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 ここは大陸有数の大国ロズク。
 その王都にあり最高峰と名高い、魔法技術学園。
 レノはその学園の予科3年生だ。夏の終わりの新年度を目前に控えレノも他の3年生も皆同様に、進路の岐路に立っていた。

「レノ、お前。御前試合に出るって本当なのかよ」

 授業終わりさっさと行動を出ていこうと立ち上ったレノは、突然あまり親しくない、日頃から騎士志望を豪語している同級生に声をかけられた。

(なんだこいつ、急に馴れ馴れしいな)
 
 レノは吊り上がり気味のぱっちりとした目を相手に向けつつも、押し黙って返事をしない。相手は一瞬レノの少女めいた美しい貌にじっと見つめられ赤面した。
 しかしすぐに口を利かぬその態度を高慢と受け取ったのか、焦れてなにか文句でも言いたそうな顔をしている。
 諍いの雰囲気を察したレノの親友のクレバが傍らからレノの肩を抱き引き寄せると、すかさず助け舟をよこしてきた。

「君も僕も、もちろんレノも。今年の剣技実習で総合5位以内に入った人間はみな資格がある、そうだろ?」

 そんなクレバも同じく騎士志望だ。
 華奢なレノと違い厚みや逞しさが増した身体は、すでに他の同級生よりも抜きんで大きい。端正な顔立ちと相まって、同学年から見ると迫力十分で皆から何かと頼りにされている。
 彼は成績も優秀で貴族出身者であっても予科からの狭き門と言われる、博士課程にもすでに内定済みではともっぱらの噂だ。
 剣技の学科を専攻する騎士志望の人間にとって、予科を出てすぐに騎士になることと、本科である博士卒業後に騎士団入りするのとでは、その後の待遇に大きな違いが出るからクレバは皆の憧れの的だろう。

「レノ。お前は絶対に騎士になれるのに、なんでわざわざ御前試合に出るんだ? お前が出ると枠が一つ埋まるじゃないか」
「それ、どういう意味だよ」

 クラスメイトが言わんとしている意味はわかっていたが、レノはそれを聞き逃さない。レノとってはどうにも過敏に反応してしまう問題だからだ。
 レノが柳眉を逆なで、綺麗な青紫色の瞳を吊り上げて睨みつけてきたので、同級生はしどろもどろになった。

「そりゃまあ、お前の家は騎士団と繋がりが深いだろ? 兄上が騎士だし」
「俺は兄上たちとは一緒に暮らしているわけでもない。それに俺は騎士団には興味ない」

 レノの剣幕に相手も触発されるように相手も声を荒げてきた。

「だったら猶更、お前が御前試合に出て、人前で手柄を上げる必要はどこにもないだろう? お前のすぐ後ろの順位のケビンも騎士志望でゆくゆくは士官を目指してるんだ。あいつに譲ってやれよ。なあ?」

(言いたかったことはそれか)

 レノはさらに冷めた目で同級生を睨み返す。

(こいつは何かにつけて、いつも自分が正しいというような舌戦に持ち込んでくる。いけ好かない)

 そのケビンだって実力が伴わなかったらレノに負けたわけで、人に譲ってもらって出るような惨めな真似を果たしてしたいのだろうかと思う。それにレノにはレノなりの理由があって御前試合に参加するのだから。
 もちろんその理由をわざわざそう親しくない喧嘩相手に口にする気にはなれなかった。しかし勝ち気なレノは、苛立った気持ちをぶつけるように、わざわざ挑発的な言葉を口にした。

「そもそも俺に負けるようなやつが御前試合で他校に勝てるとも思わないけどな。騎士になっても大成すると思えない」
「お前のその高慢さ! いつも護衛騎士様従えて、一体どこのお姫様だよ!」

 剣技の技は冴えるレノであるが、その容貌は極めて繊細で優美だ。つんと澄ました形の鼻も、朱をはいたような唇も、眦が上がったぱっちりと大きな瞳も、一見気の強そうな美少女にしか見えない。しかもどんなに鍛えても兄とは違い細身の身体は母方の血が濃く華奢でもある。そこを揶揄われ、ましては人づきあいが苦手なレノをいつも庇ってくれる、クレバのことまで暗に馬鹿にされるのは許しがたかった。

「ふざけんな! 取り消せ」
「可哀想な奴だと甘やかされて育ったから、そんな性格になるんだ」

 さらに相手は的確に、レノの一番触れられたくない部分を突き刺してきた。
 レノはカッと頬を紅潮させ、肩に回っていたクレバの腕を振り払うとクラスメイトに掴みかかる。
 相手も負けじとレノの胸倉を掴み返してきた。レノが先に仕掛けたとはいえ、体格差があるため踏ん張っても揺さぶられてしまうのが悔しい。

「おい、言い過ぎだやめておけラス。レノもお前も、試合に出るんだろ? それならもうこれぐらいにしとけ」

 自分も当てこすられたのにクレバはいたって冷静だ。二人の様子を見かねて私闘による棄権を匂わせ、再び割って入ってとりなしてきた。

「とにかく、お前はでるなよ。棄権するとウィル先生に言いに行けよ」
「しるかよ、このお節介のクソ野郎!」

 とんでもなく口汚い言葉でさらに相手を罵り、クレバに押さえつけられて殴りかかるのを止められた、それが数日前の話。
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