上 下
6 / 25

6

しおりを挟む
 崖から気に飛び移ったレノは、そのまま太い枝の上で息を殺し同級生がの気配が無くなるのをじっと待っていた。やがて頭上の話し声はゆっくり遠ざかっていき、押し殺したままだった息を深く吐く。

(やっと行ったか。これからどうするかな)
 
 追っては二手に分かれている。このまま坂の下にすぐにでると、先に坂を降りていった方の者達からの待ち伏せに合うかもしれない。
 残念ながら荷物はすべてクレバの寮の部屋に置かせてもらっていたので、通学に必要な持ち物すら手元には何一つ持っていない。つまり小遣い程度の金すら持ち合わせていない。
 そもそも屋敷から学園まで行きかえりレノ専用の馬車の送迎があるため、それに乗らなければこの山から市街地までの道のりを自力で歩かなければならなくなる。
 その上迷宮のような作りのこのロズクの市街地。街まで降りても最寄りの別邸まで辿り着ける自信がなかった。
 レノは仕方なく山の中を見渡す。この山には王都にある学術機関が密集して建てられている。すぐ目と鼻の先にも一つ建物が見える。

(あそこの建物に身を潜めて、ほとぼりが冷めたらこっそり学院に戻って教師に事情を説明するか)
 寮住まいのクレバに鉢合わせないように、頭の中で学園へ侵入する色々なルートを思い浮かべる。

 レノの頭上では怖いぐらいに吹いてきた風が、木々の枝を揺らし、葉を食いちぎりながらが灰色の雲をすごい速さで北へ流していく。

(雲行きが怪しくなってきた。くそっ、夜までに一雨来るかもしれないな)

 それにしても落ち着いて考えてみても、色々あって頭が追い付かない。
 喧嘩相手もそうだが、親友のクレバまであんなことをしてくるなんてひどい裏切り行為だと思った。
 親友が嫉妬に駆られてあんな暴挙に出たことに、レノは未だにぴんときていない。ただこれで御前試合に出られなくなったら責任の一端はクレバにもあると腹が立って仕方がない。

(クレバ……。お前俺の、友達じゃなかったのかよ)

 レノの家名はこの王都に置いて人の陰口や醜聞に塗れているため、学院に入学した当初からレノは同級生からも遠巻きにされてきた。
 だがクレバは自分は誰からも頼りにされる人気者なのに、レノに対しても分け隔てなく接してくれて、孤立しがちなレノの傍にいつも一緒にいてくれた。
 人づきあいが苦手なレノと周りの友人たちとの間にいつも立ってくれて、迷惑かもと思いつつもつい物珍しくて、彼の寮の部屋に何度も泊まりに行かせてもらったけど、その時も嫌な顔一つしなかった。

(いつから俺をあんないやらしい事をしてもいい相手だって思っていたのかな。俺の事、クレバも女の代わりにしたのかな)

 悔しさと怒りより今度は悲しみが込み上げてきて鼻の奥がつんとした。
 しかし自分のその弱い心の動きにこれ以上付き合いたくなくて、レノはそれ以上考えることをやめた。
 そんな事よりも今はやらなければならないことがある。

(とりあえず雨が降る前に脱出しないと。木が濡れて足でも滑らせてここを落ちていったら、それこそ普通の怪我じゃすまなくなる)

 下にある建物は何かの研究棟だった気がした。ひとまずそのその屋上に飛び乗ることを目指そうと考える。レノに過保護な家のものたちが聞いたら血相を変えそうだ。この木を降りたところで、その後滑落の危険の連続だろうからどちらを選んでも大冒険、この際仕方がない。

(隣りにあるもう少し低くて枝の張った木に乗り移るのと、結構高い今いる木を地面に向かって降りるのどっちがましか……)

 どちらにせよ、たやすくはなさそうだ。
 木の枝に引っかかると危ないので後で回収することにしてとマントを先に下に落とす。

(やっぱり隣の木に飛び移ろう)
 裏側が美しい緋色のそれが途中他の枝に引っかからずにひらひらと下まで落ちたことを確認すると、レノは雄々しい表情で制服の上着の袖を肘までめくりあげ、腕の可動域を十分に広げておいた。

「いくぞ!」

 自分に言い聞かせるように呟いて、再び大きく息を吸いこむと狙いを定めて隣の木に飛び移る。
 今度は前の木より伸びた枝が柔らかめだったため、非常に大きくしなり、枝がいつまでも大きく振れて動いてしまった。それに必死で子ザルのようにしがみ付くと、ぶわっと冷や汗が浮かび上がってくる。
 焦る気持ちから荒くなる呼吸を何とか沈めて周りを見渡す。
 狙い通り、建物の屋上には足の長い者なら一跨ぎほどとかなり近くなった。
 レノなら枝を蹴り上げて跳躍し、飛つけばきっと屋上に降りられる。木の枝は折れるだろうからチャンスは一度だ。
 もとより顔に似合わず、豪胆で思い切りの良い性格のレノは躊躇せずに再び身を空へ踊らせる。

「誰!?」

 屋上に気が付かなかった人影が現れた。一瞬気を取られて屋上に降りる際のバランスを崩す。しかしすぐ受け身をとってところどころ苔むした屋上を、レノはゴロゴロと転がっていった。勢いが止まった時、少し頭を打ったようで目の前が薄暗くなりくらくらした。

「あなた! 大丈夫なの?」

 レノの霞む視界に褐色の人の顔が現われる。心配そうな表情の複雑な色合いのヘーゼルの瞳。

(綺麗な色の、目ん玉)

 そうレノは朝からずっと眠たかった。そして緊張感から一瞬緩和され、少し頭を打ってしまった。すーっと意識が遠のくとき、甘い声色とそぐわぬ逞しい腕に抱きかかえられたのがわかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

音楽の神と呼ばれた俺。なんか殺されて気づいたら転生してたんだけど⁉(完)

柿の妖精
BL
俺、牧原甲はもうすぐ二年生になる予定の大学一年生。牧原家は代々超音楽家系で、小さいころからずっと音楽をさせられ、今まで音楽の道を進んできた。そのおかげで楽器でも歌でも音楽に関することは何でもできるようになり、まわりからは、音楽の神と呼ばれていた。そんなある日、大学の友達からバンドのスケットを頼まれてライブハウスへとつながる階段を下りていたら後ろから背中を思いっきり押されて死んでしまった。そして気づいたら代々超芸術家系のメローディア公爵家のリトモに転生していた!?まぁ音楽が出来るなら別にいっか! そんな音楽の神リトモと呪いにかけられた第二王子クオレの恋のお話。 完全処女作です。温かく見守っていただけると嬉しいです。<(_ _)>

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

転生したら、ラスボス様が俺の婚約者だった!!

ミクリ21
BL
前世で、プレイしたことのあるRPGによく似た世界に転生したジオルド。 ゲームだったとしたら、ジオルドは所謂モブである。 ジオルドの婚約者は、このゲームのラスボスのシルビアだ。 笑顔で迫るヤンデレラスボスに、いろんな意味でドキドキしているよ。 「ジオルド、浮気したら………相手を拷問してから殺しちゃうぞ☆」

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

愛されなかった俺の転生先は激重執着ヤンデレ兄達のもと

糖 溺病
BL
目が覚めると、そこは異世界。 前世で何度も夢に見た異世界生活、今度こそエンジョイしてみせる!ってあれ?なんか俺、転生早々監禁されてね!? 「俺は異世界でエンジョイライフを送るんだぁー!」 激重執着ヤンデレ兄達にトロトロのベタベタに溺愛されるファンタジー物語。 注※微エロ、エロエロ ・初めはそんなエロくないです。 ・初心者注意 ・ちょいちょい細かな訂正入ります。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

処理中です...