17 / 37
第16話 紫苑の予感
しおりを挟む
一葉、双実、睦樹の三人が伊作探しに動き出した頃、紫苑は六を連れて開拓途中の芽吹村を訪れていた。
睦樹が六の傍に居られない間の子守を頼まれていたので、六の気晴らしと親探しを兼ねて、新しい村に散歩に来てみたわけである。
(そんなこと、頼まなくても誰かがやるのにねぇ)
睦樹の真面目な性質を思い、くすりと笑う。
眼前に広がる平らな土地を見晴らした。
「随分と綺麗になったものねぇ」
瓦礫と化した家屋はすっかり片付けられ、焦土だった地面は土を入れ替えて家を建てるには十分な土地に生まれ変わっていた。
田畑を作るにはまた土を育てなければならないだろうが、元の村人が戻ってくればすぐにでも生活が出来るまでには完成していた。
紫苑の手を握る六が、空を見上げる。
護りの森、睦樹たち鳥天狗の里山があった場所であった。
抜けるような青空を遮る低い山はもうない。真っ平らな更地は、村の延長として繋がっていた。
まるで昔からそこに里山など無く、村の一部であったかのように。
「神様のおうち、もうないね」
ぽそりとそう言って、六は紫苑の手をぎゅっと握る。
「そうね」
小さく返事して、紫苑は六の手を握り返した。
「それじゃあ意味がねぇ!」
突然、遠くから男の怒号が聞こえて、振り返る。
「甚八さんたら、やっぱり喧嘩しちゃうのねぇ」
紫苑はその光景を眺めて困ったように笑った。
あやし亭を訪れた後、甚八は零ともう一つの約束を交わしていた。
「新しい村に帰ること」だ。帰る資格がない、と思い悩む甚八に零が言った一言。
『あんたが戻らなけりゃ、伊作は出てきずれぇだろうよ』
その言葉が甚八に、新しい村に戻る決意をさせた。
だが甚八は、どうにも血の気が多く、思ったことをすぐに口に出してしまう性分らしい。
「良い人、なんだけれどねぇ」
紫苑は六の手を引いて、数人の男たちが口論する群がりに向かい歩き出した。
と、六が立ちどまったまま動かない。見下ろすと、幼い顔には明らかに不安の色が浮かんでいた。
「大丈夫よぉ、お姉さんが守ってあげるから」
六の目線まで屈んでにこりと微笑む。
すると六は、ふるふると首を横に振り、震える指で群がりを指さした。
「あそこに、森に火を付けた人がいる」
紫苑は目を丸くして六の指さす先を凝視する。
口論する男たちの群がりは、甚八をはじめとする元の村人たちと、近江屋佐平次の抱える対談方数名だ。
真新しい朱塗りの小さな社を前に怒鳴りあっている内容は、
『護りの森の代わりとしてこの社を建て祀る』という近江屋側に村人たちが真っ向から反対している、といった様子である。
「こんな小せぇ社を申し訳程度に作って終いたぁ、どういう了見だ!」
怒号を上げる甚八を、対談方数名がどっしりと迎え撃っている構図だ。
その後ろに佐平次の姿はなく、代わりに先代の息子の惣治郎があった。
対談方の男たちはまるで惣治郎を守る壁のようになって、村人に向かい合っていた。
紫苑が、六に向き直った。
「六ちゃんは火事の日、お母ちゃんと森塚にお参りに行ったのよね?」
「うちがお参りの当番だったの。明るいうちに森に入ったのに、暗くなっても出られなかったの」
火事があった日、六が何故あの場所にいたのかについては、既に確認していた。
芽吹村の住人たちは持ち回りで森塚を参ることが昔からの日課であった。
尤も森が荒れてしまってからは怖がって参拝の当番をこなさない住人も多かったようだ。
だが、六の家族は当番の日になると参拝を欠かさなかったという。
あの日も母親と参拝を終えて村に帰ろうとしたら、何故か森から出られなくなった。道を探してくるから動かないように、と言い残した母親が戻ってくることはなく、真っ暗な森の中で六は一人で待っていた。
すると突然大きな松明を持った数名の男たちが現れ、襲われそうになったところを、睦樹に助けられたのだ。
対談方の男たちを凝視して気配を感じ分け、気を探る。
この時点で大凡の予測はついた。
(零の読み通り、人の都合だけでは、なさそうねぇ)
心の中で溜息を吐きながら、紫苑は六と目線を並べて、群がりを指さした。
「ねぇ六ちゃん。森に火を付けたのは、あの中の誰?」
躊躇いながら上がった小さな指がさしたのは、紫苑の予感通り。
一番手前に仁王立ちする最も体格の良い対談方の男であった。
「腕組んで立ってるあの人。あとは、わからない」
真っ暗な森の中、松明の火が森を焼いたとしても、幼い童女が下手人の顔を覚えていることは稀だろう。
六がその顔を覚えているのは、その男に火の中に放り込まれそうになったからだ。 殺されるかもしれない恐ろしさが六の心に男の顔を擦り込んだのだ。他に数名いたであろう男の顔を覚えていないのは無理のないことである。
この小さな童にとってそれがどれほどの恐怖であったかなど、語るべくもない。
紫苑は手を伸ばし、六の小さな体を抱き締めた。
「怖いこと、思い出させてごめんねぇ、六ちゃん」
六は何も言わずに紫苑の着物をきゅっと握る。小さく震える六を抱いたまま立ち上がり、未だに口論が止まない群がりを眺める。
六が指さした男の気配をしっかりと感じ取り、その気を覚える。
甚八たち村人と対談方が対峙する後ろで、一人黙っている惣治郎の思案顔をしっかりと目に焼き付けると、紫苑は立ち去った。
睦樹が六の傍に居られない間の子守を頼まれていたので、六の気晴らしと親探しを兼ねて、新しい村に散歩に来てみたわけである。
(そんなこと、頼まなくても誰かがやるのにねぇ)
睦樹の真面目な性質を思い、くすりと笑う。
眼前に広がる平らな土地を見晴らした。
「随分と綺麗になったものねぇ」
瓦礫と化した家屋はすっかり片付けられ、焦土だった地面は土を入れ替えて家を建てるには十分な土地に生まれ変わっていた。
田畑を作るにはまた土を育てなければならないだろうが、元の村人が戻ってくればすぐにでも生活が出来るまでには完成していた。
紫苑の手を握る六が、空を見上げる。
護りの森、睦樹たち鳥天狗の里山があった場所であった。
抜けるような青空を遮る低い山はもうない。真っ平らな更地は、村の延長として繋がっていた。
まるで昔からそこに里山など無く、村の一部であったかのように。
「神様のおうち、もうないね」
ぽそりとそう言って、六は紫苑の手をぎゅっと握る。
「そうね」
小さく返事して、紫苑は六の手を握り返した。
「それじゃあ意味がねぇ!」
突然、遠くから男の怒号が聞こえて、振り返る。
「甚八さんたら、やっぱり喧嘩しちゃうのねぇ」
紫苑はその光景を眺めて困ったように笑った。
あやし亭を訪れた後、甚八は零ともう一つの約束を交わしていた。
「新しい村に帰ること」だ。帰る資格がない、と思い悩む甚八に零が言った一言。
『あんたが戻らなけりゃ、伊作は出てきずれぇだろうよ』
その言葉が甚八に、新しい村に戻る決意をさせた。
だが甚八は、どうにも血の気が多く、思ったことをすぐに口に出してしまう性分らしい。
「良い人、なんだけれどねぇ」
紫苑は六の手を引いて、数人の男たちが口論する群がりに向かい歩き出した。
と、六が立ちどまったまま動かない。見下ろすと、幼い顔には明らかに不安の色が浮かんでいた。
「大丈夫よぉ、お姉さんが守ってあげるから」
六の目線まで屈んでにこりと微笑む。
すると六は、ふるふると首を横に振り、震える指で群がりを指さした。
「あそこに、森に火を付けた人がいる」
紫苑は目を丸くして六の指さす先を凝視する。
口論する男たちの群がりは、甚八をはじめとする元の村人たちと、近江屋佐平次の抱える対談方数名だ。
真新しい朱塗りの小さな社を前に怒鳴りあっている内容は、
『護りの森の代わりとしてこの社を建て祀る』という近江屋側に村人たちが真っ向から反対している、といった様子である。
「こんな小せぇ社を申し訳程度に作って終いたぁ、どういう了見だ!」
怒号を上げる甚八を、対談方数名がどっしりと迎え撃っている構図だ。
その後ろに佐平次の姿はなく、代わりに先代の息子の惣治郎があった。
対談方の男たちはまるで惣治郎を守る壁のようになって、村人に向かい合っていた。
紫苑が、六に向き直った。
「六ちゃんは火事の日、お母ちゃんと森塚にお参りに行ったのよね?」
「うちがお参りの当番だったの。明るいうちに森に入ったのに、暗くなっても出られなかったの」
火事があった日、六が何故あの場所にいたのかについては、既に確認していた。
芽吹村の住人たちは持ち回りで森塚を参ることが昔からの日課であった。
尤も森が荒れてしまってからは怖がって参拝の当番をこなさない住人も多かったようだ。
だが、六の家族は当番の日になると参拝を欠かさなかったという。
あの日も母親と参拝を終えて村に帰ろうとしたら、何故か森から出られなくなった。道を探してくるから動かないように、と言い残した母親が戻ってくることはなく、真っ暗な森の中で六は一人で待っていた。
すると突然大きな松明を持った数名の男たちが現れ、襲われそうになったところを、睦樹に助けられたのだ。
対談方の男たちを凝視して気配を感じ分け、気を探る。
この時点で大凡の予測はついた。
(零の読み通り、人の都合だけでは、なさそうねぇ)
心の中で溜息を吐きながら、紫苑は六と目線を並べて、群がりを指さした。
「ねぇ六ちゃん。森に火を付けたのは、あの中の誰?」
躊躇いながら上がった小さな指がさしたのは、紫苑の予感通り。
一番手前に仁王立ちする最も体格の良い対談方の男であった。
「腕組んで立ってるあの人。あとは、わからない」
真っ暗な森の中、松明の火が森を焼いたとしても、幼い童女が下手人の顔を覚えていることは稀だろう。
六がその顔を覚えているのは、その男に火の中に放り込まれそうになったからだ。 殺されるかもしれない恐ろしさが六の心に男の顔を擦り込んだのだ。他に数名いたであろう男の顔を覚えていないのは無理のないことである。
この小さな童にとってそれがどれほどの恐怖であったかなど、語るべくもない。
紫苑は手を伸ばし、六の小さな体を抱き締めた。
「怖いこと、思い出させてごめんねぇ、六ちゃん」
六は何も言わずに紫苑の着物をきゅっと握る。小さく震える六を抱いたまま立ち上がり、未だに口論が止まない群がりを眺める。
六が指さした男の気配をしっかりと感じ取り、その気を覚える。
甚八たち村人と対談方が対峙する後ろで、一人黙っている惣治郎の思案顔をしっかりと目に焼き付けると、紫苑は立ち去った。
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる