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26章 私の志望先は…

87話 ……来ちゃいました

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 成田空港からニューヨークJFK空港まで、約13時間。ついに来てしまった。

 窓際のシートを選んだ私の眼下にはたくさんの建物が見えている。テレビやインターネットの画面越しでしか見たことのなかった街。

 ワクワクもあるんだけど、やっぱり初めての場所だし、まだ18歳の私が初めての海外に一人旅。緊張の方が大きい。

 ここまでは日本の航空会社を使った。お母さんたちに心配をかけたくないというのと、入国審査の説明を日本語で聞くことができるからというのが私なりの理由。

 ところが、昔と違って今はインターネットを使った事前申請になっていて、そのやり方も先生は教えてくれた。

 表示された画面のスクリーンショットを送って見せたら「問題ないよ」と教えてくれたけど、最後の飛行機までは日本語で話していたかったという安心保険の意味もある。

 飛行機を一歩降りると、さすがアメリカの空港。空気が違うと感じた。

 全ての表示で一番上の行に書いてあるのはもちろん英語の表示だったし、空港の大きさそのものだけでもそのスケールの違いを感じてしまう。

 こんなところに先生は暮らしているんだ。

 そしてふと気がついた。次の春には、私はここに先生と二人で、新しい名前で降り立つことになるのだと。

 預けてあった荷物を受け取り、先生が「電子審査受付で事前に入国審査は終わっているし、結花みたいな身なりのきちんとした子には変に聞いてこないよ」と言われていた入国審査カウンターも無事に通過して、到着ロビーにカートを押して出て行った。


 先生はどこで待っていてくれるのだろう。もし、ここで会えなかったら、私の拙い英語で先生を呼び出してもらうなんてことができるのだろうか?

 周囲を見渡してみると、やっぱり日本とは違うな。家族や恋人たちが久しぶりの再会で、抱き合ったりキスしたり。

 私が3か月前に羽田空港でねだったキスなんかまだ大人しい方だ。


 万一の場合に備えてと、事前に教わっていたスマートフォンの設定を変更しようとしたとき、私の視界が後ろから遮られた。

「結花……」

「……っん」

 ずっと聞きたかったこの声。そして、この手の温もり。

 隠そうとしても、体の中にある記憶はちゃんと覚えている。

「先生……」

 くるり回れ右をする。

 どれだけこの瞬間を待ちわびていたか。この時のために必死になって仕事も勉強もしてきたんだもん……。

「……来ちゃいました……」

「遠いところまでよく来てくれた。いらっしゃい」

「はい……」

 もう、これだけでいいよ。

 これで十分ここに来た目的は果たせたと思う。

「前に言っただろう? おまえはアヒルじゃなくて白鳥なんだって。偉いぞ。ちゃんと一人で飛んできたじゃないか」

「うん……」

 流れ落ちる涙を抑えきれずにいる私を、先生は抱きしめて、頭を撫でてくれた。


 ちょうど、人の波が少し引いて、周りが静かになりはじめていた。


 日本人同士でここまでのコミュニケーションを交わすのは珍しいだろう。

 キスをし終わった私たちに、ニコニコした空港スタッフのおじさんが話しかけてきてくれた。

 先生が経緯をざっと説明してくれると、"Welcome to the USA!"(アメリカへようこそ!)と言って両手で握手までしてくれたの。

 初めての異文化コミュニケーションだけど、とても暖かく感じて安心した。

「そろそろ行こうか。駐車場に車を停めてある」

 私の荷物をカートから取り上げて先生が持ってくれた。その横を先生の子どものようにぴったりとついて行く私がいる。

「寒くないか? 今日はこっちも急に冷えたからな」

 一応コートは着ているけど、その下はワンピースだ。

 先生は一度立ち止まって、自分の首にかかっていたマフラーを私に巻いてくれた。

 懐かしい……。その匂いだけで、全身が包まれたように緊張が解けていく。

「時差ボケは酷くならなかったかい?」

 先生は羽田空港からのフライトで、途中乗り継ぎがあった関係で、機内で睡眠時間が狂ってしまい、到着初日から大変だったんだって。

 今回はそんなアドバイスもあって、成田空港を発ってすぐのお夕食のあとは、お薬を飲んでまで十分に睡眠を取ってきた。

 気がつけば眼下に広がっていたのは広大な農業地帯だったから、それだけで違う国に来たのだと思って見下ろしていたっけ。

「はい。大丈夫ですよ」

「よし、それじゃせっかくアメリカに来たんだ。一番それっぽいのを食わせてやろう」

 先生が車を運転しながら笑った。

 そうか、右側通行だからハンドルが日本と逆だ。必然的に助手席から見る先生の顔もこれまでとは反対側になるんだ。

 乗るときはさり気なく先生がドアを開けてくれたから気付かなかったほど。こんな小さな事もたくさんの驚きの一つだった。
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