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第五章

反撃の刃

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遥翔のいないところで、などという割には、場所の指定が執務室とはどういうことだろう。

副社長室の真隣じゃないか。

いつ遥翔が入ってくるかもわからないというのに。

もっと他にも場所はあっただろうに、遥翔に見つかる可能性が一番近いところに呼び出すなんて、何を考えているのだろうか。

「一番近いからこそ、一番見つかりにくいのかしら?」

推理小説などでは警察や探偵の裏をかいて、敢えて、という話もよく聞くが。

果たして本当にそんなことがあるだろうかと思いながら、依舞稀は隣の副社長室を気にしつつ、執務室の扉をノックした。

『どうぞ。お入りください』

隣にいるかもしれない遥翔を警戒し、敢えて無言でノックをしたのだけれど、ノックの相手も確認することなく八神は中からそう告げた。

「失礼します……」

囁くような小声でそう言うと、依舞稀はおずおずと執務室に入り、音を立てずに扉を閉めた。

「よく来てくださいました。突然お呼び立てしてしまって申し訳ありません」

「いえ。それでお話というのは?」

小声の依舞稀に対し、八神は普通のボリュームで話して来る。

どれだけの声で話せば隣に聞こえるのかなんてわからないが、依舞稀は気が気ではなかった。

「ちょうどコーヒーが入ったところです。座りませんか?」

ソファーを進めた八神から言われて初めて、この執務室に広がるコーヒーのいい香りに気が付いた。
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