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第三章 瑞穂国の神々
57.瑞穂国の違和感
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瑞穂国創世記の第一章と第二章を読んだ蒼愛は言葉を失くした。
「蒼愛に必要な部分を抜粋するとしたら、この辺りかなぁ。ちょっとショッキングかもしれないけどね」
紅優に手伝ってもらいながら創世記を読み始めたら、利荔がすぐに来てくれた。
難しい表現や漢字を気にしなくていいように、要約して語って聞かせてくれた。
「どうしてこの国で、人間が餌か奴隷なのか、よくわかりました」
人間と妖怪の棲み分けのために作った国に、豊かで住みやすそうだからという理由で侵略を仕掛ける人間は、蒼愛でも醜いと思う。
(この国の民はあくまで妖怪だ。国の民を守るために神様が侵略者を排除するのは当然だ)
まるで自業自得としか言いようのない事情に、何も言えない。
(でも、ちょっとわかった。色彩の宝石を盗んだ犯人と、その理由)
ずっとモヤモヤしていた胸の中の霧が、文の少しだけ晴れた気がした。
「色彩の宝石を人間が現世に持ち去った時に、手助けした者がいたんですよね」
蒼愛は、利荔に問い掛けた。
色彩の宝石を盗んだのは神様だと、月詠見は話していた。
「そうだよ。この幽世に色彩の宝石があると都合が悪い者がいるのさ。蒼愛は、誰だと思う?」
創世記のページを、じっと見詰める。
第一章の神様のページを、蒼愛は指でなぞった。
(御披露目の時は、須勢理様だと思った。だけど、違う。色彩の宝石があって、本当に困るのは)
「大気津様、ですよね。全部、須勢理様のせいのように見せかけているだけで」
隣にいる紅優が息を飲んだ。
「何故、そう思った? 根拠は……、そう思った理由は、何?」
志那津が問いを投げる。
蒼愛が難しい言葉を知らないので、言い直してくれる辺り、優しいと思う。
「須勢理様は現世では根の国の、亡者の国の神様だったんですよね。今の大気津様は、そういう状態じゃないかと思って。御披露目で会った時、須勢理様だけ他の神様と気配が違ったんです。強い死の匂いを纏っているような感じでした」
恐らくそれは、神様たちや紅優が時々話す「瘴気」というモノなんだろうと、感覚的に思った。
「僕の意識に語り掛けてきたのも、大気津様じゃないかと思いました。瑞穂国の土の中で、大気津様はいまだに力を持っている。けどそれは普通じゃない状態で、色彩の宝石が戻ってしまったら、大気津様は土に溶けて消えてしまう。だから、阻止しようとしているのかなって」
だから人間が攻めてきた時、大気津はわざと色彩の宝石を人に渡して現世に持っていかせたのではないだろうか。
「須勢理様が紅優に怯えていたのは、強い言葉を言われたからじゃない。色彩の宝石の代わりに臍を守る紅優に、ずっと怯えていたんじゃないかと思いました。須勢理様は、今も大気津様の味方なんじゃないかなって思います」
ひとしきり話し終えると、利荔が拍手してくれた。
「良く出来ました。なかなかに鋭い考察だったよ」
「只の馬鹿じゃなさそうだね。少しは安心したよ」
志那津も、志那津らしく褒めてくれた。
「蒼愛の考察は、ほぼ正解。だからあとは、真実と具体的な話をしていこうか」
利荔が創世記ではない歴史書のような本を捲った。
「大気津様はね、人が好きな神様だったんだ。この幽世にくる事態が後ろ向きだった。だから、別の神様に自分の代わりを打診していたんだよ」
「それが、須勢理様ですか?」
利荔が首を振った。
「伽耶乃って神様がいてね。本当は側仕も須勢理様じゃなくて伽耶乃様の予定だった。けど、幽世に来る直前に姿を消した。仕方がなく、大気津様は須勢理様を従えて幽世に入ったわけなんだよね。こっちに来てからも人喰の妖怪を快く思っていなくて、人が喰われる度、憂いていたよ」
火産霊の話は本当なんだと思った。
「伽耶乃様が変わってくれてたら、大気津様は現世に残れたんですね。どこに行っちゃったんでしょうか」
「殺されたんだろ、須勢理に」
志那津が事も無げに言ってのけた。
「え……、須勢理様が? どうして?」
「伽耶乃様は妖怪寄りの神様だったからね。土ノ神になれば、その地位は固定だ。妖怪嫌いな大気津様が幽世に入れば、そのうち辞退して現世に戻る。そうなれば自分が土ノ神になれるって考えたんだろうねぇ。結果、須勢理様は狙い通り神様には、なれたよね。思っていた立場とは違っちゃったろうけどね」
不思議がる蒼愛に、利荔が分かり易く説明してくれた。
大気津が消えて神になるのではなく、大気津の小間使いのような神様になってしまったわけだから、確かに希望通りではないんだろう。
「クイナはきっと、大気津様にも妖怪を好きになってほしかったんだろうな」
蒼愛は、ぽつりと零した。
仲良しだったクイナが、人が好きな大気津の質を知らないはずはない。
(人が喰われるのを見たくない大気津様の気持ちは痛いほどわかる。けど、やっぱり僕は、人だけが喰われない世界が正しいとは思えない)
大気津は、そんな風には思わなかったのかもしれないと、ぼんやり思った。
「幽世に来ても、大気津は妖怪を好きには、なれなかったんだろう。代わりに、人を嫌いになった」
志那津の言葉に、俯いていた顔を上げる。
「人を好きだったのに? どうして?」
紅優が創世記の第二章のページを捲った。
「人間の身勝手な侵略が、大気津様にはとても醜く映ったんだろうね。絶望するには充分な惨状だったらしいから。俺はこの頃、現世に居て、実際に見てはいないけど」
紅優の言葉がちょっと難しくて、蒼愛は顔をしかめた。
「大気津がものすごくがっかりするくらい、人間が妖怪を殺しまくったって話だよ」
志那津の説明がとても分かり易くて、脳に沁みた。
(大気津様は人が好きだったから人喰の妖怪を嫌っていただけだ。それ以外の、人を喰わない妖怪が、身勝手な理由でたくさん殺されてしまったら。殺したのが人間だったら。人間を嫌いになってしまうかもしれない)
人喰の妖怪は瑞穂国でも二割程度だと、火産霊が話していた。
人間が侵略に来て殺した大勢の妖怪は、そのほとんどが人喰しない妖怪だったはずだ。
大気津は神として自国の民が殺されていくのに心を痛めたのだろう。信じていた人間が愛する民を殺したのなら、反動で人間を嫌いになってしまうのも、わかる気がした。
「人間が嫌いになった大気津様は、土の中で生きながら、人間を狩ってるんだよ。人喰の妖怪に分けてあげたり、自分が喰ったりしている。色彩の宝石がない今なら、現世との結界が緩くて狩り放題なんだよね。その分、迷い込んでくる人間も多いけど、そんなの大気津様や人喰妖怪には都合が良いからね」
利荔がとても怖い話をしている。
迷い込んでくる人間は、黒曜が管理して人喰の妖怪に卸していると聞いた。
「結界は基本、日と暗の力なんだけどね、色彩の宝石があるからこそ、盤石になる。勿論、普通の妖怪の妖力程度じゃ破れないけど、神力なら穴を開けずに人を攫うくらい、わけないんだ」
「紅優の左目でも、弱いの?」
紅優が眉を下げて頷いた。
「俺のは、あくまで代わりでしかない。本物の色彩の宝石には、敵わないよ」
蒼愛は、じっと考え込んだ。
きっと良くない考えだと思うが、話してみようと思った。
「あの……、今の状態って、瑞穂国にとって、そんなに悪くない気がするけど、色彩の宝石は必要なんでしょうか」
志那津と利荔と、紅優まで、同じ顔をしている。
三人とも、ぱちくり、と目を瞬かせた。
「蒼愛の指摘は、またも正しいよ。適度に結界が機能していて、それなりに人間が狩れる。国としては潤うよね」
利荔が肯定的な見解をくれた。
「だからこそ、中途半端な状態が千年近く続いて来たんだよ。それはそれで成り立ってしまっているからな」
志那津も同じような言葉をくれた。
以前に日美子も似たような言葉を言っていた。
「けど、今後も安全である保障はない。いつ、何をきっかけに崩れるかも知れない。崩れれば、この幽世は消滅する。この千年、何事もなかった方がむしろ奇跡なんだ」
あまりにも極端な展開に、志那津の言葉が大袈裟に聞こえてしまう。
「色彩の宝石は理そのもの。瑞穂国はこの千年、理を失った無秩序状態を綱渡りでなんとか生き抜いてきたわけだ。で、今になって蒼愛という理が現れた。これって多分、もう何とかしないと危ないよってサインなんだよね」
利荔が蒼愛の難しい顔を見て、途中から説明を分かり易くしてくれた。
正直、最初の方はよくわからなかった。
「そこで、蒼愛に聞きたい。お前が違和感を覚えるこの国の現状は、なんだ?」
「色彩の宝石の代わりに紅優の左目が祀られている現状。大気津様が土の中で人を狩っている状態。須勢理様が土ノ神であること」
考えるより先に、口が動いた。
言い切ってから、蒼愛が一番、驚いた。
「……あれ? 僕、そこまで考えていたわけじゃないのに、なんで、勝手に……」
志那津と利荔が顔を見合わせる。
紅優が驚いた顔で蒼愛を眺めていた。
「やっぱり蒼愛は色彩の宝石、理そのものなんだね」
利荔が蒼愛の頭を撫でながら、顔を覗き込んだ。
「いいかい、蒼愛。君は決して馬鹿じゃない。思考力は確実にある。学ぶ機会さえあれば、きっともっと伸びる」
利荔がニタリと笑んだ。
確信めいた笑みは、蒼愛に少しの自信をくれた。
「だから、色々落ち着いたら、俺の所で一緒に研究しないか? きっと面白い発見や実験が山のようにできる……」
利荔の頭を志那津が抑え込んだ。
「利荔の話は聞かなくていい。今はそれどころじゃない。蒼愛が違和感を持った事象はすべて解決する。それがこの国の未来を繋げる神の役割だ。勉学は、その後だ」
最後の言葉に、蒼愛の心がときめいた。
「全部、ちゃんと解決出来たら、風ノ宮に勉強に来てもいいですか? 僕、学校って行ったことないから、そういう感じの場所って、憧れます」
自分でも目がキラキラしているのが分かった。
そんな蒼愛を眺めて、志那津が目を逸らした。
「落ち着いたら、な。問題が何もなくなったら、仕方がないから受け入れてあげるよ。風ノ宮は智慧の宝庫だから。お前が学びたい学問が、あるかもしれないし。俺も教えられるかもしれないし……、仕方なくだからな!」
志那津の耳がちょっと赤い気がして、なんだか嬉しくなった。
「早く勉強に来れるように、ちゃんと解決します」
「……一緒に、解決するんだよ」
ぽそりと零れた志那津の言葉が、やけに印象的だった。
蒼愛は紅優と顔を見合わせて笑んだ。
「蒼愛に必要な部分を抜粋するとしたら、この辺りかなぁ。ちょっとショッキングかもしれないけどね」
紅優に手伝ってもらいながら創世記を読み始めたら、利荔がすぐに来てくれた。
難しい表現や漢字を気にしなくていいように、要約して語って聞かせてくれた。
「どうしてこの国で、人間が餌か奴隷なのか、よくわかりました」
人間と妖怪の棲み分けのために作った国に、豊かで住みやすそうだからという理由で侵略を仕掛ける人間は、蒼愛でも醜いと思う。
(この国の民はあくまで妖怪だ。国の民を守るために神様が侵略者を排除するのは当然だ)
まるで自業自得としか言いようのない事情に、何も言えない。
(でも、ちょっとわかった。色彩の宝石を盗んだ犯人と、その理由)
ずっとモヤモヤしていた胸の中の霧が、文の少しだけ晴れた気がした。
「色彩の宝石を人間が現世に持ち去った時に、手助けした者がいたんですよね」
蒼愛は、利荔に問い掛けた。
色彩の宝石を盗んだのは神様だと、月詠見は話していた。
「そうだよ。この幽世に色彩の宝石があると都合が悪い者がいるのさ。蒼愛は、誰だと思う?」
創世記のページを、じっと見詰める。
第一章の神様のページを、蒼愛は指でなぞった。
(御披露目の時は、須勢理様だと思った。だけど、違う。色彩の宝石があって、本当に困るのは)
「大気津様、ですよね。全部、須勢理様のせいのように見せかけているだけで」
隣にいる紅優が息を飲んだ。
「何故、そう思った? 根拠は……、そう思った理由は、何?」
志那津が問いを投げる。
蒼愛が難しい言葉を知らないので、言い直してくれる辺り、優しいと思う。
「須勢理様は現世では根の国の、亡者の国の神様だったんですよね。今の大気津様は、そういう状態じゃないかと思って。御披露目で会った時、須勢理様だけ他の神様と気配が違ったんです。強い死の匂いを纏っているような感じでした」
恐らくそれは、神様たちや紅優が時々話す「瘴気」というモノなんだろうと、感覚的に思った。
「僕の意識に語り掛けてきたのも、大気津様じゃないかと思いました。瑞穂国の土の中で、大気津様はいまだに力を持っている。けどそれは普通じゃない状態で、色彩の宝石が戻ってしまったら、大気津様は土に溶けて消えてしまう。だから、阻止しようとしているのかなって」
だから人間が攻めてきた時、大気津はわざと色彩の宝石を人に渡して現世に持っていかせたのではないだろうか。
「須勢理様が紅優に怯えていたのは、強い言葉を言われたからじゃない。色彩の宝石の代わりに臍を守る紅優に、ずっと怯えていたんじゃないかと思いました。須勢理様は、今も大気津様の味方なんじゃないかなって思います」
ひとしきり話し終えると、利荔が拍手してくれた。
「良く出来ました。なかなかに鋭い考察だったよ」
「只の馬鹿じゃなさそうだね。少しは安心したよ」
志那津も、志那津らしく褒めてくれた。
「蒼愛の考察は、ほぼ正解。だからあとは、真実と具体的な話をしていこうか」
利荔が創世記ではない歴史書のような本を捲った。
「大気津様はね、人が好きな神様だったんだ。この幽世にくる事態が後ろ向きだった。だから、別の神様に自分の代わりを打診していたんだよ」
「それが、須勢理様ですか?」
利荔が首を振った。
「伽耶乃って神様がいてね。本当は側仕も須勢理様じゃなくて伽耶乃様の予定だった。けど、幽世に来る直前に姿を消した。仕方がなく、大気津様は須勢理様を従えて幽世に入ったわけなんだよね。こっちに来てからも人喰の妖怪を快く思っていなくて、人が喰われる度、憂いていたよ」
火産霊の話は本当なんだと思った。
「伽耶乃様が変わってくれてたら、大気津様は現世に残れたんですね。どこに行っちゃったんでしょうか」
「殺されたんだろ、須勢理に」
志那津が事も無げに言ってのけた。
「え……、須勢理様が? どうして?」
「伽耶乃様は妖怪寄りの神様だったからね。土ノ神になれば、その地位は固定だ。妖怪嫌いな大気津様が幽世に入れば、そのうち辞退して現世に戻る。そうなれば自分が土ノ神になれるって考えたんだろうねぇ。結果、須勢理様は狙い通り神様には、なれたよね。思っていた立場とは違っちゃったろうけどね」
不思議がる蒼愛に、利荔が分かり易く説明してくれた。
大気津が消えて神になるのではなく、大気津の小間使いのような神様になってしまったわけだから、確かに希望通りではないんだろう。
「クイナはきっと、大気津様にも妖怪を好きになってほしかったんだろうな」
蒼愛は、ぽつりと零した。
仲良しだったクイナが、人が好きな大気津の質を知らないはずはない。
(人が喰われるのを見たくない大気津様の気持ちは痛いほどわかる。けど、やっぱり僕は、人だけが喰われない世界が正しいとは思えない)
大気津は、そんな風には思わなかったのかもしれないと、ぼんやり思った。
「幽世に来ても、大気津は妖怪を好きには、なれなかったんだろう。代わりに、人を嫌いになった」
志那津の言葉に、俯いていた顔を上げる。
「人を好きだったのに? どうして?」
紅優が創世記の第二章のページを捲った。
「人間の身勝手な侵略が、大気津様にはとても醜く映ったんだろうね。絶望するには充分な惨状だったらしいから。俺はこの頃、現世に居て、実際に見てはいないけど」
紅優の言葉がちょっと難しくて、蒼愛は顔をしかめた。
「大気津がものすごくがっかりするくらい、人間が妖怪を殺しまくったって話だよ」
志那津の説明がとても分かり易くて、脳に沁みた。
(大気津様は人が好きだったから人喰の妖怪を嫌っていただけだ。それ以外の、人を喰わない妖怪が、身勝手な理由でたくさん殺されてしまったら。殺したのが人間だったら。人間を嫌いになってしまうかもしれない)
人喰の妖怪は瑞穂国でも二割程度だと、火産霊が話していた。
人間が侵略に来て殺した大勢の妖怪は、そのほとんどが人喰しない妖怪だったはずだ。
大気津は神として自国の民が殺されていくのに心を痛めたのだろう。信じていた人間が愛する民を殺したのなら、反動で人間を嫌いになってしまうのも、わかる気がした。
「人間が嫌いになった大気津様は、土の中で生きながら、人間を狩ってるんだよ。人喰の妖怪に分けてあげたり、自分が喰ったりしている。色彩の宝石がない今なら、現世との結界が緩くて狩り放題なんだよね。その分、迷い込んでくる人間も多いけど、そんなの大気津様や人喰妖怪には都合が良いからね」
利荔がとても怖い話をしている。
迷い込んでくる人間は、黒曜が管理して人喰の妖怪に卸していると聞いた。
「結界は基本、日と暗の力なんだけどね、色彩の宝石があるからこそ、盤石になる。勿論、普通の妖怪の妖力程度じゃ破れないけど、神力なら穴を開けずに人を攫うくらい、わけないんだ」
「紅優の左目でも、弱いの?」
紅優が眉を下げて頷いた。
「俺のは、あくまで代わりでしかない。本物の色彩の宝石には、敵わないよ」
蒼愛は、じっと考え込んだ。
きっと良くない考えだと思うが、話してみようと思った。
「あの……、今の状態って、瑞穂国にとって、そんなに悪くない気がするけど、色彩の宝石は必要なんでしょうか」
志那津と利荔と、紅優まで、同じ顔をしている。
三人とも、ぱちくり、と目を瞬かせた。
「蒼愛の指摘は、またも正しいよ。適度に結界が機能していて、それなりに人間が狩れる。国としては潤うよね」
利荔が肯定的な見解をくれた。
「だからこそ、中途半端な状態が千年近く続いて来たんだよ。それはそれで成り立ってしまっているからな」
志那津も同じような言葉をくれた。
以前に日美子も似たような言葉を言っていた。
「けど、今後も安全である保障はない。いつ、何をきっかけに崩れるかも知れない。崩れれば、この幽世は消滅する。この千年、何事もなかった方がむしろ奇跡なんだ」
あまりにも極端な展開に、志那津の言葉が大袈裟に聞こえてしまう。
「色彩の宝石は理そのもの。瑞穂国はこの千年、理を失った無秩序状態を綱渡りでなんとか生き抜いてきたわけだ。で、今になって蒼愛という理が現れた。これって多分、もう何とかしないと危ないよってサインなんだよね」
利荔が蒼愛の難しい顔を見て、途中から説明を分かり易くしてくれた。
正直、最初の方はよくわからなかった。
「そこで、蒼愛に聞きたい。お前が違和感を覚えるこの国の現状は、なんだ?」
「色彩の宝石の代わりに紅優の左目が祀られている現状。大気津様が土の中で人を狩っている状態。須勢理様が土ノ神であること」
考えるより先に、口が動いた。
言い切ってから、蒼愛が一番、驚いた。
「……あれ? 僕、そこまで考えていたわけじゃないのに、なんで、勝手に……」
志那津と利荔が顔を見合わせる。
紅優が驚いた顔で蒼愛を眺めていた。
「やっぱり蒼愛は色彩の宝石、理そのものなんだね」
利荔が蒼愛の頭を撫でながら、顔を覗き込んだ。
「いいかい、蒼愛。君は決して馬鹿じゃない。思考力は確実にある。学ぶ機会さえあれば、きっともっと伸びる」
利荔がニタリと笑んだ。
確信めいた笑みは、蒼愛に少しの自信をくれた。
「だから、色々落ち着いたら、俺の所で一緒に研究しないか? きっと面白い発見や実験が山のようにできる……」
利荔の頭を志那津が抑え込んだ。
「利荔の話は聞かなくていい。今はそれどころじゃない。蒼愛が違和感を持った事象はすべて解決する。それがこの国の未来を繋げる神の役割だ。勉学は、その後だ」
最後の言葉に、蒼愛の心がときめいた。
「全部、ちゃんと解決出来たら、風ノ宮に勉強に来てもいいですか? 僕、学校って行ったことないから、そういう感じの場所って、憧れます」
自分でも目がキラキラしているのが分かった。
そんな蒼愛を眺めて、志那津が目を逸らした。
「落ち着いたら、な。問題が何もなくなったら、仕方がないから受け入れてあげるよ。風ノ宮は智慧の宝庫だから。お前が学びたい学問が、あるかもしれないし。俺も教えられるかもしれないし……、仕方なくだからな!」
志那津の耳がちょっと赤い気がして、なんだか嬉しくなった。
「早く勉強に来れるように、ちゃんと解決します」
「……一緒に、解決するんだよ」
ぽそりと零れた志那津の言葉が、やけに印象的だった。
蒼愛は紅優と顔を見合わせて笑んだ。
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