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 レノは坂道を走る、走る。
 追手は3人。先回りした場所にも2人。
 残念ながらこの学院周辺の道ときたら右回りの螺旋を描いた坂を上がるか下がるかの一本道しかなく、両側から挟み撃ちにされると逃げ場がないのだ。

「クソっ」

 レノは公爵である祖父母が聞いたら卒倒しそうなほど汚い言葉を使い、息を弾ませながら立ち止まると周囲を素早く見回した。
 一本道の脇には右も左も鬱蒼とした広葉樹の木立に囲まれた崖だけで、身を隠せる場所もない。
 崖をよじ登っていけばバードゲージというロープウェイの基地にも出られるが、そこに待ち伏せされていないとも限らない。その前に追手の視界に入り見つかってしまうだろう。
 逆に下る場合、切り立っていて土がむき出しの部分も多く足場が悪そうだ。かなり危険と言えた。だがレノはすぐ下にある枝ぶりの良く茂った大きな木に目を付けた。その向こうには研究棟の建物の屋根も見える。

(とりあえず、一旦あの木に飛び移ってあいつらをやり過ごすか)
 
 レノは周囲に比べて華奢ではあったが日々剣術の鍛錬を怠らず体力もある。そして細身であるむしろそれを活かした俊敏さや身のこなしにも自信があった。
 崖の下をあまり覗きこみ過ぎると目が眩み、決心が鈍る。追手がここまで迫ってくるぞと警告の鐘が頭の中でひっきりなしに鳴り、心臓がどきどきと拍動を強める。
 もう迷っている時間はなさそうだ。

(あいつらに捕まって怪我をさせられたら、どうせ明後日の御前試合には出られない。それなら自分の意志でやったことで怪我するほうがましだ)

 終わり汗ばむ日も多くなった季節の変わり目。
 梢を渡る生暖かい風が亜麻色の髪をサラサラとなぶる。雨の予感に鳥たちが飛び立つ羽音が聞こえる。

(あいつらに見つかる前に!)

 レノは目を瞑り大きく息を吸い込んだのち、青紫色の瞳をカッと大きく見開くと、細くしなやかなその身体を宙に向かって投げ出した。
 よく茂った常緑樹に飛び移り、一瞬足は宙を舞ったものの両腕で太めの枝を掴み、足でも手繰るように近場の枝を探して乗せる。
 その後すぐ頭上で、青年たちの話し声がした。

「おいそっちにはいたか?」
「いや、俺たちは下から来たけどすれ違わなかったぞ」

(間一髪だったな)

 声の主にあいつもいるのかと、レノは耳をそばだて伺いながら、坂道側から姿がみえないように幹をゆっくりと回る。
 パキッと、音がして細かい枝が折れた音にも心臓の鼓動は高まり、足の下の高さを考え冷や汗が滲む。

「まさか崖を登ったんじゃ」

 誰かがそう先導するのを聞き、(そのまま上に行ってくれ)と祈りながら、息を殺して顔すら向けないようにレノは耐える。

「いくらあいつでもそこまでしないだろう」

 (クレバ! あいつ!)

 それはつい数時間前までは親友だと思っていた青年の若々しくも独特の艶のある声だった。

 穏やかに微笑む、端整なその顔を思い出すだけも怒りが増す。
 悔しさに枝を強く掴みすぎて爪に木の皮が食い込み血が滲んだ。じんじんと伝わる痛みも不愉快だったが、しかし今はとにかくじっとしてやり過ごすしかない。日没までの半刻、どうにか別邸へ帰りつかねばならない。

(くそ、くそ。やりたくもないことで逆恨みされた挙げ句に、こんな目に合わされて)
 レノはあまりにも目まぐるしく周囲も自分も変化した、この一週間に思いを馳せた。

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