26 / 33
【第1章】初めて、恋を始めます
26話 平凡だけど私の幸せ
しおりを挟むその1週間後、今年の桜の開花発表が出た日に、私たちはお店を再開店させた。
「これからも、変わらず頑張っていきます。よろしくお願いしますね」
新しくした看板の前、秀一さんと私は、また新しい一歩を歩きだした。
「さて、今日から新しい出発だな」
「今月はそんなのばっかりですよ。秀一さん」
お店に降りていくと、すでに店の前は商店街のみんなと、いつも記事を書いてくれていた出版社の担当さんなどで埋まっていた。
「お、桜ちゃん、おめでとう続きだね!」
今日は、新装『さくら』の開店日。
「二代目、しっかりしろよ!」
商店街での秀一さんの呼び名は「秀一」から「二代目」にすっかり変わっている。最初はそれに戸惑いもあった秀一さんも、商店街のみんなから謙遜するなと言われて、結局ありがたく頂戴することにしたんだって。
「お疲れさん」
「お疲れさまでしたぁ」
外に出してあった立て看板をしまい、ドアにぶら下げてある表示を準備中にして、店内の照明を落とす。
私は、このお店で一番気に入っている奥の窓際のテーブルに二人分の食器をセットした。
「桜の好きなクリームコロッケ残しておいたよ」
「ありがとう」
初日から上々だったのは、商店街のみんなが盛んに宣伝してくれたし、お父さんの常連さんもたくさん戻ってきてくれて、「これなら合格だ」と太鼓判を押してくれたから。
「秀一さん、みんなまた来てくれるって。良かったです」
「やっぱり不安だったよな」
もちろん、不安もある。だけど……
「大丈夫。お兄ちゃんと一緒に頑張るって、あの日、お父さんに誓いました」
「久しぶりだな。桜にそう呼んでもらうの」
私にとって、やっと結ばれた大切な旦那様。その人は幼い頃からずっと私を見ていてくれた、大好きなお兄ちゃん。
「また、弱虫な私になっちゃうかもしれません」
「その時は、一緒に泣いて、また一緒に笑うんだ。いつものとおりだろ?」
「うん」
幼い頃、いつも疲れておんぶしてもらった背中。どこかに行ってしまわないかと一生懸命に追いかけた。
卒業式の前の日、たった一枚の紙に名前を書くだけだったのに。これまでのことが思い出されて手が震えて涙が出た。
もう、メソメソしながら追いかける必要はない。私の帰る場所はすぐ隣にいてくれるのだから。
「秀一さん……」
私はその背中にぎゅっと抱き付いて顔を埋める。
「ん?」
「私、幸せです。もう少し落ち着いたら……」
そこで顔が赤くなって、言葉が止まってしまう。
「落ち着いたら?」
秀一さんからは、私の赤い顔は見えていない。
「……夫婦から、家族になりましょうね」
「そうだな。俺はやっぱり桜みたいな可愛い女の子がいいなぁ」
「私は頼りになる男の子がいいです」
きっと、それは遠い未来ではないかもしれない。このお店の名前だって、両親が結婚、お店を持ってすぐに生まれた私から付けたんだもの。
男の子でも女の子でもどちらでもいい。家族みんなで楽しく暮らしていく。
平凡かもしれないけど、好きな人の隣にいられる。それが私の幸せなんだと気付いたんだ。
「お風呂、用意しますね」
「俺はお皿片付けちゃうか。なあ、桜?」
「はい?」
「最近、忙しくてさ。桜に『おやすみ』が言えてない。今夜一緒に寝ないか?」
もう、明日も朝から仕込みだっていうのに。でも、私も同じ気持ち。
「うん、いいよ。早く片付けてきてね」
最後まで残しておいたテーブルのランプを吹き消してカーテンを下ろす。
以前から使っていた私専用のエプロンを外しカウンターにかけ、秀一さんの前に戻った。
「もう、甘えても誰にも言われることはありません」
精いっぱいの背伸びをして、キスを済ませる。
「お部屋で待ってますね」
頷いて答える秀一さんに見送られて、私は階段を上っていった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
野良インコと元飼主~山で高校生活送ります~
浅葱
ライト文芸
小学生の頃、不注意で逃がしてしまったオカメインコと山の中の高校で再会した少年。
男子高校生たちと生き物たちのわちゃわちゃ青春物語、ここに開幕!
オカメインコはおとなしく臆病だと言われているのに、再会したピー太は目つきも鋭く凶暴になっていた。
学校側に乞われて男子校の治安維持部隊をしているピー太。
ピー太、お前はいったいこの学校で何をやってるわけ?
頭がよすぎるのとサバイバル生活ですっかり強くなったオカメインコと、
なかなか背が伸びなくてちっちゃいとからかわれる高校生男子が織りなす物語です。
周りもなかなか個性的ですが、主人公以外にはBLっぽい内容もありますのでご注意ください。(主人公はBLになりません)
ハッピーエンドです。R15は保険です。
表紙の写真は写真ACさんからお借りしました。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる