「そうだとすると、厄介だぜ。これ以上奥地となると、ファマの野郎がいた崖下に行くはめになる。何の装備もなく、行く場所じゃねえな」
祭りに使うイカが……。
黒羽のテンションがみるみる落ちていく。一本一本の足先に袋状の器官がある『多色イカ』は、大変高価なイカだ。それなりの労力がかかるとはいえ、この依頼で手に入る量は、仕入れコスト的に考えれば大変おいしい話なのだ。
「どこかに……ないのか」
「おい、しつこいな。ねえんだから仕方ねえよ」
「報酬のイカは、売り上げアップの要なんだ。他の食材よりもイカが欲しい」
「買えよ。多色イカは希少だけど、売ってるだろう」
ものすごい形相で睨んだ黒羽は、ニコロの肩を掴み、熱弁した。
「分かってない。何も分かっていない。良いか。多色イカがプリウで販売されている価格は、三千バッレから五千バッレ――一バッレ約一円――ほど。間を取って四千バッレとして、これを姿焼きで利益率三十パーセントに設定して販売したとする。そうすると、だいたい五千七百バッレだ。誰がそんな高いイカを、祭りで買いたいと思う。けどな、今日一日の労力で祭りに出す分には、申し分ないほどもらえるんだぞ。原価がほぼタダだ。これなら、一般的なイカで売るのと変わりない値段で売れる上に、店の料理の”美味い”って印象を”もの凄く”高めることができるんだぞ」
圧倒され、後じさるニコロに黒羽は拳を震わせ声高らかに宣言した。
「とにかく、諦めるにはまだ早い。桜色の女性から逃げつつ探す。アリ一匹すら逃がすなよ」
「こえーよ。キャラ変わってるぞ」
経営者魂に火のついた男に引きずられながら、ニコロは疲れたように肺の空気を吐き出した。
それから彼らは、ひたすらに歩き続けた。
どれほど進もうが森の風景は代わり映えなく、少しずつ西へ沈みゆく太陽だけが時間の流れを教えてくれた。
「おい、そろそろ戻らないとやべーぞ」
「あ、ああ。クソ、諦めるしかないのか」
夜行性の獰猛な獣や魔物が、活動する時間帯までには森を立ち去らなければならない。黒羽は仕方ないと、ため息をついた。その時、視界の端に瓦礫の山を捉えた。
「ん? 何だこの瓦礫の山は。まだ、崩れてからそれほど時間が経っていないようだが」
森の開けた場所に、建物の残骸が散らばっている。トゥルーには、古代遺跡が各地に残されており、その類かと黒羽は思った。だが、瓦礫の中に大量の武器を発見すると、違うと直感した。
「コレって、まさか代弁者のアジトじゃないだろうな」
「……断言はできねえが、ここに落ちている武器は、どう見ても古代文明のものじゃねえな。新しすぎる。それに、……ああ、なんてこった。ここは、アイツのアジトで正解だ」
ニコロは、小袋を拾い上げた。破れた穴からは、青みがかった紫色の粉が砂時計のように落ち、風に流されていく。
「一体何があったんだ。狂って壊したのか?」
「いいや。あの野郎は、狂ってるが馬鹿じゃない。こんな森の奥に、用意周到に用意したアジトを無駄に壊したりはしないだろうよ」
「そうか。まあ、こうしてアジト跡を見つけられたのは、幸運だろう。明日にでも、調査するか」
「明日? じゃあ、コイツの出番だな」
ニコロは懐から、丸いボール状の物体を取り出した。
「それは?」
「時限式発煙玉だ。コイツに魔力を流すと、徐々に膨張して、最後には破裂する。そうすると、中から大量の煙がまき散らされるから、場所が分かる。明日の明るい時間帯に破裂するように、魔力を調整して流せば、空から見えるからすぐわかるぜ」
便利なものだ、と黒羽は感心する。トゥルーでは、魔力に関連したアイテムが沢山あり、そういった物を見ると、ここが異世界なのだと強く感じる。
物珍しそうな視線に、ニコロは苦笑した。
「なあ、あんた。さっき、異世界人と言ったな」
「……ああ」
「それってつまり、トゥルーとは違う世界から来たって話だろう。じゃあ、魔法は使えねえのか?」
黒羽は肩をすくめ、短く笑った。
「まあね。だから、この世界の人々ほど、とんでもない力は持ってない」
「ハア? 何言ってんだ。天下無敵のウロボロスが使えるだろうが」
馬鹿げたことを言うなと言わんばかりのニコロに、黒羽は首を振った。
「アレは、借り物だよ。俺一人じゃ、何もできない。無力だ」
「……いや、あんたは分かっちゃいねえ。異世界がどんなところか知らないが、口ぶりから察するに魔法の力はないんだろう? そんな状態で、未知なる世界に飛び出して、ウロボロスやらヒュ―ンだの、あんたにとって得体のしれない力を前に、憶するどころか、むしろ利用して立ち向かえる、その心が凄まじいよ」
珍しく男を褒めるニコロの言葉に、黒羽はこれまでの記憶を思い起こした。
トゥルーでの思い出は、楽しいことばかりじゃなくて、辛いこともあった。それでも、仕入れを続けてこれたのは、まぎれもなくこれまでの出会いが良かったからだ。
つまりは、運が良かったのだと、黒羽は思い、感謝の念が心を満たす。けれども、それをこの目の前にいる”友人”に話すのは、照れくさい。だから、黒羽は皮肉げにニヤリと笑った。
「お前が男を褒めるとか、明日は世界の終わりかもな」
「ああ? クソッタレが。今すぐ死ね」
顔を苛立ちで歪ませ、ニコロは背を向ける。予想通りの反応だったので、黒羽は大声で笑ってしまった。
「あ、ちなみにその発煙玉は使用しなくていい」
「ハア?」
「一度来た場所なら、この鍵で行き来できる」
黒羽は、懐から青い鍵を取り出すと、両開きの扉を出現させた。驚いたニコロは、恐る恐るその扉へと近づく。
「な、何だこりゃ?」
「異世界を渡る扉。応用すれば、この森からプリウへの移動手段としても使える」
鍵を捻り、扉を開錠する。徐々に開いていく先は、プリウ近くの荒野だ。あまりにも不思議で、衝撃的だったニコロは、のけ反った体勢で固まってしまった。その背を、黒羽は遠慮なく押す。
「ば、馬鹿野郎」
「ハハハ、ビビり過ぎだ。そこで待ってろよ。お前の相棒と馬を連れてくる」
扉は閉じられ、狐につままれたような顔でニコロは立ちすくむ。しばらくそうしていたが、やがて頭を抱えると大声で怒鳴った。
「何がとんでもない力を持ってないだ! 魔法よりもすげえことができるじゃねえか」
ペガサスがいるとはいえ、移動することは大変に体力がいる。それをこうも一瞬で行えるのは、まさに反則と言えるだろう。
彼の絶叫は、これまでの苦労がにじみ出る声音を伴なって、荒野に響きわたった。
「フゥー、どうにか逃げ切ったな」
無我夢中で走り続けて、立ち止まった場所は森のかなり奥地だ。深くむせるほどの木々の香り、人の足で踏み固められていない地面。
動物達の理想郷を目の当たりにし、黒羽は思い当たった。
「なあ、ここならフレイムがあるんじゃないか?」
「ああ? まあ、あるんじゃねえか。桜色のお嬢様が、この辺をうろついてないとは限らねえから、手早く行くぞ」
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「もしかして、もっと奥地に行かないとないんじゃないか?」
擦り傷で痛む手を忌々しげにさすり、黒羽は問いかける。ニコロは、だるそうに頭を掻き、どっかりと地面に腰かけた。
「そうだとすると、厄介だぜ。これ以上奥地となると、ファマの野郎がいた崖下に行くはめになる。何の装備もなく、行く場所じゃねえな」
祭りに使うイカが……。
黒羽のテンションがみるみる落ちていく。一本一本の足先に袋状の器官がある『多色イカ』は、大変高価なイカだ。それなりの労力がかかるとはいえ、この依頼で手に入る量は、仕入れコスト的に考えれば大変おいしい話なのだ。
「どこかに……ないのか」
「おい、しつこいな。ねえんだから仕方ねえよ」
「報酬のイカは、売り上げアップの要なんだ。他の食材よりもイカが欲しい」
「買えよ。多色イカは希少だけど、売ってるだろう」
ものすごい形相で睨んだ黒羽は、ニコロの肩を掴み、熱弁した。
「分かってない。何も分かっていない。良いか。多色イカがプリウで販売されている価格は、三千バッレから五千バッレ――一バッレ約一円――ほど。間を取って四千バッレとして、これを姿焼きで利益率三十パーセントに設定して販売したとする。そうすると、だいたい五千七百バッレだ。誰がそんな高いイカを、祭りで買いたいと思う。けどな、今日一日の労力で祭りに出す分には、申し分ないほどもらえるんだぞ。原価がほぼタダだ。これなら、一般的なイカで売るのと変わりない値段で売れる上に、店の料理の”美味い”って印象を”もの凄く”高めることができるんだぞ」
圧倒され、後じさるニコロに黒羽は拳を震わせ声高らかに宣言した。
「とにかく、諦めるにはまだ早い。桜色の女性から逃げつつ探す。アリ一匹すら逃がすなよ」
「こえーよ。キャラ変わってるぞ」
経営者魂に火のついた男に引きずられながら、ニコロは疲れたように肺の空気を吐き出した。
それから彼らは、ひたすらに歩き続けた。
どれほど進もうが森の風景は代わり映えなく、少しずつ西へ沈みゆく太陽だけが時間の流れを教えてくれた。
「おい、そろそろ戻らないとやべーぞ」
「あ、ああ。クソ、諦めるしかないのか」
夜行性の獰猛な獣や魔物が、活動する時間帯までには森を立ち去らなければならない。黒羽は仕方ないと、ため息をついた。その時、視界の端に瓦礫の山を捉えた。
「ん? 何だこの瓦礫の山は。まだ、崩れてからそれほど時間が経っていないようだが」
森の開けた場所に、建物の残骸が散らばっている。トゥルーには、古代遺跡が各地に残されており、その類かと黒羽は思った。だが、瓦礫の中に大量の武器を発見すると、違うと直感した。
「コレって、まさか代弁者のアジトじゃないだろうな」
「……断言はできねえが、ここに落ちている武器は、どう見ても古代文明のものじゃねえな。新しすぎる。それに、……ああ、なんてこった。ここは、アイツのアジトで正解だ」
ニコロは、小袋を拾い上げた。破れた穴からは、青みがかった紫色の粉が砂時計のように落ち、風に流されていく。
「一体何があったんだ。狂って壊したのか?」
「いいや。あの野郎は、狂ってるが馬鹿じゃない。こんな森の奥に、用意周到に用意したアジトを無駄に壊したりはしないだろうよ」
「そうか。まあ、こうしてアジト跡を見つけられたのは、幸運だろう。明日にでも、調査するか」
「明日? じゃあ、コイツの出番だな」
ニコロは懐から、丸いボール状の物体を取り出した。
「それは?」
「時限式発煙玉だ。コイツに魔力を流すと、徐々に膨張して、最後には破裂する。そうすると、中から大量の煙がまき散らされるから、場所が分かる。明日の明るい時間帯に破裂するように、魔力を調整して流せば、空から見えるからすぐわかるぜ」
便利なものだ、と黒羽は感心する。トゥルーでは、魔力に関連したアイテムが沢山あり、そういった物を見ると、ここが異世界なのだと強く感じる。
物珍しそうな視線に、ニコロは苦笑した。
「なあ、あんた。さっき、異世界人と言ったな」
「……ああ」
「それってつまり、トゥルーとは違う世界から来たって話だろう。じゃあ、魔法は使えねえのか?」
黒羽は肩をすくめ、短く笑った。
「まあね。だから、この世界の人々ほど、とんでもない力は持ってない」
「ハア? 何言ってんだ。天下無敵のウロボロスが使えるだろうが」
馬鹿げたことを言うなと言わんばかりのニコロに、黒羽は首を振った。
「アレは、借り物だよ。俺一人じゃ、何もできない。無力だ」
「……いや、あんたは分かっちゃいねえ。異世界がどんなところか知らないが、口ぶりから察するに魔法の力はないんだろう? そんな状態で、未知なる世界に飛び出して、ウロボロスやらヒュ―ンだの、あんたにとって得体のしれない力を前に、憶するどころか、むしろ利用して立ち向かえる、その心が凄まじいよ」
珍しく男を褒めるニコロの言葉に、黒羽はこれまでの記憶を思い起こした。
トゥルーでの思い出は、楽しいことばかりじゃなくて、辛いこともあった。それでも、仕入れを続けてこれたのは、まぎれもなくこれまでの出会いが良かったからだ。
つまりは、運が良かったのだと、黒羽は思い、感謝の念が心を満たす。けれども、それをこの目の前にいる”友人”に話すのは、照れくさい。だから、黒羽は皮肉げにニヤリと笑った。
「お前が男を褒めるとか、明日は世界の終わりかもな」
「ああ? クソッタレが。今すぐ死ね」
顔を苛立ちで歪ませ、ニコロは背を向ける。予想通りの反応だったので、黒羽は大声で笑ってしまった。
「あ、ちなみにその発煙玉は使用しなくていい」
「ハア?」
「一度来た場所なら、この鍵で行き来できる」
黒羽は、懐から青い鍵を取り出すと、両開きの扉を出現させた。驚いたニコロは、恐る恐るその扉へと近づく。
「な、何だこりゃ?」
「異世界を渡る扉。応用すれば、この森からプリウへの移動手段としても使える」
鍵を捻り、扉を開錠する。徐々に開いていく先は、プリウ近くの荒野だ。あまりにも不思議で、衝撃的だったニコロは、のけ反った体勢で固まってしまった。その背を、黒羽は遠慮なく押す。
「ば、馬鹿野郎」
「ハハハ、ビビり過ぎだ。そこで待ってろよ。お前の相棒と馬を連れてくる」
扉は閉じられ、狐につままれたような顔でニコロは立ちすくむ。しばらくそうしていたが、やがて頭を抱えると大声で怒鳴った。
「何がとんでもない力を持ってないだ! 魔法よりもすげえことができるじゃねえか」
ペガサスがいるとはいえ、移動することは大変に体力がいる。それをこうも一瞬で行えるのは、まさに反則と言えるだろう。
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