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第一章

躓いたスタート

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救急車到着までの時間は15分といったところだろうか。

その間に全体の服を緩め、遥翔に会長をうつ伏せにしてもらい、体温低下を防ぐためにブランケットでくるんだ。

常に脈拍と呼吸状況を確認し、救急隊員が到着すると的確な状況説明でなんとか乗り切ることができた。

「凄いじゃないイブちゃん。まるでお医者さんみたいだったわよ」

依舞稀のおかげで大騒ぎにならなかったことに安心したママが、「おつかれさま」と肩を抱いてそう言った。

「そんな……。この前来てくれたお客様がお医者様で、いろいろお話聞かせてくださってたんです」

まさか両親共に医療従事者で、自分も医者になるべく勉強をしていたなど言えるはずもない。

とにかく早々にこの場を離れたい依舞稀は、まるで息をするように嘘をついた。

ありきたりな誤魔化しかたをしてその場を収めたが、遥翔だけは納得できないという顔で依舞稀を眺めていた。

髪を盛り上げ濃い化粧をし、胸元の開が開きピッタリとした紫のドレスに身を纏い、いかにもベテランホステス風だが、どこか染まり切れていない。

そんな雰囲気のある姿に、どこか引っかかる。

自分の記憶の中にある女達の中には該当しないのだが、何故引っかかるのかがわからない。

自分に一例だけして接客に戻っていった女の後姿を、遥翔は暫く見つめ、自分の秘書である八神に視線を向けた。
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