53 / 72
6
観劇会③
しおりを挟むヒロインを演じている女優さんが素敵だ。所作も綺麗だし顔も可愛らしい、王女として国を守る覚悟と、1人の女性として、騎士に惹かれていく様子が丁寧に表現されている。主演を務める俳優さんも素敵だ。騎士として身分違いの想いに悩みながら、1人の男性として愛する女性を渡そうとしない覚悟を持つところを上手く演じている。
もし、自分だったら……国を守る為に自分を犠牲に出来るだろうか、好きな人を守る為にあんな風に戦えるだろうか。大事なものが多くなると、自分が強くならない限り守りきれなくなる。だから大事なものを増やしすぎたくはないなと改めて思う。
でも今はーー。隣に座る彼を大事にしたいと思う。この先どうなるか分からないけれど。
『私が国を守る為に出来ることは、隣国へ嫁ぐことなのです。何故、貴方にはそれが分からないのですか?』
『……隣国は貴女を嫁がせてもそうでなくても、必ず我が国を狙ってきます。貴女を人質に無理な要求をしてくる可能性もあります。ご理解ください、王女様。ーー僕は貴方も国も守る為にこの戦いへ挑むのです。』
舞台はクライマックスへ向かう。ここからが見せ場だ。
『貴方が大切だから。ーー失いたくないのです』
散々遠回りしたけど、王女様は結局のところこの騎士が好きなのだ。身分がきっかけで言い出せないだけで。それに対して騎士が答える。
『貴女の国を守り、貴女の想いに応え、貴女の元へ帰還します。この薔薇に誓って』
お姉ちゃんに聞いた話によると、この時に差し出される花は公演で異なるらしい。確か、メイド学校の時に見たのは花束だった気がする。
今日差し出されたのは、我が一条家の家紋でもある赤薔薇だった。
プロポーズの時に自分の家、若しくは自分の仕える家の花を渡す。それが伝統になったのは、このお話が広まったからだという。渡した騎士がどこの家の人かは分かっていないらしいから、公演ごとに花が変わるんだ。
いつか私も花を渡される日が来るだろうか。一条家は危ないことに巻き込まれることも多いから、私には他の家にお嫁に行って欲しい。そんな風にお姉ちゃんが思っていることを、私は薄々感じていた。結婚なんてしなくてもいいと思ってきた、政略結婚なら尚更だ。好きな人もそう簡単に出来ないと思っていた。でもーー。
「柚子ちゃん、これ」
溢れた涙に気づかなかった。光くんがそっとハンカチを差し出してくれるまでは。
「……ありがとう」
涙を拭いながら思った。いつか、この想いが通じたらその時は、庭に咲き誇る赤薔薇を一輪、彼から渡されてみたいなぁって。
舞台の幕が降りる時ふと目があった彼と笑い合ったのが今日最大の思い出になった。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説



忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

【完結】召喚された2人〜大聖女様はどっち?
咲雪
恋愛
日本の大学生、神代清良(かみしろきよら)は異世界に召喚された。同時に後輩と思われる黒髪黒目の美少女の高校生津島花恋(つしまかれん)も召喚された。花恋が大聖女として扱われた。放置された清良を見放せなかった聖騎士クリスフォード・ランディックは、清良を保護することにした。
※番外編(後日談)含め、全23話完結、予約投稿済みです。
※ヒロインとヒーローは純然たる善人ではないです。
※騎士の上位が聖騎士という設定です。
※下品かも知れません。
※甘々(当社比)
※ご都合展開あり。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる