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19.事件⑦
しおりを挟む聞きなれない音がした。なんだろうと心配になり、扉の方に向かおうとすると、光くんに腕を掴まれる。
「あかんよ、柚子ちゃん。多分……銃声や。俺の後ろに隠れて」
「銃声……?」
随分本格的な研修だ。もうフィナーレと言うことだろうか。銃声なんて聞いたことはないし、ちょっと怖い。
ドンッと大きな音を立てて、扉が開いた。いつもの長身の男が、剣を片手にやってきた。
「移動だ。2人とも指示に従え」
従わないなら刺すぞと言いたそうな目で、こちらを見ている。大人しく言うことを聞いた方が良さそう。
物置みたいな部屋を出されると、前に進むように指示される。所々壁紙が剥がれている、殺風景な印象の廊下を歩いていく。隠し通路のような狭い道を抜け、外に繋がっているらしい扉の前に立つ。長身の男の指示で光くんが、その扉を開けようとした。
「は~い。どこに連れて行くのかなぁ~?」
聞き慣れていたけど、どこか懐かしい声に振り返る。長身の男の首に剣を突き付けている深雪さん、その後ろに修斗くんの姿があった。
「ちょっと!修斗くん!遅いじゃないか!いくら研修でもやり過ぎだ」
2人の姿を見て研修の終わりを悟る。お腹も空いたし、少し怖かったし、とりあえず修斗くんに文句を言う。
「はぁ?研修?お前何言ってんだ?」
「うるさいなぁ。修斗くんが言い出しっぺなんでしょ?柚子知ってるんだからね!」
「お前どっかぶつけたか?……望月、大丈夫か?」
「はい。俺は大丈夫です……。あの、柚子ちゃんと俺……誘拐されたんですよね?柚子ちゃんがずっと誘拐研修やって言ってて」
「はぁ?」
「さっすが、柚子ちゃん!面白いねぇ~」
修斗くんは真っ赤になって何か言っていたけど、深雪さんは長身の男を拘束していた。え?拘束している……本当に犯人?少し混乱していると、また聞き慣れた声がする。
「柚子っ……光くん……」
お姉ちゃんだった。お姉ちゃんは私に、立花さんが光くんに駆け寄る。
「無事ね。大丈夫?どこか痛いところとか……」
ぎゅっとお姉ちゃんに抱きしめられた後、顔や体に視線が向けられた。安心した……研修は終わったんだ。美味しいご飯が食べられるんだ。
「お姉ちゃんっ……。ごめんなざぁいっ……うぅっ……。柚子、もっと……もっ、もっとお仕事がんばるからぁ。もゔ……研修しないでぇ」
子どものようだとは思ったけど、私はその場で声をあげて泣いた。ちょっと怖かったのは事実だし、お腹も空いて情緒不安定だった。
「ちょっとよく分からないけど……。分かったわ」
「起きろ」
お屋敷に帰る車内で寝ていたようだ。修斗くんに乱暴に起こされる。この後、騎士団からの事情聴取があるらしい。
「おかえり、柚子」
「いーくー!ただいま」
お留守番だったんだ!庭には育がいて、帰宅を待ってくれていた。
「事情聴取の前に、お風呂沸いてるよ。結衣さんが、簡単に食べられる物をその間に作っておくって。望月はもう行ったから、柚子も急いで」
おぉ!育は気が利くなぁ。とりあえずバスルームに向かって、光くんのいない方を使う。お風呂で温まった私を待っていたのは、お姉ちゃんの手料理だった。スープにサンドイッチ……美味しい。と、あまりゆっくり食べる時間もなく、騎士団の事情聴取になってしまった。
「……え?研修じゃなかったの?本当の誘拐!柚子危なかったの?」
事情聴取は、私をよく知るからという理由で門番の古林さんも同席してくれた。そこで丁寧に説明され、私は自分が本当に誘拐事件に巻き込まれたことを知った。今回、犯人が逮捕されたことで、事件の目的などが捜査されるとのこと。簡単に話を聞かれただけで、すぐに自室待機を命じられた。どうも、私があまりの恐怖で研修だと思い込んでいるーーという扱いになっているらしい。なんか、不服だ。
3日ぶりの自室。……荒らされた?わけではないな、片付けていないだけだ。とりあえずベッドに転がる。なんだか不思議な時間だった。……研修だと思い込んでいたこともあって、緊張感はあまりなかった。加えて、怖くなかったのは光くんのおかげだろう。犯人が来ると必ず庇ってくれたし、不安にならないように話もしてくれた。ありがとうって言わないとなぁ……。ふぁぁ……なんか眠いぞ?瞼が重くなってきて、そのまま夢の中へと落ちていった。
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