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優しさで貴方を奪う

最終章 優しさで貴方を奪う5

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「俺さ。母さんと同じΩだって判定されてから、ずっと怖かったんだ」
「父さんと、あんなことがあったから?」
「まあ、それも一つかもしれないけど。それ以前にもうずっと、俺は。……カズ、俺のこと。ぎゅってして」
 
 言葉の通り和哉は柚希の胸に抱かれていた身を起こして、兄を死んでも離さないとばかりに長い腕を柚希の背中を交差するように腰まで掴んでぎゅっと巻き付け抱き込んだ。
 和哉から放たれる黄金のあの花に似た香りは少し薄らいで感じたが甘く柔らかく柚希を包み慰めてくれる。
 
「俺の母さんはさ……。知ってると思うけど、自分の親族とは折り合いが悪くて、いわゆる天涯孤独ってやつだ。だから俺にも親戚はいない。もしも母さんまで失ったら……。それこそ本当に天涯孤独になる。そのことがずっと怖かった。俺はお前とあの時出会えて、お前が弟になってくれたこと、神様が俺に下さったプレゼントみたいに思えたんだ。……お前天使みたいに可愛かったし」
「兄さんもすごく可愛かったよ。笑顔がね、僕が出会った人の中で一番綺麗だって、そう思ったんだ」
「……だからね。お前にはいつだって幸せでいて欲しい。笑って欲しい。俺のこの気持ちに偽りはない。お前のことをすごく、この世の誰よりも、一番に大切で、愛しているんだ」
「……うん。分かってるよ。兄さんからの愛情。ちゃんと受け取ってきた。それに僕だって兄さんにはこの世で一番幸せになって欲しいって思ってきたし、出来れば僕が幸せにしてあげたい、兄さんを護れる男は僕だけだって思って、その気持ちだけが僕をここまで引っ張ってきたんだ。それは分かって?」

 柚希は今こそ弟の気持ちに応えたいと身じろぎし、和哉が綺麗だと褒めてくれた笑顔を見せたくて少しだけ無理して微笑んだ。

「ありがとう。分かってたよ。お前が俺に注いでくれる愛情、いつでも浴び続けて心地よかった……。今まで、お前が望んでいるような形の愛情を返せていなかったと思う。でも俺にとっては正直、他人でいつかは心変わりして別れるかもしれない恋人より、ずっとずっと切れない絆がある家族の愛情の方がよっぽど強いって思ってたから……。結果的にお前の気持ちに応えられなかったのは俺が臆病なだけだろうな。お前をそんな風に失いたくなくて」
「そうか……。そんな風に兄さんは考えていたんだね」
「それにさ、母さんが夫を……番を失っただろ? ほかに頼る人もいないのに。俺だったらそんなの即、つんでたなってぐらい。人生ハードモードだろ」
「うん」
「けど、母さんはさ……。あんな華奢なのに、しぶといぐらいにタフでさ。それでも……。それでも、あんなに強い母さんでも、一人で発情期を越え続けるのは本当に厳しくて……。俺は傍でずっと苦しむ姿を見てて辛くて堪らなかった」

 和哉や敦哉と共に暮らすまでの二人の生活。その頃のことを思い出したのか柚希が小刻みに震えているのを感じた。世話好きで明るくてしっかりものの柚希。そんな柚希の人には見せぬ彼にしか分からない、心に残る大きな傷跡は未だに塞がっていないのだ。
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