神様の仰せのままに

幽零

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穢神戦争編

75話

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(……水龍の類いっ!?)

蔵から溢れ出た水を媒体に、龍すら構築して式神にするその才覚。

「……潮龍…」

風切は手を前に出すと言葉を紡ぐ。

「……撃て」

その言葉を聞くと、潮龍は顎を大きく開き、息を吸い込む。同時に破狩は風切に向けて走り出していた。

(式神使いは本人を倒せばそれで良い!!)

あの龍が何か仕掛けてくるようだが、発動前に対策を講じる。そうすれば問題はないッッ!


しかし、その最中不意に視界がブレる。


脇腹に雷虎が突進してきた。


(……まだいたのかッッ!!?)



潮龍の召喚の際に消えたと思っていたら、ずっと潜伏させていたのか……



そして……




「………ハハっ…悪運尽きましたか」


破狩の目の前には、激流の吐息が迫っていた。









潮龍の吐息の水圧で弾き飛ばされた破狩は、宙を舞った。


「………ふふっまだ死ぬなという事ですか」

落ちた先は、水の中だった。貯水池といっても良い。

ザバリとそこから這い出ると、着物を絞って水を出す。


「……さて、介錯の時間でしょうか?」



そこには、風切が雷虎と焔鴉を従え目の前に迫っていた。遠目には潮龍がこちらを見据えている。



「………ひとつ、宜しいですか?」

「……なんだ」


破狩は解魔槍と刀を地面に突き刺すと、その場で正座をした。


「……結さんの事を……よろしくお願い致します」

「遺言はそれで良いな」


風切はゆっくりと背後に回ると、首を垂れる破狩を見下ろす。

白刃を振り上げると、師にかける最後の言葉を放つ。


「……お別れだ。私の唯一の師」

「……左様なら、私の唯一の弟子」



白刃は首を通り、そのまま振り抜かれる。









「……ふむ、ここが彼岸…でしょうか?」


案外、悪くない。何も感じないし、何とも思わない。


……向こうで誰かが手を振っている?




近寄る。予感はしている。無論だろう。私は地獄行きだろうが……その前に一つだけ……願うのならば……



歩く足は駆け足に変わり、目元からは涙が溢れ出る。



……貴方に……貴方達に……




「……あぁ……長かった……」

子供のように抱きつく。かつて笑い合った姉と、義理の兄に。

「……姉上、義兄上、どうか許して頂きたい」

破狩はそのまま地に伏せ頭を下げる。

「三ツ谷の庇護を受けながら、神社を裏切り、人を殺し、白獅子様まで手にかけました。全ては、あなた方を無下にした一ノ門に報復する為……人道を外れた道だとは、重々承知しております」

正座に直り、そのまま頭を下げる。

「親友も失い、家族も失った中…私の希望は姉上の忘れ形見のみ……」

破狩はゆっくりと頭を上げる。

「結さんを…私は守りたかった…あなた達を蔑ろにする一ノ門を許せなかった……」


そんな破狩の肩に、手が添えられる。


「……頑張ったわね」

もう片方にも手が添えられた。

「…済まないな…君に全て背負わせてしまった」

義兄は、ポンポンと肩を叩く。

「結は大丈夫だ、あの子の側には、今はたくさんの人がいる……だけど…」

とんっと頭に手をのせ、義兄は破狩の頭を撫でる。

「それまでは君が守ってくれた、それだけで充分さ。後はあの子に託そう」

「そうね、アンタが教えてたんでしょ?それに、悠斬アイツの弟らしいじゃない」


姉……壊奈がそういうと、義兄である先代三ツ谷神主が続ける。


「さて、じゃあ…そろそろ行こう」

破狩を立たせると、壊奈と先代三ツ谷神主は同時に言う。


「「頑張ったね、破狩」」



「………えぇ、本当に…」




現在の神社に疑問を感じ、全てを捨てて裏切ってまでたった一人を守りたかった神主は、たった今、彼岸に旅立った。










「…………」

《泣いているのか?》

雷虎が尋ねるが、応答は無い。

《貴様の師だったのだろう》

「………」

雷虎は低く唸った後、続ける。

《応えなくて良い。さて、一度俺は消えるとしよう》

雷虎は消える寸前に、再び言葉を伝える。

《…ただ一人の師だったのだろう。裏切ったとはいえ、弔いをしても罰は当たらんさ》

雷虎、焔鴉、潮龍は全て解除された、そのうち、保留した調伏を行わなければ。


……他の方々も戦っている……わかっている、急がなければ……


……だが……




「……ただ…今は……」


かつての思い出と、記憶と、優しさが、脳裏を巡る。


「…今だけは、貴方を弔わせて頂く」


彼の頬に、一縷の滴が滴る。





「……どうか、安らかに」




こうして、神社の裏切り者は、ただ一人の弟子によって弔われる。




出自に悩まされ、苦悩し、全てを敵に回す覚悟を背負った男は、ここに生涯を終えた。





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