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【第2章】その涙と笑顔が嬉しくて…

32話 もったいないくらい、十分なんだよ…

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「美味かったなぁ」

「本当に美味しかったです」

 夜の食事は、挙式のプランに組み込んであったフルコースのお料理を窓辺の席でいただいた。

 飲食店を営む私たちには、自分たちのお店でも参考になるものはないか自然に探す癖がついてしまっている。

 でも今日だけはそれをきっぱり捨てて、純粋に二人で食事の時間を楽しもうって。

「秀一さん、ちょっとお散歩しませんか?」

 レストランを出て、私は中庭を指差した。

「行くか」

「はい」

 遊歩道を歩いていく。ホテルの敷地内だから、きちんと足下には灯りがある。

 建物から離れ、ベンチが置いてある小さな広場に出た。

「座ろうか?」

「はい。風が気持ちいいです」

 高原の涼しい風が、私の髪を揺らす。

「しかし、今日は俺もやられたなぁ」

「秀一さん……」

 隣に座った秀一さん……、ううん、お兄ちゃんにお礼が言いたかった。

「今日は……、本当にありがとうございました。本当に、本当に嬉しかったです。一生の宝物です。私、これからもずっとついて行きます。迷惑だったら言ってくださいね……」

「ばか、桜が迷惑だなんて思ったこともない。こっちこそ、いつも無理させてごめんな」

 そんな。私がいつも無理なことを言って困らせていた。

 サロンであんなふうに私の事を言ってくれていたなんて、お礼? 謝罪? どんな言葉が適切なんだろう。

「私は……、頭もよくない、単純だし……。お兄ちゃんをバカみたいに突っ走って追いかけるだけ。なのに気がついたら、こんなに幸せにしてくれました……」

 ベンチに座っている隣から、私の手を握ってくれる。

「秀一さん、私が最近考えていたこと、聞いてもらえますか?」

「なんだ?」

「私、恋の形はひとつしか知りません。気が付いたときから秀一さんしか見えていませんでした。でも一方で、『妹』だから無理って諦めも常にあったんです」

「俺も……、色々あったけど、結局は同じだった」

「秀一さんは私を選んでくれました。無理だと思っていた夢が叶ったんです。だから、私の『初めて』全部渡せました。それ以上に満たしてもらえました」

 もしかしたら、離ればなれになってしまうかもしれない。その前に一つに肌を重ねてお互いを認め合いたいって思っていたあの日の私たち。

 残された時間はあの1回限りかもしれないという悲壮な思いだったから。

「私、幸せです。だから、次を考えてみました。……あの約束覚えてますか?」

 ほのかな明かりで、自分でも分かるほど顔が赤く火照っている。

「桜……。意味分かっているんだよな?」

 こくんと頷きながら、私は続けた。

「お店も大切ですけど、私が元気な内に秀一さんとの新しい家族が欲しいです……」

 お兄ちゃんは私の唇を塞いだ。

「無理してない?」

「秀一さんは?」

「桜との子供なら本気で欲しいさ」

「よかった……」

 足元は明るいけれど、たくさんの星が私たちを見下ろしている。こんな星空は普段見ることができない。

「桜……、俺もちゃんと謝りたい」

「なんですか?」

 私の手を握っている、その手に力が入る。

「俺は桜も知るように初恋じゃないはずだった。でも、いつも桜が頭にいた。桜のことしか目に入らなくなって。最初から桜とじゃなきゃダメだと気づいた。俺の無意識の初恋は桜だった。待たせてごめん」

「嬉しいです。秀一さんは私にはいつも雲の上で……。私は『妹』だから見てもらえているんだって思ってました。秀一さんを見ていちゃいけないって。分かってたのに、それが出来なくて……」

「俺もいろんな人を紹介された。学歴とか、給料とか、美人だと言われてもダメなんだ。いつも一緒にご飯食べて、おかえりって言ってくれる。俺が一番落ち着くのは桜の前だと。だから、最後の頃は誰かに先を越されるんじゃないかと正直焦ってたよ」

「事情を話してもらえれば待ちましたよ?」

 ちゃんと分かっているよ。秀一さんはそんな自分を許さない人だって。

「隣の家の『桜と一緒』。俺はそれで十分だ」

「はい。私もです」

 ほんと、それで十分なんだよ。
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