『からくり紅万華鏡』—餌として売られた先で溺愛された結果、この国の神様になりました—

霞花怜

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第三章 瑞穂国の神々

39.クリスマスケーキ

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「魅了の話はこれくらいにして、おやつでも食べようじゃないか。蒼愛、こっちにおいで」

 日美子が蒼愛の手を引いて、広間の奥に移動した。
 卓の上には、大きなホールのケーキがおいてあった。

「ぅわぁ、綺麗……」

 デコレーションされたケーキの装飾がとても綺麗で作り物のようだ。
 ケーキの上にはチョコレートの家やゼリーで作られた人形が飾り付けてある。
 どれだけ見ていても飽きないと思った。

「現世に行ったら、たくさんケーキが売ってたから買ってきたんだ。蒼愛は、お菓子が好きだろ」

 日美子を見上げて何度も頷いた。

「理研に置いてあった絵本で見たこと、あります。本物がこんなに大きいなんて、初めて知りました」

 あまりの感動にワクワクが隠しきれない。
 紅優も楽しそうにケーキを覗き込んだ。

「へぇ、現世はクリスマスの季節なんだね。もう冬か」
「クリスマス……、冬……」

 蒼愛は軽く混乱した。
 自分が幽世に売られてから、まだ二ヶ月も経過していないはずだ。

「僕が紅優の所に売られたのって、夏くらいだった気がするんだけど」

 確か、八月に入ったばかりの頃だったと記憶している。
 理研の壊れかけのクーラーの効きが悪くて、酷く暑かったのを覚えている。
 あの時は、売られた先の方が快適かもしれないとか、自分に言い聞かせていた。

「ん? ああ、現世と幽世って、時間の流れが違うんだよ。幽世の方がゆっくりなの。だから、こっちに住んでると現世の時の流れが、やけに速く感じるんだよね」

 急に怖くなって、紅優に飛びついた。

「僕は……、現世と幽世、どっちの時間の流れで成長するの?」

 見上げた紅優の顔が、きょとんとしている。

「成長は、しないんじゃないかな」

 紅優の言葉に、ショックが隠せない。

「じゃぁ、僕はこれ以上、身長伸びないの? 大人にならないの?」

 自分の年齢は十五歳で止まってしまうのだろうか。
 蒼愛の後ろで、日美子が吹き出した。
 思わず日美子を振り返る。

「あ、いや、ごめんよ。蒼愛はもう人ではないから、人と同じようには成長しないし、する必要がないんだ。だから、そのままなんだよ」
「人じゃない……」

 番になる前に紅優が話してくれた。
 番になれば人間は半妖になって、永遠に近い時間を番と共に生きるのだと。
 蒼愛は紅優を見上げた。

「紅優は、子供のままの僕で平気? 大人にならない僕が良い? やっぱり、ショタが好き?」

 蒼愛の発言に、今度は月詠見が吹き出した。

「蒼愛⁉ あれは妖怪ジョークだって前に話したでしょ? 誤解を招くからやめて」

 少し離れたところで淤加美が顔を逸らして笑っている。
 紅優が居た堪れない表情をしていた。

「蒼愛は年齢より背格好は成長しているよ。霊元が開いた時、身長だって相当に伸びたでしょ?」

 霊元が開いた時、まるで止まっていた時計が高速回転したかのように見た目が成長した。
 十五歳の蒼愛だが、見目はきっともう少し上に見える。

(性格が幼いのは、何となく自覚してる。子供っぽいって、自分でも思う。だから、せめて見た目くらい、紅優に見合う番になりたいって思っていたのに)

 紅優の隣を歩いても恥ずかしくないような大人になりたい。

「蒼愛の見た目がどうでも、俺は蒼愛が好きだけど。そんなに大人になりたいの?」

 紅優が蒼愛を抱き上げる。
 背丈の大きな紅優の目線と同じになって、くらくらした。

「紅優と並んでも、恥ずかしくないような番になりたいって、思って」
「今だって充分、自慢の蒼愛だよ」

 紅優が頬ずりしてくれる。
 何となく、喜んでいる感じだ。

「蒼愛、口を開けて。はい、あーん」
「あーん」

 月詠見に促されて、反射的に口を開けた。
 甘いチョコレートが蕩けて、口の中に幸せが広がる。

「美味しい」

 満面の笑みで呟く蒼愛を、月詠見が満足そうに眺めた。

「俺に餌付けされているうちは、大人になれないねぇ。せめて、あーんっていわれて口を開けちゃう癖を治さないとね」

 月詠見が悪戯に笑んだ。
 ちょっとむっとして、蒼愛は頬を膨らました。

「もう、開けません。絶対に開けません」
「私も蒼愛の美味しい顔が見たいなぁ。はい、蒼愛。口を開けてごらん。あーんして」

 淤加美が棒に刺さったマシュマロを蒼愛に差し出した。
 蒼愛が食べるのをワクワクして待っている淤加美の顔を見たら、口を開けずにはいられなかった。

「あーん。……んー、美味しいです」

 マシュマロが思った以上にフワフワで、舌の上で蕩けて甘くて、蒼愛の顔がほころんだ。
 淤加美がとても満足そうに笑んだ。

「月詠見、他にお菓子はないのかい? もっと蒼愛に食べさせたい」
「あんまり食べさせたら、ケーキが入らなくなるだろ。紅優も蒼愛を降ろして座りな」

 お菓子を探す淤加美を叱りつつ、日美子が紅優に向かって畳を叩いた。
 ここに座れと言わんばかりに指さす。

「じゃぁ、ケーキをあーんしてあげようね。蒼愛はチョコの家とサンタさんのゼリー、どっちがいい?」

 ちゃっかり蒼愛の隣に座った淤加美が、日美子が切り分けてくれたケーキの上に、サンタと家を両方乗せた。

「えぇ! どっちもは贅沢です。他の皆も欲しいかもしれないし、せめて、どちらかに」

 贅沢に慣れていない蒼愛には、過剰な幸せは息が止まりそうになる。

「じゃぁ、どちらか。私に、あーん、してくれるかい?」
「えっと、じゃぁ、サンタさんを淤加美様に、あーんします」

 フォークで軽く刺したサンタのゼリーを淤加美の口に持っていく。
 ぱくりと頬張った淤加美が嬉しそうな顔をした。

「うん、美味しいね。蒼愛に食べさせてもらうと、とても美味しいよ」

 淤加美が喜んでくれたのが嬉しくて、蒼愛も自然と笑顔になった。
 こんなに楽しくお菓子を食べたのは、芯やニコがいた頃以来かもしれない。

「止めないのかい?」

 後ろで小さく聞いた日美子に、紅優が息を吐いた。

「蒼愛が嬉しそうなので。こんな風に大勢でクリスマスケーキを食べるなんて、蒼愛は経験がないでしょうから。淤加美様も思った以上に子供っぽい仕草をしているので、見逃します」

 紅優が堂々と言ってのけて、日美子が笑った。

「蒼愛はもう少し、子供でいた方がいいね。子供じゃないと出来ない経験を、もっとたくさんした方がいい」
「じゃぁ、これも子供の特権だ。現世ではクリスマスにプレゼントとか、あげるんだよね」

 月詠見が大きな包みを蒼愛に手渡した。

「え……、これ、僕に?」

 両手に収まりきらない程の大きな包みを受け取って、蒼愛は呆然とした。

「俺と日美子からのプレゼント、紅優と番になったお祝いだよ」

 蒼愛の胸に、じわじわと感動がせり上がった。
 膨らんだ感情が堰を切って、目から溢れ出る。
 
「僕だけのモノ。紅優以外にもらったの、初めてです。万華鏡を貰った時くらい、嬉しい」

 紅優に万華鏡を貰って以来、一体どれだけ嬉しい贈り物をもらってきただろう。
 こんな風に誰かに何かを贈られて、嬉しい気持ちになれる日が来るなんて、思わなかった。
 自分のために贈り物を準備してくれる相手がいるのが、こんなに幸せだなんて、知らなかった。

「月詠見様、日美子様、ありがとうございます」

 涙を拭いながら、蒼愛は貰ったプレゼントを抱きしめた。

「月詠見も日美子も狡いな。私も蒼愛に何かあげたい。蒼愛、何か欲しいものはないのかな?」

 淤加美に問われて、蒼愛は考え込んだ。

「今、嬉しくて胸がいっぱいで。淤加美様にはたくさん加護を頂いたので」
「加護なら、いつでもあげるよ。そういうのではなくて、他にないのかい?」

 蒼愛は紅優を見上げた。

「欲しいものじゃないけど、お願いなら」
「お願い? 勿論、いいよ。言ってごらん」

 淤加美がワクワクした様子で蒼愛に顔を近づける。

「紅優と仲良くなってほしいです。淤加美様は僕の神様なので、僕の番の紅優と仲良くなってくれたら、嬉しいです」

 紅優と淤加美が似たような顔をした。

「蒼愛、そういうのは淤加美様に失礼だから」

 紅優が、どこか焦った様子で蒼愛の肩を抱いた。
 蒼愛を挟んで隣に座っている淤加美が、まんざらでもない顔をした。

「僕の神様、か。そうだね。私は蒼玉であり色彩の宝石である蒼愛の神様だ。これからは今まで以上に仲良くやっていこうね、紅優。可愛い番のお願だ。叶えないわけにはいかないだろう」

 何か含みがある言い回しで、淤加美が紅優に視線を向ける。
 紅優が引き攣った笑みをした。

「そう、ですね。今まで以上に、はい……」

 紅優と淤加美を交互に眺める。

(淤加美様は、思っていたよりずっと優しい神様だし、紅優をとても信頼しているのに、どうして紅優は淤加美様が苦手なんだろう)

 加護を貰っているから、淤加美の心は蒼愛にも流れ込んでくる。
 淤加美の紅優への想いは、聞かなくてもわかる。
 蒼愛は紅優の袖を引いた。

「淤加美様は、僕を紅優から奪ったりしないよ。僕ら二人を守ってくれる優しい神様だよ」

 困り顔の紅優が蒼愛を見下ろした。
 そんな二人を眺めて、淤加美が笑った。

「蒼愛にそう言われてしまったら、もう紅優に意地悪できないね。では私は、二人にとって優しい神様になろう。それがプレゼントだよ」

 淤加美が蒼愛の鼻の頭を、ちょんと撫でた。

「淤加美様に折れられては、俺も態度を改めないといけませんね。今後は蒼愛共々、よろしくお願いします」

 蒼愛の肩に手を乗せたまま、紅優が頭を下げる。 
 同時に蒼愛も、ぺこりと頭を下げた。

「そうそう、二人は淤加美と仲良くしておいた方がいいよ。これから始める悪巧みのためにもね」

 月詠見が暗い顔で笑んだ。
 そういえば、そんな計画があったなと、蒼愛は今更、思い出した。
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