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第一章 ガラクタの命

12.bugの未来

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 蒼の体を掴まえて、紅が布団に横になった。
 額や頬や鼻に、キスの雨が降る。

「あの、紅様、あの……」

 蒼の声を聴いて、紅がキスを止めた。

「芯を逃がせないのは、今のままでは僕が番になれないからですか?」

 それともやはり、買った餌を手放せない心境なんだろうか。
 紅が、悩んだ顔をした。

「いくつも問題があって、というか、問題しかなくて、芯を生かしてやれる要素がないんだよね」

 青ざめた顔をする蒼の頭を紅が撫でる。

「何から話そうか。そうだね、蒼はこの幽世、瑞穂国について、知っている?」

 蒼は首を振った。

「ここが妖怪の国って、芯に少しだけ聞いた程度です」

 ふぅむ、と紅が顎を摩った。

「幽世・瑞穂国は、大昔に現世の人間が作った妖怪の国なんだ。棲み分けのためにね。だから統治者も妖怪なんだ。それでまぁ、昔からの風習で人間の地位が恐ろしく低い。現世で人間に痛い目に遭わされて逃げてきた妖怪が多く住んでるから、当然と言えば当然なんだけど」

 聞けば聞くほど、物騒だ。

「人間が作ったのに、人間の地位が低いんですね」
「そうだねぇ。人間が作ったけど、妖怪が住んで妖怪が統治してるからね。今は食料や奴隷以外で人間て、住んでいないからね」

 蒼は下がっていた顔を思い切り上げた。

「じゃぁ、この国に人間が生きられる場所は……」
「妖怪の奴隷になるか、食料になって期限付きで生きるか。蒼みたいに妖怪の番になるかの、どれかだね」

 芯には霊元がない。霊力のない人間では妖怪の番にはなれない。
 食料なら今と変わらないし、奴隷なら理研と変わらない気がする。

「番になると、その人間自体が半妖みたいになるから、体質が変わるんだ。だからこの国でも生きられるけど、霊力とかない普通の人間は瘴気にてられて数日で死ぬと思うよ」

 さっきより物騒な話になって、血の気が下がる。

「でも、僕とか芯は、普通に生きてますけど」
「この屋敷は結界を張ってるから平気だけど、一歩外に出たら死んじゃうね。霊力がある蒼でも辛いと思う」

 確かに問題しかない。
 というより、この国で人間が生きられる要素がない。

「俺は魂や霊力を喰う妖怪だけど、中には血肉を好む妖怪もいるからさ。鬼とか蛇とかね。例えば屋敷から抜け出して、そういう怖い妖怪に出会っちゃったらさ。危ないよね。意識がある状態で喰われるの、痛いし悲惨だと思うんだ」

 悲惨どころの話ではない。
 さっきからずっと紅の話口が軽いから緊張感がないが、怖さは充分に伝わってくる。

「その手の血肉を好む妖怪はね、魂に塗る感情も恐怖とか怯えとか憎悪とかの負の感情を好む奴が多いから。無駄に酷い目に遭わせて嬲ってから食う妖怪も多いんだよね」

 前に紅が話してくれた魂に塗ると美味いと感じる感情は、そんなのもあるのかと怯えた。
 紅が好む感情が快楽で良かったと、心の底から思った。

「つまり、この屋敷以外は危険なんですね。すごくよくわかりました」

 子犬のようにプルプル震える肩を紅が抱いてくれる。

「そうなんだよ。だからさ、芯が屋敷から抜け出したら危険でしょ」
「だから、術を深めたんですか?」

 紅が蒼の髪に口付けながら指を絡める。

「俺に心酔しているうちは逃げようとは思わないからね。危なそうだったから、ちょっと深くかけたんだよ。蒼に嫉妬しちゃうくらい深めにね」

 風呂でのあの様子は、そういう訳かと納得した。
 芯の頭には、紅と同じ耳も生えていた。

「まぁ、それでね。ここからは俺が蒼に聞きたいんだけど。例えば現世に帰って、芯が生きられる場所は、あるのかな?」

 すぐには返事ができなかった。
 売られた以上、理研には帰れない。それ以前に、理研に帰るくらいなら、孤児を選ぶだろう。
 戸籍すらない蒼や芯が現世の社会で暮らすのは絶望的だ。

(集魂会なら、引き取ってくれるかな。けど、あそこも結局は、理研の下部組織だし)

「……ない、かもしれません。もしかしたら引き取ってくれる団体が一つだけ、思いつくけど、理研にバレる可能性が高いです」
「やっぱり、そんな感じだよねぇ」

 紅が困ったように息を吐く。
 蒼は恐る恐る聞いてみた。

「あの、紅様は、芯を逃がせる場所が見つかれば、逃がすのは、嫌ではないんですか?」

 紅にしてみたら、曲がりなりにも金を出して買った商品だ。
 喰わずに手放すのは口惜しいだろう。

「嫌ではないよ。芯が幸せに生きられるなら、それが一番だよ。俺は人間、嫌いじゃないし、子供は好きだからね」

 子供好きと聞いて、ニコの言葉を思い出した。

(ショタ好きだもんな)

「だったら、紅様の所で雇ってもらうのは、ダメなんでしょうか?」

 餌という立場ではなく仕事を得れば、生きる未来が繋がるかもしれない。
 紅的には、美味しい餌を目前に喰えないのは辛いだろうが。

「芯が望むなら、それでもいいけどね。最終的に、俺が喰う感じになると思うんだよね」
「どうしてですか?」

 もはや泣きそうな顔で問う。
 紅が何度も蒼の髪に口付けてくれる。

「これは多分、芯も蒼も知らない理研の秘密なんだけどさ。bugのレッテルが付いている子たちが、なんでbugガラクタか、知ってる?」

 蒼はフルフルと首を振った。

「bugの子たちはね、霊元を持っていない以前に、生きるために必要な身体の機能や臓器が欠損していたり、成長過程で病気になる子がほとんどなんだ。だから、短命なんだよ」
「え……」

 まるで他人事ではなかった。
 蒼だって、最近までbugだったのだ。

「じゃぁ、僕も芯も、体のどこかに異常が……」
「蒼は大丈夫だよ。診たところ、異常は感じられない」
「けど、僕も最近までbugで、第二次性徴の頃……十歳の頃に霊元移植実験で霊元が根付いて霊力が生じて。でも術も何もできなくて、ただ霊力が多いだけだったからblunderになったんです」

 紅が納得したような顔をした。

「そうだったんだ。だから霊力の放出が出来ないんだね。生まれ持った霊元なら、術者は無意識で霊力を放出したり術が使えるはずだから、不思議だなとは思ってたんだ」

 紅が蒼の体を抱き直して、身を寄せた。

「霊力の放出も術の使い方も俺が教えるから、心配ないよ。霊元を得ると、自分の霊力が足りない臓器や機能を補って補正したりするんだよ。だから蒼は大丈夫なんじゃないかな。霊力量も多いしね」
「だったら、芯は……」

 何か病気があるのだろうか。

「人間の病気って、俺にはよくわからないんだけど、理研から買う時は血液の癌て聞いたよ」

 蒼は絶句した。

「紅様は知っていて芯を買ったんですか?」
「そうだよ。理研から子供を買う時は、寿命が短い子を回してもらってるんだ。大体、余命一月から長くて三月くらいの子ね。余命とか体調に合わせて妖力を流して、ちょっとずつ俺の一部にしていくの」

 紅の説明はあまりに衝撃的で、蒼は俯いた。

(じゃぁ、最初から芯に生きる未来はなかったんだ。病気で辛かったり痛かったりするより、紅様の妖術にかかって喰われるほうが、ずっと楽だ)

 自分にも未来があるかもと笑って話していた芯を思い出す。 
 涙が勝手に流れて、止まらない。

「紅様の妖力を流して、術にかかっている間は、苦しくないし、痛くないんですよね」
「そんな風に術をかけてるからね。病気は治してあげられないけどね」

 蒼は紅にしがみ付いた。
 今は紅の熱を感じていたかった。
 そんな蒼の髪を紅の指が優しく梳く。

「ウチに来てくれる子たちは、生きる未来が既に途切れている子ばかりなんだ。それでも芯が他の場所で生きたいなら止めないけど。恐らく今、妖術を解いたら、芯はきっとすぐに死んじゃうから、できればもう少し俺の傍で生きていて欲しいかな」

 言葉にならなくて、紅を見上げた。

「俺の妖術で病気の進行も遅れているはずだから、解いたらきっと悪化するし、辛いと思うよ」

 そう語る紅の顔が、辛そうに笑んだ。

「妖術を深くかけたのは、逃げ出す危険だけじゃなくて、芯を楽にしてあげるためでも、あったんですか?」
「そうだね。俺に溶けてくれる子には、出来るだけ痛くも辛くもなく、気持ち良かったとか楽しかったと思いながら溶けてほしいからね」

 快楽に塗れた魂を美味いと感じると、紅は前に話していた。
 芯や、今まで喰ってきた子らを可愛がる理由は、そのためでもあるのだろうが。

(痛くも辛くも、なく。僕が前に望んでいた死に方だ。前の僕は、それを望んだ。きっと今の芯には紅様の妖術も存在も必要なんだ。なのに、紅様は。紅様の方が辛そうに見える)

 辛そうに笑う紅を見ているのは、苦しい。
 
(紅様は、本当はもう人を喰いたくないのかもしれない。だから、僕を買ったのかもしれない。僕は……。これ以上、紅様に辛い顔をさせたくない)

 理研から子供を買わせたくない。喰わせたくない。

(僕と番になれば、紅様は食事が必要なくなるって言ってた。僕と番になるのを望んでくれた。僕も、紅様の役に立ちたい。芯を、理研の子たちを大事にしてくれた紅様を好きになりたい)

 例え喰うためだったとしても、大事にしてくれた事実には違いない。
 そんな紅を、今度は自分が大事にしたい。
 紅をもっと知りたい、できれば好きになりたい。
 人間を餌と割り切れずに、食うたびに悲しむ妖狐の孤独を隣で癒したいと素直に思った。
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