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第五章

反撃の刃

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依舞稀は堂々とそう言ってのける。

それ以外に言葉は紡がない。

八神にはそれで十分だと確信しているからだ。

その思惑どおり、八神は「ははっ」と軽く笑った。

「依舞稀さんの気持ちなんて、いつもあなたを見ていれば明確にわかることなのに、うちの副社長はどうしてあんなに臆病なんでしょうね」

呆れ口調でそう言ってのけると、八神は執務デスクの受話器を耳に当てる。

そして「切れてる……」と溜め息をついた。

「依舞稀さんのことを想い過ぎて心ここにあらずなんですよ。もちろん仕事はしっかりやってるんですけど、それ以外があまりにも情けなさ過ぎてこんなことをしてしまいました」

受話器を元に戻すと、八神は「申し訳ありませんでした」と依舞稀に頭を下げた。

「内線をスピーカーにして、向こうでも聞けるようにしてたんですけど、臆病なわりに誠実な人ですからね。切れてしまってました」

遥翔の性格上、盗み聞きのようなこの状況は耐えがたかったのだろう。

八神的にはかなり強引で稚拙な計画であったのだが、こうなることも許容範囲内ではある。

人の気持ちを暴くことなど、遥翔が本気を出せば容易いこと。

それができない、しないということは、依舞稀に対して誠実でありたいという意識の表れであろうから。

「彼は今まで恋愛らしい恋愛をしたことがないんです。だから純粋な乙女みたいに不安になるんでしょうね。イイ歳した男が面倒くさいんです」

遥翔に聞こえていないと分るや否や、八神の遥翔に対するストレスが一気に流れ出た。

八神の愚痴は遥翔の依舞稀への愛情が深いが故。

依舞稀は苦笑いしながら顔を真っ赤にし、黙って聞いていることしかできなかった……。
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