香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省3

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 確かに古からこの地を支配してきたという、滅びた王族より莫大な権力を振りかざしてきたという東西南北の辺境伯・ランバート家やその他の貴族の人々とヴィオたちフェル族は見た目も持ちうる力もまるで違う。それぞれが就いてきた仕事、担ってきた役割も違うのだ。

「僕とセラも、生きてきた環境も、年齢も、性別も違うけど、分かり合えてるよね。最初僕は自分の気持ちが上手く伝えられなくて、言葉にならなくて苦しかったんだ。こんなことを言って嫌われたらどうしようとか、こんなこと分かってもらえないんじゃないとかいろいろ考えてぐるぐるしてた。
 だけどセラを信頼して思い切って心の中を沢山沢山打ち明けられたから、僕は今こうして傍にいられる。だからきっと、みんなもそんな風に分かり合えれば、これからこの国はもっともっと良くなっていくと思うんだ。だから僕たちも自分たちにできることを精一杯して生きていけばいいと思うんだ」
「ヴィオはすごいな。俺はそれができるようになるまでずっと長くかかった。お前はしなやかで強い。俺はお前のそんなところを尊敬しているよ」
「嬉しい。セラ。すごく嬉しい。ありがとう」

 ぎゅっと抱き着きセラフィンの胸に頬ずりする温かな細い身体がとても頼もしく感じた。あの日一人ぼっちで泣いていた幼い少年は、今では伸びる音が聞こえる気がするほど日々成長している。腕の中からもぞもぞと顔を上げてセラフィンを見上げ綺羅星の如き輝く瞳にまた見惚れ、その力強さに胸を打たれる。

(ヴィオ、この一月で顔つきがまるで違う。不安げな顔で俺のもとに来てくれたあの時よりずっと成長した。俺も負けていられない。絶対にアガさんにヴィオと未来を歩むことを認めてもらうんだ)



 里からはまだ距離がある最寄りの駅には、軍から遣わされた迎えの車はすでに二人の到着を駅の前で待っていた。車がまっすぐに里まで向かってくれたおかげで昼にはドリの里の入り口まで二人は粛々とたどり着くことができたのだ。元々車が苦手なヴィオは緊張も手伝い次第に無口になり、抱き寄せるセラフィンの腕に縋りながら身を預けてくる。

 村の入り口を示す太い木の支柱に色づいたツタが隣に立つ木から釣り下がっていて、中央の街中より里の裏山はすでに秋の気配が濃くなっていると感じられた。

(すごく長く留守にしていたような気がする。産まれてからほとんどずっと過ごしてきた場所なのに、なんだか懐かしい。)

 セラフィンと別れたあの冬の日から5年。ついに二人でこの場所に立つことができ、ヴィオは胸がいっぱいになった。

 近代的な雑踏と街並みを見慣れたせいか、里の秋は物悲しいほど静かだ。鳥の声がここかしこから聞こえ、霧が遠くの山から冷たい風を伝って降りてくる気配に確かに里に戻ったと感じる。

 ヴィオは目を瞑り、一度大きく深呼吸をすると、段々と山並みに沿って建てられた村の家々に向かって大きな声を張り上げた。

「ヴィオです! 帰りました!」

 静かな里に響き渡った涼やかでよく通るヴィオの声に驚いて、近くの鳥があわただしく飛び立っていった。隣りで少しセラフィンが驚いた気配がしたが、ヴィオがそのまま先導するように雄々しく門を一歩踏み込もうとしたのを留めるように、セラフィンがぎゅっと手を握りこんできた。

「ヴィオ。一緒に行こう。」
「はい! セラ」
「ヴィオ!!!」

 あのセラフィンに助けてもらって里まで送ってもらった冬の夜のように自宅当たりの扉が真っ先に開き、リアが飛び出してきてこちらにむかって大きく手を振ってくれているのが見えた。

 次々に家々の扉が開き、畑の辺りを散策していた二軒先のおばあちゃんなどは、ヴィオの姿を見つけると転げるようにこちらに向かってくるのが分かった。

「キリ婆! 危ないから走らないで!」

 そんな風にヴィオが再び声を張り上げた時、祠のある辺りからひと際大きな人影がこちらに向かってくるのが見えた。

「父さん……」

 リアは鮮やかな赤い花柄のスカートの裾をからげるようにすると父と弟、双方の動きを先んじるように、黒髪を翻し女鹿のように畑の畦を下りヴィオとセラフィンのもとに真っ先に駆けよってきた。そして豪快に弟に抱き着いた。

「もう!!! 便りもよこさないで! 心配かけてこの子は!!!!」

 たったひと夏。されどひと夏。
 身体の大きな人ばかりに囲まれていて本人は気づいていなかったようだが、リアが抱き着いた弟は背丈がまた少し伸び、とても大人びた面差しになったように見えた。

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