36 / 60
5
34.前夜災
しおりを挟むあれから1週間が経った。騎士団による見回りや、お屋敷の夜間見回りもあって、特に何事もなく日が経つ。待ちに待ったお出かけ……をしたかったけど、私の休日はまだ先だ。
1週間ぶりに正門付近を片付ける。この時期は落ち葉がいっぱいで、しかも期間が空いたので時間がかかる。
はぁ……とため息をついて、箒を使っていた手を休める。
「ねぇ、門番さん。ベーグルって食べたことある?」
「急にどうした?」
「柚子この前のお休み、クロワッサンとベーグル買いに行きたかったんだよね。ベーグル食べたことないから……。どんな食感なんだろう」
「……食べ物のことになると真剣だな」
「いつも真剣だよ?……ベーグル食べたいなぁ」
「そんなにベーグルベーグル言ってると、自分がベーグルになるよ」
だいぶ棘のある言い方に振り向けば、外に出かける装いをした育が立っていた。
「育って柚子に意地悪言うよねっ!」
「意地悪は言ってないよ。言霊ってあるから、そんなに言ってたらそうなるんじゃないかなと思って忠告してあげてるんだよ」
……多分だけど、育のご機嫌は斜めだ。お庭が燃やされてから、ずっと不機嫌だったけど。八つ当たりか!
「……子どもみたいな喧嘩はやめろ。公爵家の使用人が正門ですることじゃないだろ」
「喧嘩じゃないもんっ!柚子、八つ当たりされてるだけだぁぁ」
「ふんっ……!僕街に出かけてくるから」
「えっ?なんで街に行くの?」
「……やっと外出許可が出たからね。花の苗とか買いに。じゃあ」
そう言って育が正門から出て行く。ガシャっと無機質な音を立てて門の鍵が閉まる。
「……柚子も!柚子も街に行きたいぃぃ!クロワッサンとベーグルが私を呼んでるのにぃ」
「おい。お前……落ち着け。庭師は食べ物を買いに行った訳じゃないだろ」
門番さんにギャイギャイ文句を言って、メソメソして慰めらて、そうこうしているうちに、正門周辺の落ち葉拾いは終了した。
その日の夜ーー。リビングのソファーでお風呂の順番待ちをしている時だった。
「柚子」
「なぁに?」
話しかけてきたのは育だった。昼間のこともあって、やや不機嫌な口調で答える。
「……ベーグル食べる?」
どうせまた嫌味を言ってくるんだろうと思っていたけど、その口から発せられたのは意外な言葉だった。
「ベーグルあるの?」
「……街に行ったから。ついでに買った。食べないならーー」
「食べる!食べる!育ありがとう!」
話を遮り私は決死のアピールをする。育って意外と優しいんだよね!どこにあるんだろうと、キョロキョロしていると光くんがお盆に何かをのせてやって来た。
「いやーもう。風見は人遣い荒いわ」
「悪かったね。でも君の分もあるよ」
「俺の分なかったら泣くわ」
2人が話してるのって珍しいかも。テーブルの上に、ベーグルのお皿と光くんが淹れてくれたらしい紅茶が置かれる。
「これが……ベーグル??」
形状はドーナツに近い!丸くて真ん中に穴が空いている。外側は焼き目がついて普通のパンみたいだ。
「まぁ、食べれば」
「いただきまぁす!」
少し小さめにちぎってみる。ーーほぉ、割と弾力がありそうな感触だ。そのまま口に運ぶ。
「ん~~!美味しい!もっちもちだね」
「うまいなぁ!腹に溜まりそうなパンやな」
3人でパンの感想やら、次はどんなパンが食べたいやら、好きなパンランキングを話し合っていた。あっという間に時間は過ぎて、お風呂の順番も最後になってしまった。次に街に行くことが、パン屋さんのパンを食べられることが、だいぶ先になるとこの時はまだ知らなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる