上 下
39 / 87
第2章

第39話 シングルマザー

しおりを挟む
 外は快晴で、気持ちの良い空だ。身支度を済ませると、麻生さんと一緒に食堂に向かった。食堂のおばさんが、朝食のパンと紙パックのコーヒーを配ってくれていた。
「おはようございます」
「はい、朝パンどうぞ。皆んな帰れるみたいだよ」
「有難う御座います」
 御礼を言って、パンとコーヒーを受け取った。そうだ確かこの後、私はアパートに帰ってから『影の部屋シャドウルーム』を唱えて、魔界に行ったんだった。S10ランクである私が、魔界のゲートを開くのは容易たやすいだろう。
 しかし、それを行うと同じ事を繰り返す未来が待っている。確かに魔界に封じ込められたロード達を出してあげたい。だが、今はまだその時では無い。
 そもそも、父である唯一神ヤハウェを倒す事になったのは、アダムと自分の敵討ちだったはずだ。ループして復讐を遂げたのだが、それは全て予知夢的な「夢」でしか無く、母アシェラの『超強力催眠ヒュブノ』でも無い。全ては青山瑞稀である自分が、頭を殴られて気を失っている間に見た「夢」だったのだ。だから、戦う理由など無いし、争いを回避しなければならない。ヤハウェが倒されたと聞いた他のXNUMX人が、地球に来るのを阻止する為にも。
 それもあるのだが、今の自分の感覚は男でしか無い。自分が女神アナトだとは、ステイタスを見なければ信じられない事だった。夢で見たルートは決して歩まない。あくまでも、今の自分は青山瑞稀なのだ。神崎瑞稀でも無ければ、虞美人でもアナトでも無い。男の感覚しか持っていない今の自分が、女性になって男に抱かれるなんて気持ち悪い。百歩譲って相手が自分だったら、まだマシだ。
 パンをかじりながら、ぼーっとニュースを眺めていると、朝から元気よく山下が話しかけて来た。
「おはようございます、先輩!」
 やはりと言うか案の定、山下は昨晩会った女性(女性変化した私)に一目惚れした話しだった。
「ふ~ん、そんな綺麗な女性ひとがいたら、話題になりそうなのに、見た事が無い人なんでしょう?何処かの部署の取引先の人で、夜間外出禁止令の為に帰れなくなっちゃったんじゃない?」
「そうですよね…また会いたいなぁ…」
遠い目をされると、胸がチクリと痛んだ。夢の中で女性だった時は、コイツとずっとカップルだったっけ。胸が痛むのは、そのせいだろう。
「まぁ、お前に縁があるなら、また会えるさ」
山下を励まして、私達は一旦解散となった。
「麻生さん、また後で」
「またね、青山くん」
麻生さんに手を振り、駅のホームに向かった。電車に乗って揺られると、眠気に襲われた。
「ふわぁ~あ」
どうして電車って、こうも眠くなるんだろう?電車を降りると、今度はバスに乗って自宅アパートに帰って来た。
「は~疲れた、疲れた。何にもしてなくても疲れた」
 6月の下旬ともなると、ただ外を歩いているだけでも汗が吹き出すほど暑い。昨今の地球温暖化の影響だろう。夏は暑く、夏も終わりに近づくと、ある日を境に突然寒くなる。秋が無くなったなぁ、と感じる。本当に異常気象だ。
 冷凍庫から苺ミルクのアイスバーを取り出した。
「麻生さんからメールだ。今帰ったよぉ、だって。私も、今帰って来た所です、返信と」
 こう言う何気無いやり取りが出来る様になって、本当に付き合い始めたんだ、と実感が湧いて来た。
「車を買って、麻生さんとドライブにでも行きたいなぁ」
 ドライブしたり、旅行している姿を妄想してニヤニヤしていた。もし第三者に見られていたら、さぞかしキモいと思われた事だろう。食材が足りない事に気付いて、近くのスーパーへ買い物に行く事にした。
「キャア!誰かぁ」
 女性の悲鳴が聞こえたので、駆け付けると、男にバッグを引ったくられて倒れていた。女性に大丈夫ですか?と声を掛け、男を追いかけた。体力は無いので直ぐに息切れをしてしまうが、これでも学生の頃はリレーの選手だった。体育祭のリレーだから、大した事では無いのだが、それでも足は速い方だった。心臓が破裂しそうなほど呼吸が苦しくなったが、昔取った杵柄で、引ったくり犯に追い付いた。
「テメェ、何のつもりだよ?」
 逃げられないと思った男は、凄んで臨戦態勢に入った。殺気を向けられて、尻込みしてしまう。私は喧嘩なんてした事が無かったからだ。それに、女性になれば無敵かも知れないが、今の私はスキル無しだ。この男に戦闘系のスキルがあったら、終わりだ。喧嘩の構えなんて分からないが、ボクシングを見様見真似でポーズを取った。
「はんっ、ど素人が!」
 そう言って間合いに入って来たので、パンチを繰り出したが、かわされてボディに一撃を入れられると うずくまって吐いた。
「ゲェ、ゲェェ…」
「素人が、舐めてんじゃねえぞ!コラァ!」
 腹を蹴られて仰向けにされると、馬乗りになって来て、顔や頭を執拗に殴って来たのでガードしたが、ガードした腕が折れた様に痛くて、防御が緩んだ所を何度も殴り付けられて意識を失いそうになった。
「ぺっ!」
 男は唾を私の顔に吐きかけると、立ち去って行った。情けない。文字通り、ボコボコにされた。この分だと骨折していそうだ。
『女性変化』『衣装替チェンジ』と呪文を唱えて女性になると、傷は一瞬で治った。
「あいつ、絶対に許さない!」
飛んで男の前に回り込んだ。
「うわっ、と。な、何だ?空に浮いてるぞ」
「よくもやってくれたな?」
「何の事だ?」
「お前の様な奴がいるから、いつまで経っても治安は良くならないんだ」
地上に降りて間合いに入って、バッグを持っている手に手刀を喰らわすと、手首を切断してしまった。
「ウギャァア!」
「ごめん。叩き落とすつもりが…手加減が難しいな…」
完全回復パーフェクトヒール
男の落ちた手首が繋がった。
光之拘束ライトバインド
光で出来たロープが、男を縛り付けて拘束した。
「さてと…」
 元の男の姿に戻ると、引ったくられた女性の所へ戻り、バッグを渡した。何度も感謝され、是非お礼をと、言われて断れずに彼女の自宅にお邪魔してしまった。肉付きが良く豊満な身体は、少し幼く見える可愛い顔とバランスが取れてない感じが、麻生さんとはまた違って良かった。
 彼女は夫のDVを受けて離婚したばかりのシングルマザーで、私よりは1つ下の31歳だった。どうしてこうなったのか分からない、魔が差したとしか言いようが無い。我に返ると、夢中になって彼女にまたがり、激しく腰を突いていた。麻生さんの顔が頭によぎったが快楽には勝てず、膣内なかに精を勢いよく吐き出した。その後も、何度も体位を変えながら肉欲に溺れた。
「もう、子供を迎えに行く時間だから」
そう言うと彼女は、シャワーを浴びに行った。部屋を出る時、彼女から「また会える?」と言われて、断れずに「はい」と答えてしまった。
 彼女と別れると、スーパーに行く気は無くなって、ふらふらとアパートに戻った。避妊ゴムをしていなかった事に気付いて、妊娠させていたらどうしよう?と青ざめた。最低だ、私は。絶対に浮気はしないと言っておきながら、付き合った翌日に元人妻と浮気してしまった。浮気しても私にバレない様にしてね?と明るい笑顔で言った麻生さんを思い出して、良心が痛み懺悔して泣いた。麻生さんは、私を信じきっていたから、あの言葉を言ったのだ。絶対に麻生さんに知られてはいけない。知れば深く傷付ける。この秘密は、墓場まで持って行く。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【18禁】ゴブリンの凌辱子宮転生〜ママが変わる毎にクラスアップ!〜

くらげさん
ファンタジー
【18禁】あいうえおかきくけこ……考え中……考え中。 18歳未満の方は読まないでください。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

その日、女の子になった私。異世界転生かと思ったら、性別転生だった?

奈津輝としか
ファンタジー
その日、全ての人類の脳裏に神々の声が響いた。「求めれば能力を与えん!」と。主人公・青山瑞稀は、優しさだけが取り柄の冴えないサラリーマン、32歳独身、彼女いない歴32年のドーテーだった。 神々から与えられた能力を悪用した犯罪に巻き込まれて重傷を負う。気を失いかけながら、「チート能力」を望む。 目が覚めても、何の変化も無い自分にハズレスキルだったとガッカリするが、「女性変化」と言うよく分からないスキルが付与されている事に気付く。 思い切って「女性変化」のスキルを使うと、何と全世界でたったの3人しかいないSSSランクだった。 しかし、女性に変身している間しか、チート能力を使う事が出来ないのであった。 異世界転生ならぬ、「性別転生」となった主人公の活躍をお楽しみに! ちょっぴりHなリアルファンタジーです。 あーそれから、TSジャンルでは無いので誤解なく。第1部はTSと見せ掛けているだけなので悪しからず。 第1部は序章編。→死んで転生するまで 第2部は魔界編。→転生後は魔界へ 第3部は神国編。→神に攫われて神国へ 第4部は西洋の神々編。→復讐の幕開け 第5部は旧世界の魔神編。→誕生の秘密へ 第6部はアイドル編。→突然、俺が女になってアイドルにスカウトされちゃった!? 第7部は虞美人編。→とある理由にて項羽と劉邦の歴史小説となります。ファンタジー色は低く、歴史小説タッチで書いておりますが、第8部に続く為の布石である為、辛抱して最後までお読み下さい。 第8部は龍戦争編。→現在連載中です! 第9部はまだ秘密です。 第10部は完結編。→長かった物語に終止符が打たれます。 最後までお楽しみ下さい。

処理中です...