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辺奈都高校編
夜に舞う。
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何がなんだが……気が付けば、俺は冷たい地面を舐めていた。
喉の奥から血のような味が染みでる。着ている制服(コスプレ)もボロボロだ。
「ゴホッ………カハッ……」
ジャリ……とテーピングで一回りも2回りも大きくなった右腕で地べたを掴む。
立ち上がろうにも、足元がおぼつかない。
霞む視界の中で、辺奈都高校の生徒達が、無表情で前にたっていた。
(一体……なんだってんだ……)
背後から突然殴られたような感触が伝わり、それから人外達に滅多打ちにされた。心当たりなど、もちろん無い。いちばん怖いのは、その人外たちと全く面識がない事だ。
立ち上がろうにも、身動きが取れない。
俺を取り押さえている人外達の後ろには、あぐらをかきながら宙に浮いている、黒い中華服を着た男がニタリと笑っていた。
「まー、こんなもんだろ。魅音を呼ぶまでもねぇってか。あとはここの結界を………」
その後から意識がドンドン霞んできた。出血しすぎたらしい。
「『タナトスの右腕』ねぇ……?さて、いくらになるかな?」
霞む視界と響く耳鳴りの中、嫌な響きの言葉と、男の三日月のような下卑た笑みだけは鮮明に感じた。
「とりあえず、右腕だけ無事ならそれで良いか。おい、そこのお前、頭潰しとけ。右腕の保有者っつっても所詮はただの人間だからな」
その言葉に反応した、岩石のような形をした人外が歪咲の前に来た。
巨大な片腕を振り上げる。
その腕は巨大な岩のようで、人間の頭部などガラス細工のように砕く事が出来るだろう。
歪咲は、諦めた。
(いやー……これはもうダメそうだ。ま、この右腕ともようやく……)
やけにゆっくりした動作で、巨大な腕は歪咲に標準を合わせる。
(……サトリさん……虫鹿…子泣………九龍さん……)
こんな時になんだが、こんな時に思い出す人物が少ないのは良かったのだろうか?
(……皆……ゴメン……俺は、やっと…これで……)
巨大な腕が振り下ろされる。
その刹那、時間が凍える。
周囲の動きが、限りなく零に近い遅さでゆっくり、ゆっくりと、流れていく。
歪咲はぼやける意識の中、霧の深い場所に引き込まれるような錯覚に陥った。
気が付くと、濃霧の中に一人、地べたに寝そべっていた。
黒い中華服の男も、周りにいた人外も、岩石の人外も、ここにはいない。
………ただ目の前に、ボロボロの彼を見下ろしている男が一人……
ボロボロになった俺を見ているのは………
…………誰だ?
『おい。貴公』
「……………」
血で霞む視界で、その顔を捉える。そこには、黒く輝く全身鎧を着た男が立っていた。赤い布地に、金で刺繍された立派なマントをなびかせ、悠々とそこにたっていた。鎧の所々についた傷が歴戦である証のように見える。鋭利的なデザインのフルフェイスの兜を付けており、表情は伺えないが、兜の隙間から獰猛に光る瞳が伺えた。姿形こそ人間だが、ソイツの発する異様な雰囲気は人間離れしていた。
『貴公、随分とまたやられたものだな。この吾輩がいるというのに』
………何を言ってるんだ?コイツは?
『以前の者よりかはまぁまだ随分とマシに見える。この吾輩を知覚したのだ。代わってやっても良いが、少々やりすぎてしまいそうだな』
……変わる?知覚?なんだ?何を言っている?そもそもコイツは誰だ?
何とか言葉を紡ごうとするが、口も体も上手く動かない。
黒騎士は馬鹿みたいに長い剣を何も無い場所から取り出した。刀身からは、仰々しい赤黒いオーラが滲み出ていた。
『さて、参ろうか…………っと思ったが……ほう?少々早急であったな。どうやら吾輩の出番では無いらしい』
黒騎士は剣をしまうと、踵を返し霧の中へと消えていく。
『ではな、貴公。またいずれ相見えるかも知れぬ』
「………ッッ!」
せめて名前を聞きたい、その思いで手を伸ばす。
黒騎士は立ち止まり、こちらを少しばかり振り向いた。
『吾輩の名か?ほう?もう既に知っているとばかり思っていたが?』
黒騎士は全身でこちら側を振り向き、馬鹿長い剣を地面に突き刺し、両手を添える。
『吾輩の名は………………』
その瞬間、周囲は濃霧に包まれ、歪咲の意識も白濁に染まった。
「………~い。お~い。大丈夫かぁ~?」
意識を取り戻すと、そこは看守服を着た女性の腕の中だった。
「あ……え………?」
驚いていると、周りには先程までの人外がボロボロになって山積みにされていた。
「あ……えー……え?」
出血しすぎたのか、頭が回らない。
「あらら、頭が回ってないのかねー。私は恐刻。この学校の寮監だよ」
周りを見ると、生徒抑制部の面々がそこに揃っていた。
「気付くのが遅れていれば死んでいた。本当に間に合ってよかった」
「とはいえ、何故いきなりこんな事になったのでしょう?」
2本の大太刀を携えた九龍に、鈴のような声で話す天道。
たった3人で、あんなにいた人外たちをここまでボッコボコにできたのか………
「しかし、なぁ~んで九龍の隙をつけたんだろうね?君、お守役……もとい、お目付け役だったんだろ?」
「少し前に生徒に絡まれていまして。接点の無い生徒でしたから、何かおかしいと思っていました。そしたらこれだ」
刀で山積みになった人外を指す。
この横で天道先生が何かを察するような表情をした。
「………ん?あぁ、なるほど」
天道先生が額に手を当てると恐刻に話しかける。
「恐刻さん。歪咲くんを頼みます。どうやら私と九龍くんは呼ばれるみたいです」
そういうと、恐刻は困ったような顔をしながら、「了解」と一言呟いた。
次の瞬間にはもう九龍さんと天道先生は、そこにいなかった。
「さぁてと」
脇に抱えるような体勢から、お姫様抱っこの姿勢に歪咲を持ち変え、恐刻は歪咲に向かって呟く。
「君。寮生だろ?ただまたこんな襲撃を受けたら堪らないからな。私の部屋に連れていく」
歪咲は抱き上げられた状態でキョロキョロとか何かを探すような仕草をする。
「………?どうした?」
「あ……いや…黒い中華服の男はいませんでしたか?」
「………何?」
恐刻は怪訝な顔をする。
「あ、いやもしかしたら失血による幻聴だったのかも知れません」
「……いや、私の部屋に着いたら詳しく話せ」
「え?あ、はい」
恐刻の部屋へ向かう途中、歪咲は黒い中華服の男の他に、誰かに会ったような気がしたが、何故か思い出せなかった。
薄暗い立方体のような部屋。その椅子に辺奈都高校の校長ヌラリは、難しい顔をして立っていた。
「う~む、ついに襲われてしまったかぞな~……」
大きな椅子に座りながら、コツンコツンと杖を上下させて鳴らしている。九龍はその前に頭を床に叩きつけるような勢いで跪く。
「申し訳ありません。私がついておりながらこんな失態を……ッッ!!」
ヌラリは椅子から降りると九龍に頭を上げるように促し、そのまま部屋をトコトコ歩き回る。
「九龍くん、君だけのせいではないぞな。むしろよく駆けつけてくれた」
「そうですね。君じゃなければ多分、彼は死んでいたんじゃないかな?」
ヌラリと天道が九龍に言葉をかける。
「しかし……困ったぞいなー。いつもなら森の精霊の彼女と、人間蠱毒の忍者の娘がいたが、唯我祭でいないところを狙われたぞな」
「えぇ、それに歪咲を襲った生徒の動機が不明です。彼は裏でかなり目立っていますが、表立って何かをするような性格ではありませんから。恨みを買ったとは考えずらい」
天道が答えると、ヌラリは再び難しい顔をする。
「黒幕がいる……そう考えるべきですね」
九龍が天道に同調するように呟く。
「どちらにせよ、襲われたという事実が中々難しいぞな。対魔公安局はあの右腕を狙っている。陰陽院無所属の連中からも賞金をかけられているぞな」
「無所属のゴロツキはともかく、問題は対魔公安局の方ですね。連中はあの腕を欲しがってる」
九龍がそういうと、ヌラリは一層深刻な顔になる。
「そうなんぞな、奴らは厄介ぞな。そちらの心配もあるし歪咲くんの護衛の問題もある……九龍くんがいてくれれば問題ないと思っていたぞなが……相手は中々狡猾なようぞな……」
ヌラリがこういうと、九龍は握る拳に力を込めた。
「問題はまだあります。今回の相手は襲った生徒ではなく、その背後にいる黒幕です」
「う~む、検討もつかないぞな………ん?おやおや、恐刻さんから報告ぞな」
ヌラリが手に持った杖でコンコン……と床を二階ほど叩くと、黒い立方体の部屋に恐刻が現れた。
「校長、今回の黒幕がわかりました……」
突然の告白に、その場の空気がひりつく。
「な、なぜわかったんだい?」
天道が聞くと、恐刻は答える。
「彼は意識を失いかけている時、生徒以外の人物を目撃していたの。『黒い中華服の男』だそうよ……」
恐刻が男の特徴をいった途端。校長室にいる他三人のまとう雰囲気が変わる。
「恐刻さん…それ…まさか……」
九龍が恐る恐る訪ねると、残念そうな顔で恐刻は答える。
「えぇ……そう、残念ながら。今回の黒幕は……」
陰陽院とは、霊能者たちの集う霊能者機関であり、人外と人間とのバランスを取る役目も担っている。
かつてそこに一人の男がいた。
男は死霊術師の家系に生まれ、彼自身もそうなった。霊術の腕も良く、将来を期待されていた。
だが、問題だったのは彼の人格である。
死霊術師とは本来、既に死んでしまった霊を利用する霊能者だ。それ故に仲間内でもあまりよく思われない。
彼は自分自身を見下した霊能者を全員殺し、それを彼の霊術で操り人形にしてしまった。
味をしめた彼はその後も罪なき人を殺害しては自らの手下に加えると言う非道を繰り返し行い、遂には陰陽院から追放された。
その男こそ………
「死霊術師 戯形………それが今回の黒幕です」
恐刻が言うと九龍は難しい顔をして話す。
「戯形……かつて陰陽院を追われた死霊術師……なぜ今……」
「考えられるのは『右腕』にかけられた懸賞金か……もしくは陰陽院への挑発ぞな」
「奴が対魔公安局に入ったという線はどうでしょう?」
ヌラリに進言するように天道が続ける。
「う~む、あの人格問題者が奴らと手を組んだと考えたくは無いぞな~……」
「天道さん、アイツが連中と手を組んで何か得があるのかしら?」
「考え辛い……ですかね……」
校長室の一同が思考を巡らせる中、ヌラリは杖でトントンと地面をついた。
「ともかく、九龍君には引き続き歪咲くんのお目付け役を頼むとして、あと一人…彼の傍に護衛をつけたいぞな」
「しかし……今回の襲撃でわかりましたが、戯形はうちの生徒を不特定多数操ることができます。そんな中からいつでも護衛出来る人材など………」
「なぁんか小難しい話してんなぁ?相変わらず頭回すのが得意なのかい?」
緊張感の無い声が校長室に響く。声の主はその場の視線を一気に集めた。
黒い袈裟をはおり、編笠を被り、髪の毛を短く後ろで結んでいる。僧侶の格好をしているのに口元には煙草がゆらゆらと揺れている。手に持った錫杖はだらんと肩にかけている。
まるで、破戒僧。
突然現れた男は天道の方を向くと、ケラケラ笑いながら話し始める。
「よォ、天道~。何年振りだァ~?老けないねぇ~?ま、当たり前か」
呆気に取られる天道を置いて、今度は恐刻の方を向いて話し始めた。
「おぉ~キョーコクちゃんもひっさびさだなァ?随分……おぉ……色々と大きくなったなァ?」
恐刻も呆気に取られる中、男は気にもせず今度はヌラリの方を向く。
「おージイさん生きてたか~。ま、アンタの作った学校だ。アンタが生きてないとねぇ?ハッハー……いやぁ、懐かしい顔ぶれだねェ~?」
私立辺奈都高校は、その世界ではかなり有名な学校だ。そこの校長であり、創設者の一人でもあるヌラリは、いわば重鎮のような存在でもある。そのヌラリにここまで軽口を叩く男。
九龍は突然現れたはずの男を斬る意思を、持てなかった。
突然現れて、呆気に取られたからではない。
男に、全く隙が無かった。
相も変わらずケラケラ笑う男に、ようやくハッとしたように天道が言葉を投げる。
「お、お前ッ!業臥ッ!どうやってここにっ!」
「う~ん?いやまァほら、俺ァ破戒僧だからねー」
真面目に答える気が無いのか、業臥と呼ばれた男はケラケラ笑うと腰元にぶら下げていた瓢箪を取って飲み始める。
天道の言葉で我に返った恐刻も言葉を紡いだ。
「あの……なんでアンタがここに……?」
「やれやれぞな。いきなり消えたと思えばまたフラッと現れて……対魔公安局の件もあるぞな。こちらとしても割と困るんぞな」
「まーまーカタい言うなよジイさん。俺ァあんな連中に負ける気はねぇよぉ~?」
「で、何しに来たんだお前…」
「ん?そりゃ天道。その歪咲ってやつの護衛の助言によ?」
「何?」
「お前らはまぁここの教員っつぅ立場があるだろ?だが俺ァそんなモンねぇ。だから俺が陰陽院から連れてきてやるよ。とっておきの奴をな?」
「待ちなさい業臥。アナタが陰陽院に行っても、あの霊能者機関も一枚岩じゃないのよ?そんな易々と人材を借りられるわけ………」
「あるんだなーそれが。ま、心配するなキョーコクちゃん。俺に任せとけぇ~」
「あのなっ!お前はいつも唐突すぎる……」
天道が言いかけた瞬間、業臥は錫杖で床を叩き、一瞬で煙のように消えてしまった。
破戒僧がいなくなった校長室では、なんか微妙な空気が漂っていた。
「あ、あの…さっきの僧侶は……?」
九龍の言葉に、天道・恐刻・ヌラリの3人はとても珍しく声を揃えて言う。
「「「はた迷惑な破戒僧」」」
「です」
「よ」
「ぞな」
喉の奥から血のような味が染みでる。着ている制服(コスプレ)もボロボロだ。
「ゴホッ………カハッ……」
ジャリ……とテーピングで一回りも2回りも大きくなった右腕で地べたを掴む。
立ち上がろうにも、足元がおぼつかない。
霞む視界の中で、辺奈都高校の生徒達が、無表情で前にたっていた。
(一体……なんだってんだ……)
背後から突然殴られたような感触が伝わり、それから人外達に滅多打ちにされた。心当たりなど、もちろん無い。いちばん怖いのは、その人外たちと全く面識がない事だ。
立ち上がろうにも、身動きが取れない。
俺を取り押さえている人外達の後ろには、あぐらをかきながら宙に浮いている、黒い中華服を着た男がニタリと笑っていた。
「まー、こんなもんだろ。魅音を呼ぶまでもねぇってか。あとはここの結界を………」
その後から意識がドンドン霞んできた。出血しすぎたらしい。
「『タナトスの右腕』ねぇ……?さて、いくらになるかな?」
霞む視界と響く耳鳴りの中、嫌な響きの言葉と、男の三日月のような下卑た笑みだけは鮮明に感じた。
「とりあえず、右腕だけ無事ならそれで良いか。おい、そこのお前、頭潰しとけ。右腕の保有者っつっても所詮はただの人間だからな」
その言葉に反応した、岩石のような形をした人外が歪咲の前に来た。
巨大な片腕を振り上げる。
その腕は巨大な岩のようで、人間の頭部などガラス細工のように砕く事が出来るだろう。
歪咲は、諦めた。
(いやー……これはもうダメそうだ。ま、この右腕ともようやく……)
やけにゆっくりした動作で、巨大な腕は歪咲に標準を合わせる。
(……サトリさん……虫鹿…子泣………九龍さん……)
こんな時になんだが、こんな時に思い出す人物が少ないのは良かったのだろうか?
(……皆……ゴメン……俺は、やっと…これで……)
巨大な腕が振り下ろされる。
その刹那、時間が凍える。
周囲の動きが、限りなく零に近い遅さでゆっくり、ゆっくりと、流れていく。
歪咲はぼやける意識の中、霧の深い場所に引き込まれるような錯覚に陥った。
気が付くと、濃霧の中に一人、地べたに寝そべっていた。
黒い中華服の男も、周りにいた人外も、岩石の人外も、ここにはいない。
………ただ目の前に、ボロボロの彼を見下ろしている男が一人……
ボロボロになった俺を見ているのは………
…………誰だ?
『おい。貴公』
「……………」
血で霞む視界で、その顔を捉える。そこには、黒く輝く全身鎧を着た男が立っていた。赤い布地に、金で刺繍された立派なマントをなびかせ、悠々とそこにたっていた。鎧の所々についた傷が歴戦である証のように見える。鋭利的なデザインのフルフェイスの兜を付けており、表情は伺えないが、兜の隙間から獰猛に光る瞳が伺えた。姿形こそ人間だが、ソイツの発する異様な雰囲気は人間離れしていた。
『貴公、随分とまたやられたものだな。この吾輩がいるというのに』
………何を言ってるんだ?コイツは?
『以前の者よりかはまぁまだ随分とマシに見える。この吾輩を知覚したのだ。代わってやっても良いが、少々やりすぎてしまいそうだな』
……変わる?知覚?なんだ?何を言っている?そもそもコイツは誰だ?
何とか言葉を紡ごうとするが、口も体も上手く動かない。
黒騎士は馬鹿みたいに長い剣を何も無い場所から取り出した。刀身からは、仰々しい赤黒いオーラが滲み出ていた。
『さて、参ろうか…………っと思ったが……ほう?少々早急であったな。どうやら吾輩の出番では無いらしい』
黒騎士は剣をしまうと、踵を返し霧の中へと消えていく。
『ではな、貴公。またいずれ相見えるかも知れぬ』
「………ッッ!」
せめて名前を聞きたい、その思いで手を伸ばす。
黒騎士は立ち止まり、こちらを少しばかり振り向いた。
『吾輩の名か?ほう?もう既に知っているとばかり思っていたが?』
黒騎士は全身でこちら側を振り向き、馬鹿長い剣を地面に突き刺し、両手を添える。
『吾輩の名は………………』
その瞬間、周囲は濃霧に包まれ、歪咲の意識も白濁に染まった。
「………~い。お~い。大丈夫かぁ~?」
意識を取り戻すと、そこは看守服を着た女性の腕の中だった。
「あ……え………?」
驚いていると、周りには先程までの人外がボロボロになって山積みにされていた。
「あ……えー……え?」
出血しすぎたのか、頭が回らない。
「あらら、頭が回ってないのかねー。私は恐刻。この学校の寮監だよ」
周りを見ると、生徒抑制部の面々がそこに揃っていた。
「気付くのが遅れていれば死んでいた。本当に間に合ってよかった」
「とはいえ、何故いきなりこんな事になったのでしょう?」
2本の大太刀を携えた九龍に、鈴のような声で話す天道。
たった3人で、あんなにいた人外たちをここまでボッコボコにできたのか………
「しかし、なぁ~んで九龍の隙をつけたんだろうね?君、お守役……もとい、お目付け役だったんだろ?」
「少し前に生徒に絡まれていまして。接点の無い生徒でしたから、何かおかしいと思っていました。そしたらこれだ」
刀で山積みになった人外を指す。
この横で天道先生が何かを察するような表情をした。
「………ん?あぁ、なるほど」
天道先生が額に手を当てると恐刻に話しかける。
「恐刻さん。歪咲くんを頼みます。どうやら私と九龍くんは呼ばれるみたいです」
そういうと、恐刻は困ったような顔をしながら、「了解」と一言呟いた。
次の瞬間にはもう九龍さんと天道先生は、そこにいなかった。
「さぁてと」
脇に抱えるような体勢から、お姫様抱っこの姿勢に歪咲を持ち変え、恐刻は歪咲に向かって呟く。
「君。寮生だろ?ただまたこんな襲撃を受けたら堪らないからな。私の部屋に連れていく」
歪咲は抱き上げられた状態でキョロキョロとか何かを探すような仕草をする。
「………?どうした?」
「あ……いや…黒い中華服の男はいませんでしたか?」
「………何?」
恐刻は怪訝な顔をする。
「あ、いやもしかしたら失血による幻聴だったのかも知れません」
「……いや、私の部屋に着いたら詳しく話せ」
「え?あ、はい」
恐刻の部屋へ向かう途中、歪咲は黒い中華服の男の他に、誰かに会ったような気がしたが、何故か思い出せなかった。
薄暗い立方体のような部屋。その椅子に辺奈都高校の校長ヌラリは、難しい顔をして立っていた。
「う~む、ついに襲われてしまったかぞな~……」
大きな椅子に座りながら、コツンコツンと杖を上下させて鳴らしている。九龍はその前に頭を床に叩きつけるような勢いで跪く。
「申し訳ありません。私がついておりながらこんな失態を……ッッ!!」
ヌラリは椅子から降りると九龍に頭を上げるように促し、そのまま部屋をトコトコ歩き回る。
「九龍くん、君だけのせいではないぞな。むしろよく駆けつけてくれた」
「そうですね。君じゃなければ多分、彼は死んでいたんじゃないかな?」
ヌラリと天道が九龍に言葉をかける。
「しかし……困ったぞいなー。いつもなら森の精霊の彼女と、人間蠱毒の忍者の娘がいたが、唯我祭でいないところを狙われたぞな」
「えぇ、それに歪咲を襲った生徒の動機が不明です。彼は裏でかなり目立っていますが、表立って何かをするような性格ではありませんから。恨みを買ったとは考えずらい」
天道が答えると、ヌラリは再び難しい顔をする。
「黒幕がいる……そう考えるべきですね」
九龍が天道に同調するように呟く。
「どちらにせよ、襲われたという事実が中々難しいぞな。対魔公安局はあの右腕を狙っている。陰陽院無所属の連中からも賞金をかけられているぞな」
「無所属のゴロツキはともかく、問題は対魔公安局の方ですね。連中はあの腕を欲しがってる」
九龍がそういうと、ヌラリは一層深刻な顔になる。
「そうなんぞな、奴らは厄介ぞな。そちらの心配もあるし歪咲くんの護衛の問題もある……九龍くんがいてくれれば問題ないと思っていたぞなが……相手は中々狡猾なようぞな……」
ヌラリがこういうと、九龍は握る拳に力を込めた。
「問題はまだあります。今回の相手は襲った生徒ではなく、その背後にいる黒幕です」
「う~む、検討もつかないぞな………ん?おやおや、恐刻さんから報告ぞな」
ヌラリが手に持った杖でコンコン……と床を二階ほど叩くと、黒い立方体の部屋に恐刻が現れた。
「校長、今回の黒幕がわかりました……」
突然の告白に、その場の空気がひりつく。
「な、なぜわかったんだい?」
天道が聞くと、恐刻は答える。
「彼は意識を失いかけている時、生徒以外の人物を目撃していたの。『黒い中華服の男』だそうよ……」
恐刻が男の特徴をいった途端。校長室にいる他三人のまとう雰囲気が変わる。
「恐刻さん…それ…まさか……」
九龍が恐る恐る訪ねると、残念そうな顔で恐刻は答える。
「えぇ……そう、残念ながら。今回の黒幕は……」
陰陽院とは、霊能者たちの集う霊能者機関であり、人外と人間とのバランスを取る役目も担っている。
かつてそこに一人の男がいた。
男は死霊術師の家系に生まれ、彼自身もそうなった。霊術の腕も良く、将来を期待されていた。
だが、問題だったのは彼の人格である。
死霊術師とは本来、既に死んでしまった霊を利用する霊能者だ。それ故に仲間内でもあまりよく思われない。
彼は自分自身を見下した霊能者を全員殺し、それを彼の霊術で操り人形にしてしまった。
味をしめた彼はその後も罪なき人を殺害しては自らの手下に加えると言う非道を繰り返し行い、遂には陰陽院から追放された。
その男こそ………
「死霊術師 戯形………それが今回の黒幕です」
恐刻が言うと九龍は難しい顔をして話す。
「戯形……かつて陰陽院を追われた死霊術師……なぜ今……」
「考えられるのは『右腕』にかけられた懸賞金か……もしくは陰陽院への挑発ぞな」
「奴が対魔公安局に入ったという線はどうでしょう?」
ヌラリに進言するように天道が続ける。
「う~む、あの人格問題者が奴らと手を組んだと考えたくは無いぞな~……」
「天道さん、アイツが連中と手を組んで何か得があるのかしら?」
「考え辛い……ですかね……」
校長室の一同が思考を巡らせる中、ヌラリは杖でトントンと地面をついた。
「ともかく、九龍君には引き続き歪咲くんのお目付け役を頼むとして、あと一人…彼の傍に護衛をつけたいぞな」
「しかし……今回の襲撃でわかりましたが、戯形はうちの生徒を不特定多数操ることができます。そんな中からいつでも護衛出来る人材など………」
「なぁんか小難しい話してんなぁ?相変わらず頭回すのが得意なのかい?」
緊張感の無い声が校長室に響く。声の主はその場の視線を一気に集めた。
黒い袈裟をはおり、編笠を被り、髪の毛を短く後ろで結んでいる。僧侶の格好をしているのに口元には煙草がゆらゆらと揺れている。手に持った錫杖はだらんと肩にかけている。
まるで、破戒僧。
突然現れた男は天道の方を向くと、ケラケラ笑いながら話し始める。
「よォ、天道~。何年振りだァ~?老けないねぇ~?ま、当たり前か」
呆気に取られる天道を置いて、今度は恐刻の方を向いて話し始めた。
「おぉ~キョーコクちゃんもひっさびさだなァ?随分……おぉ……色々と大きくなったなァ?」
恐刻も呆気に取られる中、男は気にもせず今度はヌラリの方を向く。
「おージイさん生きてたか~。ま、アンタの作った学校だ。アンタが生きてないとねぇ?ハッハー……いやぁ、懐かしい顔ぶれだねェ~?」
私立辺奈都高校は、その世界ではかなり有名な学校だ。そこの校長であり、創設者の一人でもあるヌラリは、いわば重鎮のような存在でもある。そのヌラリにここまで軽口を叩く男。
九龍は突然現れたはずの男を斬る意思を、持てなかった。
突然現れて、呆気に取られたからではない。
男に、全く隙が無かった。
相も変わらずケラケラ笑う男に、ようやくハッとしたように天道が言葉を投げる。
「お、お前ッ!業臥ッ!どうやってここにっ!」
「う~ん?いやまァほら、俺ァ破戒僧だからねー」
真面目に答える気が無いのか、業臥と呼ばれた男はケラケラ笑うと腰元にぶら下げていた瓢箪を取って飲み始める。
天道の言葉で我に返った恐刻も言葉を紡いだ。
「あの……なんでアンタがここに……?」
「やれやれぞな。いきなり消えたと思えばまたフラッと現れて……対魔公安局の件もあるぞな。こちらとしても割と困るんぞな」
「まーまーカタい言うなよジイさん。俺ァあんな連中に負ける気はねぇよぉ~?」
「で、何しに来たんだお前…」
「ん?そりゃ天道。その歪咲ってやつの護衛の助言によ?」
「何?」
「お前らはまぁここの教員っつぅ立場があるだろ?だが俺ァそんなモンねぇ。だから俺が陰陽院から連れてきてやるよ。とっておきの奴をな?」
「待ちなさい業臥。アナタが陰陽院に行っても、あの霊能者機関も一枚岩じゃないのよ?そんな易々と人材を借りられるわけ………」
「あるんだなーそれが。ま、心配するなキョーコクちゃん。俺に任せとけぇ~」
「あのなっ!お前はいつも唐突すぎる……」
天道が言いかけた瞬間、業臥は錫杖で床を叩き、一瞬で煙のように消えてしまった。
破戒僧がいなくなった校長室では、なんか微妙な空気が漂っていた。
「あ、あの…さっきの僧侶は……?」
九龍の言葉に、天道・恐刻・ヌラリの3人はとても珍しく声を揃えて言う。
「「「はた迷惑な破戒僧」」」
「です」
「よ」
「ぞな」
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クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
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