香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
上 下
209 / 222
溺愛編

あの山里へ6

しおりを挟む
「アガさん、ヴィオは貴方のことも里のことも。とても大切に想っていますよ。ここにいる間は外の世界ばかりがよく見えて、ここではないどこかに旅立ちたい気持ちで羽ばたく練習ばかりをしていたかもしれません。一度飛び立ったらもう二度と戻らないように見えたかもしれない。でも人は自由に飛び回れるようになったら、それはそれで、また違った高い目線で今までいた場所を見下ろし新しい発見もすることができる。ヴィオは今そんな風に、自分の羽で羽ばたきながら世界を違った目線で見て学んでいる最中です。俺はそんなヴィオについて、一緒にいつまでも、どこまでも飛んでいきたい。そのために身を軽くする準備はもうできています」

 それはセラフィンが今までの経歴や人生を脱ぎ去って、一からヴィオと共にある人生をやり直す準備ができたという決意を表していることに他ならない。
 この中央貴族出身の青年医師は、アガにはできなかった里を出てルピナと沿うという選択肢を迷わず掴もうとしている。アガが再び口を開きかけた時、暗がりから小さな声がした。

「セラ? 父さん?」
「ヴィオ。目が醒めたんだな」

 愛らしい呼びかけにセラフィンはすぐに反応して彼を迎えに歩いていった。そして赤いショールでヴィオの上半身を包みなおすと壊れ物でも扱う様に丁寧に抱き上げて二人が座る平椅子までやってきて、抱き上げたままそこに座りなおした。

 ヴィオはまだ半覚醒なのか、とろとろとした表情のままうっとりとセラフィンの胸に抱かれ凭れている。その表情はかつてアガが若き日の妻から向けられた甘えている時の貌によく似ていた。どこまでもヴィオを溺愛し、世話をやこうとするセラフィンも同じく蕩けるような眼差しでヴィオを見つめていた。
 二人の仲睦まじい姿に、若き日のアガと妻との思い出が重なる。

『アガ、ずっと傍にいてね。ずっとよ』

 若く甘い妻の柔らかな声が脳裏に蘇り、アガはたまらず立ち上がった。

「風呂の支度をしてくる。お前たちは食事を続けていろ」

 そう言い捨てると二人に背を向けて逃げるように外に飛び出していった。セラフィンはその姿に強い男の孤独と寂しさを見て、ほろ酔いにも誘引され涙の被膜が張りそうになったが、すぐに腕の中の最愛へ意識を向きなおした。

(アガさん、なによりも誰よりもヴィオを大切にします。約束します)

 くたりと脱力し顔が胸から少しでも離れるとむずがる赤い顔、熱い身体を摺り寄せるヴィオを抱えなおして、セラフィンは燃えるように熱い額に誓う様に口づけた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

恋した貴方はαなロミオ

須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。 Ω性に引け目を感じている凛太。 凛太を運命の番だと信じているα性の結城。 すれ違う二人を引き寄せたヒート。 ほんわか現代BLオメガバース♡ ※二人それぞれの視点が交互に展開します ※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m ※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

処理中です...