上 下
1 / 33
【第1章】初めて、恋を始めます

1話 幼い夢から目覚めたら

しおりを挟む



「お兄ちゃん待ってぇ!」

「桜、遅いぞ!」

 私を見下ろす視線。手には水着の入ったバックを持って、階段をよたよた上がる私を待っている。

「だってぇ、お兄ちゃん五年生だもん」

「うっせーな。一緒に行ってやんないぞ?」

「やだぁ!」

 半べそをかいた私を、お兄ちゃんは絶対に置いていったりはしない。


 だけど、分かっているけど、一生懸命に走って追い付きたかった。

 それでも、クラスでも一番小さかった私は絶対に追い付けない。

「眠いよぉ」

「しゃーねーな桜は……」

「ありがとう」

 一日遊んでもらい、帰りはいつもおんぶで家まで帰った。

「チビだから体力ねーもんな」

「あうぅ……」

 分かってた。早く大きくなりたい……。追い付いて、一緒に遊びたい……。






「……桜、起きろ。もう遅刻だぞ?」

「へぇっ? き、今日は日曜日だったよぉ?」

 私はガバッと飛び起きた。けど、それが悪戯だとすぐに分かった。

「もぉ、お兄ちゃん。また私のこと騙しましたぁ!」

「だってさぁ、いつまで待っても起きてこねーし。マスターが起こしてこいってさ」

「お父さんも最悪ぅ~。年頃の娘の部屋を何だと思ってるのかなぁ……」

 確かに時計を見ると、起きなければならない時間にはなっているけど。

「ところでお兄ちゃん?」

「なんだ?」

「いつまでここにいるつもり? 私は着替えたいんですけど?」

「いいじゃんか、減るもんじゃないだろうに」

「そういう問題じゃありませんっ!」

 私はベットの上から、思いっきり枕を投げつけた。

「はいはい。下で飯食ってくるわ」

「もぉ~」

 階段を下りていく音を確認して、ベッドから立ち上がる。

「久しぶりだったなぁ……」

 私、野崎のざきさくらはこの四月で十八歳の高校三年生になった。

 パジャマを脱いで、ハンガーにかけてある服に手をかけたとき、ふと姿見に私の全身姿が写っているのが見えて手が止まる。

「お兄ちゃんにとっては、まだまだ子供扱いなんだろうなぁ」

 あの夢の中で私をおぶってくれた人、そして物騒な起こし方で、その懐かしい夢を中断させた人は同一人物で岩雄いわお秀一しゅういち

 お兄ちゃんと呼んでいるけど、実際は兄妹じゃない。私は一人っ子だし、お兄ちゃんもそう。

 家がお互い隣で、子供の頃から遊んでもらっている内に、そういう呼び方になってしまった。今年二十三歳の社会人一年生。でも、高校生の私から見たら、ずっと大人に見える。


 幼い頃、私は四月生まれにしては成長が遅く、幼稚園も小学校低学年もクラスで一番小さかった。

 お兄ちゃんはその頃から大きくて、私のことをチビ扱いしては、私は悔しくて泣いた。

 食べ物もたくさん食べて、運動もして、気がつく頃にはそんなコンプレックスはどこかに消えていた。

 それでも、お兄ちゃんとは身長で二〇センチ違う。どんなに頑張っても、この歳になってからの巻き返しは望めそうにない。

「桜、秀一くんとお買い物行ってくれない?」

 お母さんの声がして、ハッとする。何してるんだろ私。

 急いで身支度を整えて部屋を飛び出した。

「遅かったなぁ。また俺のこと考えてた?」

 一階のお店には、お母さんとお兄ちゃんが座っていた。お父さんはきっと奥の厨房にいると思う。

「女の子にはいろいろ準備することがあるんです!」

 嘘、バレてた? そんなこと無い!

 顔を真っ赤にしたまま、私の分の朝食、厚切りトーストとコーンスープを大急ぎで口の中に押し込んだ。

「お兄ちゃん行きますよ! 行ってきます!」

 私はお兄ちゃんの手を引いて店を飛び出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

奴隷市場

北きつね
ライト文芸
 国が少子高齢化対策の目玉として打ち出した政策が奴隷制度の導入だ。  狂った制度である事は間違いないのだが、高齢者が自分を介護させる為に、奴隷を購入する。奴隷も、介護が終われば開放される事になる。そして、住む場所やうまくすれば財産も手に入る。  男は、奴隷市場で1人の少女と出会った。  家族を無くし、親戚からは疎まれて、学校ではいじめに有っていた少女。  男は、少女に惹かれる。入札するなと言われていた、少女に男は入札した。  徐々に明らかになっていく、二人の因果。そして、その先に待ち受けていた事とは・・・。  二人が得た物は、そして失った物は?

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

二分で読めるショートストーリー

佐賀かおり
ライト文芸
二分で読めるおもしろいお話です。最新話【空気の読めない神様】投稿中

Drowning ステージから見た観客が忘れられなくて、地方で再会したら本気で好きになったミュージシャンの話

みちまさ
ライト文芸
30代のミュージシャン爽は、地方でライブする時に立ち寄るある街のバーで、ある女性と知り合います。 爽が多分この人だ、と思った理由は、あるライブの時に客席で印象に残っていた人と同じだと気付いたから。

処理中です...