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第3章 アイドル編

第78話

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 俺は朝早くから台詞を覚え、演技の練習をしている。俺の出演は明後日からだ。昼食を食べてから撮影所に向かった。記憶を失くした俺は、演技をした事がない。何をどうすれば良いのか、流れとかを肌で感じていないと、3日後の撮影の時に迷惑をかける事になる。それにちゃんと演技が出来るのか不安だ。
 ヂャンは俺の姿を見掛けると、親しそうに話し掛けて来た。
「1度寝たくらいで馴れ馴れしくして来ないで」
 俺は迷惑そうに言った。俺の中ではコイツと寝たのは、枕営業の様なものだと思っている。
「1度や2度じゃないよ」
 俺は、だから何なんだ?と言う視線を送ってヂャンを拒絶した。
「ふふふ、記憶を失くしてからのMizukiは別人みたいね?彼とあんなに仲が良かったのに、喧嘩でもしたの?」
 仲が良かった?俺が?まぁ確かにアイツに見せられた写真や動画の中の俺は、楽しそうに笑っていた。
 でも俺は男だ。趙月チャオ・ユエさんの美しさに見惚れ、俺を女だと思っているから、何の警戒も無しに接近して来るし、ボディタッチも多くてドキドキする。
 この女優さんが出演しているドラマを数本見た事があるが、こんな気さくで感じの良い人だったんだなぁと思い、めっちゃ好きになってしまった。
 お茶に誘われて、楽屋の中で待っていてと言われて、目の前で平然と着替え始めた。下着の線が見えるからなのか、ブラを着けていなくて白い形の良い胸がモロに見えた。大きい…日本人の平均よりも間違いなく大きい。ウエストも細く締まっていて、惚れ惚れするプロポーションだ。
 俺は中身が男で、好きになった女性の裸を堂々と見ているのが、罪悪感と羞恥心でうつむいて、床に視線を移した。
「何を恥ずかしがっているの?」
 どうやら顔を赤く染めていたらしい。着替えが終わり、男性通訳のシェンさんを楽屋の中に入れていた。通訳が居なければ、ユエさんの言葉が分からない。
月月ユンユンが余りにも綺麗で」
「あははは、私からしたらMizukiの方が綺麗で羨ましいわ。それに月月ユンユンって私の事なの?」
「そう、勝手に渾名あだな付けちゃって、ごめんね」
「うふふふ、月月ユンユンね、気に入ったわ」
 ユエさんは中国で人気の女優だ。常に人気女優ベスト10位内に入っている。今回のドラマのギャラは日本円で約12億だと聞いた。俺は?俺はいくらなのだろう?と気になった。
 ユエさんの出番が来たので、俺は楽屋を出た。ヂャンが近くにいたので話し掛け、俺のギャラがいくらか分かる?と尋ねてみた。
「あははは、事務所から聞いてないのかい?人のギャラまでは分からないけど。まぁ大体分かるよ、俺はこの業界が長いからね。瑞稀はおそらく1800万元くらいじゃないのか?」
「1800万元って1800万円じゃないよね。えーっと、確か今のレートは、1元が20円くらいだから…さ、3億6千万!?」
 5ヶ月滞在して撮影するから月換算すると7200万で、日にすると240万か…。俺は自分が稼いだ金の10分の1が月給になる契約だ。すると、月給720万にファンクラブの収入1億は1千万で加算され、その他の収入を入れると、ざっくり3千万あるか無いかくらいかな?と想像を膨らませた。しかし、入院していた時の費用なんかは、きっちり引いて来るだろうな、あの社長は、と思った。
「有難う。今夜も一緒に食事する?」
「瑞稀から誘ってくれるなんて珍しいな。喜んでエスコートさせてもらうよ」
 楽しみにしている、と言ってその場を離れた。さてと、ここからは自由時間だ。この横店の他の撮影地では、三国志演義も撮影された。三国志ファンとしては是非とも行っておかなくてはならない場所だ。
 はぁ~ここに居るだけで、めっちゃウキウキして来る。テンションが上がって、胸がドキドキして来る。早く三国志の撮影場所に行きたいと、マネージャーと通訳をせかした。
「お腹が空きましたよぉ~。シェンさんにも食べさせる契約でしょう?」
「はぁ~仕方ない。何処でも良いから早く食べて、早く行こうよ」
 適当な所に入って昼食を摂った。正直、食事も楽しむべきなのに、考え事をしていて何を食べたかよく覚えていない。
 昨日、観覧車の上から見た「秦王宮」へと向かった。城門から中に入ると、侵入者を拒む為に、高い城壁に覆われて上から矢を射られると防ぎようが無いのだ。よく再現されている。とても撮影の為に作られたとは思えないレベルだ。
「凄い、凄すぎる。超感動する!」
 ここも三国志演義の撮影で使われた。めちゃめっちゃテンションが上がってニコニコで歩いていると、「Mizuki!」とすれ違う度に声を掛けられた。着物を着ている為に、役者さんだったかな?宮廷の侍女役とか?とか思いながら手を振り返した。
「あれは観光客ですよ」
と、通訳のシェンさんが教えてくれた。どうやら、レンタル衣裳屋があって皆んな、なりきりコスプレをしているらしい。
「なるほど観光客だったのか。でも何で俺の事を知っているんだろう?」
 不思議に思っているとマネージャーが、俺の事故動画がSNSで全世界に流れていると、教えてくれた。見ると、俺の回復を祈るサイトまで出来ていた。
「嬉しいねぇ、こう言うのを見ると」
 なるほど、そうなるとむしろ俺の事を知らない人の方が、少ないのかも知れない。
 「秦王宮」も驚くほど広く、「あっ、この場所は、あのドラマで撮影された。あっ、こっちは、あの映画の1シーンで使われた」と終始、興奮して回るとくたくたになり、気付けばすっかり夜になっていた。
「疲れたから足湯して行こうよ」
 足湯をしていると、「ここに居たのか?」とヂャンが声を掛けて来た。ヂャンが来ると、申し訳ないけど通訳さんの今日のお仕事は終わる。ヂャンが代わりに話してくれるからだ。シェンさんが仕事を邪魔された、と怒らないのは、お金を握らされてるからだ。マネージャーも気を遣って、自分の部屋に戻る。
「疲れたか?足がむくんでいるぞ?歩き過ぎでは?」
「うん、秦王宮を1日かけて回ったよ。夢中で、我を忘れて見てたなぁ」
「瑞稀は本当、中国史が好きだな」
 そう言いながら、俺の足をマッサージしてくれていた。まぁ、ただ単に俺の足を堂々と触りたいだけなんだろうけど。本当に中国人は足フェチが多いなぁ、と思って顔を見ていた。
「何だ?俺に見惚れていたのか?」
「あははは…面白い冗談だな」
「頭を打ってから、別人みたいだな?」
「そうか?でもこれが本当の俺なんだ。ニュースでもやってたから、知っているだろう?俺は性転換症で女になった元男なんだ。興醒めしただろう?」
「する訳無いだろう?俺は500年前のお前を知っていると言っただろう?お前は生まれ変わったんだ。間違って男に生まれて来たから、神様に女に戻されたんだよ」
「そんな訳…」
 言い掛けると唇をキスで塞がれた。
「俺がキミを愛しているのは、永遠に変わらない。500年、500年ずっと好きだった。やっと会えたんだ、瑞稀。愛してる」
 抱き寄せられると、悪い気はしなかった。俺を心の底から愛してる気持ちが伝わったからだ。
 それでも俺は、心が男だから応えられない。それなのに、この晩もヂャンと肌を重ねてしまった。
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