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 それは一瞬の勝負であった。
 頭を狙って振り下ろされる棒の軌道を半ば予測し、その上に足で飛び込んで踏みつける。
 持ち上がる棒の反動を利用すると空に舞い上がるように宙返りしながら頭上を超えて、返りざまに棍棒を使って、背中の瓦を割りぬいた。

 歓声が上がるが、バランスを崩して地面に叩きつけられるように落ちた、レノの頭の瓦も割れてしまった。

 会場が破れんばかりの大歓声に湧いたが、レノの意識は遠のく。
 レノの対戦相手が心配そうな顔をして覗き込み抱き起こしてくれた。

「大丈夫か?」

 すごい勢いで闘技場を横切って走り寄ってきたクレバが奪うようにレノを抱き寄せる。

「おい、お前、あまり動かすな。安静にしてやれ」

 対戦相手は、間近でみた気を失い目を閉じたレノがまだ少女のように可憐な面差しであることに驚いていた。

「この華奢な身体で……。すごい男だな。身を捨てることを厭わない。完敗だ」
「ああ……。こいつはすごい奴なんだ」

 クレバは、なにか予感を感じた。
 この先この男の側にいつもついていて捨て身で勝ちにいくこの身を守ってやらねば、神の愛子のようなこの少年を 神が欲しがり、すぐそばに召されてしまうのではないか。

 そんな不安に襲われた。どんな関係でもいい。一番そばにいてこの身体を守ってやりたい。

 クレバは力強くレノを抱きしめ、どこにもやらないように腕の中に閉じ込めた。

※※※


 レノが闘技場の簡素な救護室で目を冷ましたとき、すべてのことは終わったあとだった。

 魔法技術学園はレノの他にもう一人が残っており、西は残りはゼロ。東と離島はともに南と北に負けたが、北と南はそもそも一人しか残っておらず、北は残った瓦が2枚、南は3枚だが背中の減点が1点だった。
 レノのチームの生き残った一人の瓦はなんと3枚で、減点はくらわなかったため、結果優勝していた。

 チームメイトは目を覚まさないレノを心配しつつも、王の前で誓いと願いを申し出たらしい。
 三人は騎士になりたいといったそうだが、最後まで残った男は博士の小へ進学し技術者になりたいといったらしい。

 地方から苦学して出てきた彼は、博士の小へ進学をしたいがために、剣術クラスでの5位入りを目指していたらしいがなにぶん地方推薦で3年の途中から編入したため、試合回数がこなさなかったらしい。

 その話を後で本人から聞いたレノは、クラスメイトがどうしても他のものを試合に出してやりたかった気持ちもわかって許してやることにした。そして自分のこれまでの言動も猛省した。

 さて、救護室である。
 しかし今この広くもない救護室には、国の中枢部の人間が集結し、廊下も窓の外もおびたたしい警護兵で溢れかえっていた。

 部屋の内外にレノの目覚めを待つものが多くいて、クレバも畏まって廊下の開けた扉の前で、レノの祖父母とともに控え、中の様子を伺っていた。

 頭の脈打つような痛みを伴いながら目を冷ましたレノは、なにか綺羅綺羅しい人影を目線に捉えて驚く。

「レノ、久しいですね」

 穏やかでしっとりした声がした。
 かつて祖母であるエマ・ジーンに似た柔和で美しい儚げな容貌と、父親譲りの賢さから、妖精王との異名を持つ、伯父のロズク王レン・リーその人だった。

 伯父は歳をとっても変わらぬ優しげな顔立ちで、その隣に立つ偉丈夫であるレノの父、将軍マティアスとは似ても似つかない。

 この兄弟も自分たちのようにまるで似ていないことに、何かホッとしたものを感じた。

「レノ、無茶ばかりをして驚きましたよ。あんなにもはらはらさせる試合は初めて見ました。まさかマティアス家にあんな土にまみれた捨て身の闘い方をするものが出るとは驚きです。」

 からかわれているとはわかるが、優美な伯父にいわれると無性に恥ずかしかった。

 しかしそれまでは黙っていた父が兄に似た冷たげな面差しを崩さずに口を開くと、レノは緊張して身体を起こそうとし、レンにやんわりとめられた。

「今回の試合はみな白兵戦の様相を呈していたな。なかなか見ごたえのあるものだった。お前の戦い方は肉を切らせ骨をたつようなものだが、実際に指揮官があんな戦い方をしてはお前を守る部下がいくら命があっても足りなくなる。心しなさい」

「わかりました」

 そう頷きながら、心の中で父は、自分が騎士になることを認めてくれていると心臓がばくばくと音を立てるのがわかった。

「お前のチームメイトはみな、自身の進路の願いを申し出ましたよ。お前は当然博士の小に、すすみ、紅の騎士団に入団するのでしょう?」

 しかしレノはアイオライトの真っ直ぐな瞳で伯父と父を見つめると首を振って頭を下げた。

「俺は紅の騎士にはならない。もっとなりたいものがあるんだ。」

 その言葉に二人は顔を見合わせて驚く。

「父上、俺は今日、本当はこの場での母上への謝罪を父上から求めるつもりだった」

「レノ!」

 廊下から祖父の咎めるような青銅の声がした。

「小さい頃から周りの声が俺に父上を糾弾しろといってきた。ほんの小さい頃から……。昔は意味がわからなかったけど、今ならわかる」

 レノはポロポロと涙を零した。

「でも俺は本当は…… 父上に疎まれているとわかっても、愛されたかった。母上と兄上とともに一緒に暮らしたかった。」

「それは違う」

 瞬間、レノは父親のたくましく広い胸に抱きしめられていた。

「お前のことを愛していないはずがない……。だが、お前はこんな父親より祖父母のもとで暮らしたほうが幸せだと思っていた。エリザには申し訳ないことをしたと思っている。すべて私の不徳のせいだ。ミレイを結果的に死なせてしまい、自分だけがエリザのもとに戻りまた暮らし始めるなどそんな虫のいいことはできなかった。エリザは、何度もそれでも一緒に暮らそうと言ってくれたのに、俺は首を縦に振らなかった。……エリザが事故にあい、天から俺は罪を糾弾されているのだと思った。」

 親子は黙って抱き合った。
 しかし、少ししてレノが小さな声でいった。

「許すよ……」

 胸の中から見上げた顔は、嫁いできた頃の妻にうり二つであった。
 その顔が許すと泣きながら告げている。

 マティアスは膝から崩れ落ちそうになるのを堪えながら、レノを抱く腕にさらに強めた。

 ひとしきりレノは泣いて泣いて。
 しゃくりあげるまで泣いたが、周囲の者たちはそのさまを静かに穏やかに見守っていた。

「屋敷に戻ってくれるか?」

 父の言葉に首を振ってぎゅっと抱きつく。

「俺はもう、幼い子ではありません」

 でもたまには会いに行きますね。

 そういって赤い目で笑った顔は本当に可愛らしかった。

「伯父上、俺には夢があります。この王都にもう一つ、別の騎士団を誕生させます。

 王都に生きるすべての人たちを守り、導き、民と共に生きるそんな騎士団を。俺はそのために、一度紅の騎士団に入り経験を積みます。
 戻ってきてからは騎士団内部や議会にも働きかけて必ず作ります」

「どうして急にそんなことを思いついたのです?」

 不思議そうな伯父に、レノはこの二日間自分が感じたことを一生懸命説明した。隣で聞いていた父も、議員の代表である祖父も興味深げに話を聞いていた。

「お前の話はよくわかった。しかしまずは博士の小に進みながら入団をして、よく勉強をしなさい。それからでも遅くないはずです」

 レンの言葉にレノはこくんと素直に頷き、頭を下げた。
 思いの丈をすべて吐き出し、清々しい気持ちになって。

 レノの予科3年目はこうして終わっていった。







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