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12章 あれは夢じゃなかった!
38話 初めての恋煩い…なの?
しおりを挟む菜都実さんから電話がかかってきて、先生がもうすぐ行くよと連絡をもらい、一度顔だけは洗っておいた。
今朝には微熱に下がっていて、念のためにお医者さんに行ったけど、大したことはないらしい。
お店に電話をして、明日にはまた復帰することを伝えると、「それは恋煩いの知恵熱だなぁ」と笑っていたっけ。
「それだけ結花ちゃんが真剣に想っているってこと。ステキなことじゃない」
迷惑をかけてしまったことを謝ったのに、そんなことは全く気にしていないようだったよ。
お弁当を持たせてくれたと言うから、お部屋にテーブルも用意する。
そんなことをしているうちに、インターホンが鳴ってしまった。
カーテンをめくってみると、私をここまで連れてきてくれた人が立っているのが見える。
「どうぞ、中に入ってください。両親にも話はしてありますから大丈夫です」
お仕事帰りの先生をあまり長居させてはいけないと言われていたけれど、「二人のお夕食なんだから」とお母さんも菜都実さんに押しきられたみたいだ。
昨日、私を背負ったままこの階段を上がって部屋まで連れてきてくれたと聞いたときには驚いた。
お父さんはそのときの様子を思い出したみたいで、仕事に出かける前に笑っていた。
「どんな薬よりも、先生が来てくれれば一発で治っちゃうな」と。
それを一緒に聞いていたお母さんも吹き出している。
一瞬なんのことか分からずぽかんとしていると、お母さんが昨日の夜のことを耳打ちしてくれた。
「えー、私そんなことを……」
確かに、途中まで先生の背中で揺られていたことは覚えているけれど、その後のことは夢なのか現実なのか覚えていない。
お父さんに先生から離れなさいと言われて、駄々をこねたこと。
でも、どういう流れか分からないけど、最後は先生が手を握ってくれて私は寝たような気がした。
あれは本当のことだったんだ……。
今日は明かりをつけた部屋に入ってもらった。
去年までは宿題や試験勉強をしていた机。教科書もその当時のままだ。昨年5月で私の時間の一部は止まってしまっているから。
菜都実さんに作ってもらったお弁当を食べ終わって、先生は部屋を見回していた。
「先生、そんなに珍しいですか?」
「そりゃそうだ。俺には年頃の女の子の部屋に入るなんて機会はないからな。でも原田らしい部屋だと思う」
もしかすると、私の部屋の場合はそういった「お年頃アイテム」は非常に少ないかも知れない。
好きなアイドルのポスターとか雑誌もない。お洋服やバックだってそれほど多くは持っていなかった。
一緒に見回してみると、本棚の上に、服を着せたくまとうさぎのぬいぐるみが座っている。この子たちだって、確か小学校低学年の頃に買ってもらったものだ。
「この子たちが昔からの私のお友達なんです」
本棚から手元に持ってくる。幼い頃からいつも枕元に置いて一緒に寝ていた。
「物持ちがいいんだな原田は」
「物持ちがいいと言うより、貧乏性なんです」
先生もそこで吹きだしてくれた。うんうんと大きく何度も頷いている。
「分かっちゃいました?」
「だって、昨日仕事で履いていた靴をお父さんが脱がせたら、高校の時のだって分かったからさ。大事にしてるんだなって」
「3年生に上がるときに買い直したんです。でも本当に1ヶ月も履けなくて下駄箱の中にありました。捨てるのは勿体ないですし、前から高いヒールが苦手なのと、お仕事では転ぶわけにはいきません。ちょうどよかったんです」
もともと、そこまでお金に苦労していたという経験はないけれど、そこまで家が裕福ではないことは分かっているし、小さな頃から欲しいものは自分でお小遣いを貯めて買うようにしていたから、気に入ったものは本当にダメになるまで使い倒す。それが私の中で自然になっている。
「そうか、大事なことは覚えておかなくちゃな」
先生はテーブルを離れて、私の前に座った。
え、それって……どういう意味で……。
「原田。お願いがある。教えてくれ……ないか……?」
「はい……? 何を……ですか?」
突然、先生は私に頭を下げて切なそうな声を出してきたんだよ。
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