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崖から気に飛び移ったレノは、そのまま太い枝の上で息を殺し同級生がの気配が無くなるのをじっと待っていた。やがて頭上の話し声はゆっくり遠ざかっていき、押し殺したままだった息を深く吐く。
(やっと行ったか。これからどうするかな)
追っては二手に分かれている。このまま坂の下にすぐにでると、先に坂を降りていった方の者達からの待ち伏せに合うかもしれない。
残念ながら荷物はすべてクレバの寮の部屋に置かせてもらっていたので、通学に必要な持ち物すら手元には何一つ持っていない。つまり小遣い程度の金すら持ち合わせていない。
そもそも屋敷から学園まで行きかえりレノ専用の馬車の送迎があるため、それに乗らなければこの山から市街地までの道のりを自力で歩かなければならなくなる。
その上迷宮のような作りのこのロズクの市街地。街まで降りても最寄りの別邸まで辿り着ける自信がなかった。
レノは仕方なく山の中を見渡す。この山には王都にある学術機関が密集して建てられている。すぐ目と鼻の先にも一つ建物が見える。
(あそこの建物に身を潜めて、ほとぼりが冷めたらこっそり学院に戻って教師に事情を説明するか)
寮住まいのクレバに鉢合わせないように、頭の中で学園へ侵入する色々なルートを思い浮かべる。
レノの頭上では怖いぐらいに吹いてきた風が、木々の枝を揺らし、葉を食いちぎりながらが灰色の雲をすごい速さで北へ流していく。
(雲行きが怪しくなってきた。くそっ、夜までに一雨来るかもしれないな)
それにしても落ち着いて考えてみても、色々あって頭が追い付かない。
喧嘩相手もそうだが、親友のクレバまであんなことをしてくるなんてひどい裏切り行為だと思った。
親友が嫉妬に駆られてあんな暴挙に出たことに、レノは未だにぴんときていない。ただこれで御前試合に出られなくなったら責任の一端はクレバにもあると腹が立って仕方がない。
(クレバ……。お前俺の、友達じゃなかったのかよ)
レノの家名はこの王都に置いて人の陰口や醜聞に塗れているため、学院に入学した当初からレノは同級生からも遠巻きにされてきた。
だがクレバは自分は誰からも頼りにされる人気者なのに、レノに対しても分け隔てなく接してくれて、孤立しがちなレノの傍にいつも一緒にいてくれた。
人づきあいが苦手なレノと周りの友人たちとの間にいつも立ってくれて、迷惑かもと思いつつもつい物珍しくて、彼の寮の部屋に何度も泊まりに行かせてもらったけど、その時も嫌な顔一つしなかった。
(いつから俺をあんないやらしい事をしてもいい相手だって思っていたのかな。俺の事、クレバも女の代わりにしたのかな)
悔しさと怒りより今度は悲しみが込み上げてきて鼻の奥がつんとした。
しかし自分のその弱い心の動きにこれ以上付き合いたくなくて、レノはそれ以上考えることをやめた。
そんな事よりも今はやらなければならないことがある。
(とりあえず雨が降る前に脱出しないと。木が濡れて足でも滑らせてここを落ちていったら、それこそ普通の怪我じゃすまなくなる)
下にある建物は何かの研究棟だった気がした。ひとまずそのその屋上に飛び乗ることを目指そうと考える。レノに過保護な家のものたちが聞いたら血相を変えそうだ。この木を降りたところで、その後滑落の危険の連続だろうからどちらを選んでも大冒険、この際仕方がない。
(隣りにあるもう少し低くて枝の張った木に乗り移るのと、結構高い今いる木を地面に向かって降りるのどっちがましか……)
どちらにせよ、たやすくはなさそうだ。
木の枝に引っかかると危ないので後で回収することにしてとマントを先に下に落とす。
(やっぱり隣の木に飛び移ろう)
裏側が美しい緋色のそれが途中他の枝に引っかからずにひらひらと下まで落ちたことを確認すると、レノは雄々しい表情で制服の上着の袖を肘までめくりあげ、腕の可動域を十分に広げておいた。
「いくぞ!」
自分に言い聞かせるように呟いて、再び大きく息を吸いこむと狙いを定めて隣の木に飛び移る。
今度は前の木より伸びた枝が柔らかめだったため、非常に大きくしなり、枝がいつまでも大きく振れて動いてしまった。それに必死で子ザルのようにしがみ付くと、ぶわっと冷や汗が浮かび上がってくる。
焦る気持ちから荒くなる呼吸を何とか沈めて周りを見渡す。
狙い通り、建物の屋上には足の長い者なら一跨ぎほどとかなり近くなった。
レノなら枝を蹴り上げて跳躍し、飛つけばきっと屋上に降りられる。木の枝は折れるだろうからチャンスは一度だ。
もとより顔に似合わず、豪胆で思い切りの良い性格のレノは躊躇せずに再び身を空へ踊らせる。
「誰!?」
屋上に気が付かなかった人影が現れた。一瞬気を取られて屋上に降りる際のバランスを崩す。しかしすぐ受け身をとってところどころ苔むした屋上を、レノはゴロゴロと転がっていった。勢いが止まった時、少し頭を打ったようで目の前が薄暗くなりくらくらした。
「あなた! 大丈夫なの?」
レノの霞む視界に褐色の人の顔が現われる。心配そうな表情の複雑な色合いのヘーゼルの瞳。
(綺麗な色の、目ん玉)
そうレノは朝からずっと眠たかった。そして緊張感から一瞬緩和され、少し頭を打ってしまった。すーっと意識が遠のくとき、甘い声色とそぐわぬ逞しい腕に抱きかかえられたのがわかった。
(やっと行ったか。これからどうするかな)
追っては二手に分かれている。このまま坂の下にすぐにでると、先に坂を降りていった方の者達からの待ち伏せに合うかもしれない。
残念ながら荷物はすべてクレバの寮の部屋に置かせてもらっていたので、通学に必要な持ち物すら手元には何一つ持っていない。つまり小遣い程度の金すら持ち合わせていない。
そもそも屋敷から学園まで行きかえりレノ専用の馬車の送迎があるため、それに乗らなければこの山から市街地までの道のりを自力で歩かなければならなくなる。
その上迷宮のような作りのこのロズクの市街地。街まで降りても最寄りの別邸まで辿り着ける自信がなかった。
レノは仕方なく山の中を見渡す。この山には王都にある学術機関が密集して建てられている。すぐ目と鼻の先にも一つ建物が見える。
(あそこの建物に身を潜めて、ほとぼりが冷めたらこっそり学院に戻って教師に事情を説明するか)
寮住まいのクレバに鉢合わせないように、頭の中で学園へ侵入する色々なルートを思い浮かべる。
レノの頭上では怖いぐらいに吹いてきた風が、木々の枝を揺らし、葉を食いちぎりながらが灰色の雲をすごい速さで北へ流していく。
(雲行きが怪しくなってきた。くそっ、夜までに一雨来るかもしれないな)
それにしても落ち着いて考えてみても、色々あって頭が追い付かない。
喧嘩相手もそうだが、親友のクレバまであんなことをしてくるなんてひどい裏切り行為だと思った。
親友が嫉妬に駆られてあんな暴挙に出たことに、レノは未だにぴんときていない。ただこれで御前試合に出られなくなったら責任の一端はクレバにもあると腹が立って仕方がない。
(クレバ……。お前俺の、友達じゃなかったのかよ)
レノの家名はこの王都に置いて人の陰口や醜聞に塗れているため、学院に入学した当初からレノは同級生からも遠巻きにされてきた。
だがクレバは自分は誰からも頼りにされる人気者なのに、レノに対しても分け隔てなく接してくれて、孤立しがちなレノの傍にいつも一緒にいてくれた。
人づきあいが苦手なレノと周りの友人たちとの間にいつも立ってくれて、迷惑かもと思いつつもつい物珍しくて、彼の寮の部屋に何度も泊まりに行かせてもらったけど、その時も嫌な顔一つしなかった。
(いつから俺をあんないやらしい事をしてもいい相手だって思っていたのかな。俺の事、クレバも女の代わりにしたのかな)
悔しさと怒りより今度は悲しみが込み上げてきて鼻の奥がつんとした。
しかし自分のその弱い心の動きにこれ以上付き合いたくなくて、レノはそれ以上考えることをやめた。
そんな事よりも今はやらなければならないことがある。
(とりあえず雨が降る前に脱出しないと。木が濡れて足でも滑らせてここを落ちていったら、それこそ普通の怪我じゃすまなくなる)
下にある建物は何かの研究棟だった気がした。ひとまずそのその屋上に飛び乗ることを目指そうと考える。レノに過保護な家のものたちが聞いたら血相を変えそうだ。この木を降りたところで、その後滑落の危険の連続だろうからどちらを選んでも大冒険、この際仕方がない。
(隣りにあるもう少し低くて枝の張った木に乗り移るのと、結構高い今いる木を地面に向かって降りるのどっちがましか……)
どちらにせよ、たやすくはなさそうだ。
木の枝に引っかかると危ないので後で回収することにしてとマントを先に下に落とす。
(やっぱり隣の木に飛び移ろう)
裏側が美しい緋色のそれが途中他の枝に引っかからずにひらひらと下まで落ちたことを確認すると、レノは雄々しい表情で制服の上着の袖を肘までめくりあげ、腕の可動域を十分に広げておいた。
「いくぞ!」
自分に言い聞かせるように呟いて、再び大きく息を吸いこむと狙いを定めて隣の木に飛び移る。
今度は前の木より伸びた枝が柔らかめだったため、非常に大きくしなり、枝がいつまでも大きく振れて動いてしまった。それに必死で子ザルのようにしがみ付くと、ぶわっと冷や汗が浮かび上がってくる。
焦る気持ちから荒くなる呼吸を何とか沈めて周りを見渡す。
狙い通り、建物の屋上には足の長い者なら一跨ぎほどとかなり近くなった。
レノなら枝を蹴り上げて跳躍し、飛つけばきっと屋上に降りられる。木の枝は折れるだろうからチャンスは一度だ。
もとより顔に似合わず、豪胆で思い切りの良い性格のレノは躊躇せずに再び身を空へ踊らせる。
「誰!?」
屋上に気が付かなかった人影が現れた。一瞬気を取られて屋上に降りる際のバランスを崩す。しかしすぐ受け身をとってところどころ苔むした屋上を、レノはゴロゴロと転がっていった。勢いが止まった時、少し頭を打ったようで目の前が薄暗くなりくらくらした。
「あなた! 大丈夫なの?」
レノの霞む視界に褐色の人の顔が現われる。心配そうな表情の複雑な色合いのヘーゼルの瞳。
(綺麗な色の、目ん玉)
そうレノは朝からずっと眠たかった。そして緊張感から一瞬緩和され、少し頭を打ってしまった。すーっと意識が遠のくとき、甘い声色とそぐわぬ逞しい腕に抱きかかえられたのがわかった。
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