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第二部
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卯乃は自宅に戻るとすぐ、風船みたいに張り詰めていた気持ちが緩み、へにゃへにゃと畳の上に倒れ込んだ。するとそのまま身体も気持ちに呼応するように急激に縮み始める。
秋服にしてはちょっと多めに着込んだ服の中からぴょこんと顔を出したのは愛くるしいロップイヤーバニーの顔だ。ちっちゃな鼻をひくひくさせてしょんぼり心の中で呟いた。
(あーあ。やっぱりこうなっちゃったか……)
このところ卯乃が恐れていた通り、気が抜けたら勝手に本性である兎姿になってしまった。
もふもふの兎の身体になってもとても怠いし熱っぽい。卯乃は脱げてしまった洋服の裾からまたごそごそと中に入っていってくったりと目を閉じる。
(ああ、やっぱ風邪ひいちゃったのかな……。)
家族だけは知っていることだが、卯乃は冬に差し掛かる換毛の季節になると毎年体調を崩しやすくなる。成長してからは大分ましになったが、幼い頃は一週間ほど兎の姿に戻ってしまって小学校を休まざるを得なかった。
卯乃は七人兄弟の末っ子として兄弟と比べてひと際身体が小さく生まれてきた。奔放な実母は子供は産むが育てるのは苦手な人だった。幼い卯乃が体調を崩して苦しむたびに、弟である義父と番である義父が面倒を見てくれて卯乃はそのまま二人の養子になった。
秋になると家族は一丸となって卯乃をいつも以上に大事に扱った。外で何かあっては大変だと、兄や姉が学校の送り迎えをしてくれたし、父たちは必ずどちらかがすぐに病院に行けるようにと残業も飲酒も控えて家に帰ってきた。
だから卯乃は至れり尽くせりというより大分過保護に育ったのだ。その卯乃が生まれて初めて直面するたった一人の秋がまさに今だ。
先週ぐらいから転勤先の父たちから『休暇を取って順番にそちらに戻ろうか?』としつこく連絡があったし、子育て真っ最中の姉までも『甥っ子たちを連れて泊まりにいこうか?』なんて申し出られてちょっぴり恥ずかしかった。
海外からもうじき帰国予定の兄はこの家には戻らず、購入した後は友人に貸していたマンションに戻るらしい。準備ができるまでの少しの間、ホテル住まいになるが、もちろん毎日卯乃の様子を見に来る勢いのメールが届いていた。それもここ数日は忙しさや体調不良でちゃんと確認をしていなかった。
つまり家族の申し出に対して『オレも一応成人だし、もう一人で大丈夫だから』なんていって断っていたわけだ。家で深森との逢瀬も叶わなくなるという打算も過ってのことだが……。
(今年は結構夏の暑さが長く続いてたから体調良かったし、こんなに急に寒くなると思わなかったから……)
本当ならば恋人の深森にだけはこの身体の変化を打ち明けた方がいいとは分かっている。だが大事な試合前に忙しくしている深森にはどうしても話せなかった。
学校の講義もいけるときは出来るだけ行くようにして、深森に心配をかけまいと元気な姿を見せる様にしてきた。そのせいか自宅に帰るとすっかり気が抜けてしまって、この通り兎の姿でぐったりとしてしまう。
(今日は天気がいいから調子もいいって思ってたけど、駄目だったなあ……。、どうしてもに食べてもらいたくて早起きして必勝スープ作ったけど、もう疲れちゃった。このまま寝ちゃおうかなあ。あ……、だめだめ。明日試合見に行くんだから、経路調べて、アラームかけて、せめてお風呂に入って身支度しないと、昨日みたいに朝まで起きられなくなっちゃう)
うとうとしかけて頑張って人型に戻るが、足元が酩酊状態のようにふらついてしまう。誰もいないからと裸で歩くが、寒くてコートだけ羽織ったへんてこりんな姿になった時に玄関でブザーが鳴った。
「え……」
秋服にしてはちょっと多めに着込んだ服の中からぴょこんと顔を出したのは愛くるしいロップイヤーバニーの顔だ。ちっちゃな鼻をひくひくさせてしょんぼり心の中で呟いた。
(あーあ。やっぱりこうなっちゃったか……)
このところ卯乃が恐れていた通り、気が抜けたら勝手に本性である兎姿になってしまった。
もふもふの兎の身体になってもとても怠いし熱っぽい。卯乃は脱げてしまった洋服の裾からまたごそごそと中に入っていってくったりと目を閉じる。
(ああ、やっぱ風邪ひいちゃったのかな……。)
家族だけは知っていることだが、卯乃は冬に差し掛かる換毛の季節になると毎年体調を崩しやすくなる。成長してからは大分ましになったが、幼い頃は一週間ほど兎の姿に戻ってしまって小学校を休まざるを得なかった。
卯乃は七人兄弟の末っ子として兄弟と比べてひと際身体が小さく生まれてきた。奔放な実母は子供は産むが育てるのは苦手な人だった。幼い卯乃が体調を崩して苦しむたびに、弟である義父と番である義父が面倒を見てくれて卯乃はそのまま二人の養子になった。
秋になると家族は一丸となって卯乃をいつも以上に大事に扱った。外で何かあっては大変だと、兄や姉が学校の送り迎えをしてくれたし、父たちは必ずどちらかがすぐに病院に行けるようにと残業も飲酒も控えて家に帰ってきた。
だから卯乃は至れり尽くせりというより大分過保護に育ったのだ。その卯乃が生まれて初めて直面するたった一人の秋がまさに今だ。
先週ぐらいから転勤先の父たちから『休暇を取って順番にそちらに戻ろうか?』としつこく連絡があったし、子育て真っ最中の姉までも『甥っ子たちを連れて泊まりにいこうか?』なんて申し出られてちょっぴり恥ずかしかった。
海外からもうじき帰国予定の兄はこの家には戻らず、購入した後は友人に貸していたマンションに戻るらしい。準備ができるまでの少しの間、ホテル住まいになるが、もちろん毎日卯乃の様子を見に来る勢いのメールが届いていた。それもここ数日は忙しさや体調不良でちゃんと確認をしていなかった。
つまり家族の申し出に対して『オレも一応成人だし、もう一人で大丈夫だから』なんていって断っていたわけだ。家で深森との逢瀬も叶わなくなるという打算も過ってのことだが……。
(今年は結構夏の暑さが長く続いてたから体調良かったし、こんなに急に寒くなると思わなかったから……)
本当ならば恋人の深森にだけはこの身体の変化を打ち明けた方がいいとは分かっている。だが大事な試合前に忙しくしている深森にはどうしても話せなかった。
学校の講義もいけるときは出来るだけ行くようにして、深森に心配をかけまいと元気な姿を見せる様にしてきた。そのせいか自宅に帰るとすっかり気が抜けてしまって、この通り兎の姿でぐったりとしてしまう。
(今日は天気がいいから調子もいいって思ってたけど、駄目だったなあ……。、どうしてもに食べてもらいたくて早起きして必勝スープ作ったけど、もう疲れちゃった。このまま寝ちゃおうかなあ。あ……、だめだめ。明日試合見に行くんだから、経路調べて、アラームかけて、せめてお風呂に入って身支度しないと、昨日みたいに朝まで起きられなくなっちゃう)
うとうとしかけて頑張って人型に戻るが、足元が酩酊状態のようにふらついてしまう。誰もいないからと裸で歩くが、寒くてコートだけ羽織ったへんてこりんな姿になった時に玄関でブザーが鳴った。
「え……」
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