27 / 98
9章 一通だけの手紙
27話 こんな手紙を書ける子だなんて…
しおりを挟むそんな事件があった試験登校を終え、再び病室に戻った原田。いつもの補習授業の帰りがけに1通の手紙を渡された。
「病院ではチョコレートは売っていないので……。フライングで失礼します」
珍しく、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらその封筒を差し出してきた。
「そうか、明日はバレンタインか。俺は生徒からはもらわない主義だぞ?」
「はい、知っています。なのでお手紙です。中身は私の独り言なので、返事はいりません」
いつもどおりに点滴のスタンドを持って、暗くなっている廊下をエレベーターまで見送ってくれる。
「おやすみなさい」
エレベーターのドアが閉まりかけた一瞬、彼女の顔がゆがんで見えた。
部屋に帰り、渡された封筒から便せんを広げる。淡い色で桜があしらわれている便せん。この品の良さと年頃の女の子が選びそうな可愛さを両立させたチョイスは彼女らしい。
ノートや試験の解答でも見慣れた丁寧な字で綴られていた。
小島先生
このような手紙を差し上げること自体、先生のポリシーからすればいけないことだとは分かっています。
でも、これまでのお礼をどうしても言わせていただきたくてペンを取りました。我がままを言ってごめんなさい。
これが、最初で最後のお手紙です。
先生には、本当に何度どのようにお礼を申し上げればいいのか分かりません。
いつも励ましの言葉と、勉強を教えていただいて、私は忘れられていないんだと、ずっとそれを支えにしてきました。
最初に、誤解しないでくださいね。先生の責任では絶対にありません。けれど、先日の仮退院のあとの検査の結果はよくありませんでした。きっとこのまま春休みになってしまうと思います。
私の体がもっと丈夫だったら、あの教室で先生の授業をまた聞くことができたのにと思うと、本当に残念で仕方ありません。
そして、もう一つ。今日だけ、この独り言をお許しください。
先生と出会えた4月から、そして先生に支えていただいたこの2ヶ月。私の中に生まれて初めての気持ちが芽生えてしまいました。
私はあのクリスマスの時にもお話ししたように、これまで誰かを好きになることが出来ませんでした。こんな私のことを見てくれる人などいないと。自信を持つことなど出来ませんでした。
今の私の気持ちは絶対に許していただけるものでないことは分かっています。でも、頭で理解していても、気持ちがはちきれてしまいそうでした。
分かっています。いつもどおり、生徒からは受け取らないと一蹴していただければ結構です。
それでも……、先生が好きです。
私、3年生になっても、どんなに辛くても頑張ります。
本当に1年間、先生のクラス、先生の生徒になれてよかった。
私は幸せな女の子です。
明日から、またリハビリを頑張ります。
お時間を取っていただき、ありがとうございました。
2年2組 出席番号31番 原田結花
俺は手紙を机においた。
「なんちゅう文章を書くんだおまえは……」
思わず目頭を押さえる。
これまで必死に目をそらしてきた自分のブレーキが今にも音を立てて外れてしまいそうな勢いだ。
テーブルを照らしているスポットライトの光に照らされたその手紙を見て、気づいたことがある。
あの告白文の周辺だけ、わざと行が開けてあるのかと思った。
スタンドの光で照らされてそれが違うと分かった。
彼女の涙がこぼれてしまい、そこに書けなくなってしまったからだと。心なしかその周辺の字が震えている。
「原田……」
同じような告白の手紙はこれまでにも他の生徒からもらったことはある。でも、これはそれらとは違う。
クリスマスイブのあの日も、彼女は自分の終わりをどのように受け入れようかと必死にもがいているように見えた。
間違いなくこの手紙もその一つだ。
あの夜、恥ずかしそうにだったけれど、決して大それたものではなかったけれど、誰も知らない彼女の夢を語ってくれた。
あれは、この先も生きていたいという気持ちの表れ以外にない。
だったら、このまま何もせずに原田の人生を終わらせなんかしない。
それこそが俺にしか出来ない役目なんじゃないか……。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
白衣とブラックチョコレート
宇佐田琴美
ライト文芸
辛い境遇とハンディキャップを乗り越え、この春晴れて新人看護師となった雨宮雛子(アマミヤ ヒナコ)は、激務の8A病棟へと配属される。
そこでプリセプター(教育係)となったのは、イケメンで仕事も出来るけどちょっと変わった男性看護師、桜井恭平(サクライ キョウヘイ)。
その他、初めて担当する終末期の少年、心優しい美人な先輩、頼りになる同期達、猫かぶりのモンスターペイシェント、腹黒だけど天才のドクター……。
それぞれ癖の強い人々との関わりで、雛子は人として、看護師として成長を遂げていく。
やがて雛子の中に芽生えた小さな恋心。でも恭平には、忘れられない人がいて─────……?
仕事に邁進する二人を結ぶのは師弟愛?
それとも─────。
おっちょこちょいな新人と、そんな彼女を厳しくも溺愛する教育係のドタバタ時々シリアスな医療物ラブ?ストーリー!!
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる