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穢れし過去編
57話
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地下通路を急いで走る。抱き抱えた結は、何が起きているかわかっていないようだ。
「お母様…お父様は?」
無垢な声が壊奈の耳に入る。
……だめだ、泣くな。あの人がそう簡単に死ぬ筈がない。
そう思いたい、なのに、嫌な予感が胸を染めて、口から弱音が吐きでてきそうになる。
やっと掴んだのに…ようやく掴んだのに…
だけど……今は。今はこの足を進めろ。泣くも嘆くも、そのあとで良い。腕に抱いているあの人との幸せの形を、今は守る。
ガチャリ
壊奈の足は、凍りつくように止まる。頭ではわかっている、直ぐに走らなければ、離れなければ、早く、早く、早く…なのに、止まってしまう。嫌な足音、冷たい金属質な足音。頭が理解したくない情報を処理していく。
錆びついた人形のようにギギギ…と振り返る。
そこに……
「このような通路があったとは知らなんだが…女の足で俺からは逃げられまい」
髑髏面の鎧兜が、その双眸を獰猛に光らせて背後に立っていた。
運が悪い、通路ではあるが四方形、そこそこ広い部屋のような場所で追いつかれてしまった。
「………ッッ」
逢闇の持っている剣槍には、血が垂れていた。わかっている、あの人の血だとは限らない。だけど、立ち塞がったあの人では無く、この男が 追いついてきたということは……
泣きたい、泣いて蹲って動かなくなってしまいたい。
何も考えたくない。止まってしまいたい……
……でも…
壊奈は結を地面に立たせ、目線を合わせて言葉を紡ぐ。
「……いい?結ちゃん。お母さんね、あの人とちょっとお話ししてくるわね」
「…お母様?」
「あの人はね、私が呼んだ鬼ごっこの鬼さんなの!だから、結ちゃんが捕まっちゃう前に早く逃げて!」
「お母様は?」
震える唇を無理やり動かし、引き攣る頬を懸命に抑える。
「お母さんだって逃げるわ?あ、でも結ちゃんと一緒に走ったらお母さんが勝っちゃうかもな~」
「わ、わぁ~!」
子供の純粋さが、今はただ愛おしい。
我が子は懸命に幼い足を動かす。その背中に追いつくことは、もう二度と無いのだろう。
「いつの間にか、あんなに大きくなっちゃって」
気が付けば、逢闇が目の前まで迫っていた。
「……別れは済んだな」
「待ってくれるなんて、優しいのね」
「減らず口を叩ける余裕があるとは、驚いたな」
「……まさか。今も貴方を前にして足が震える、もう蹲って動かなくなりたいもの。それぐらい怖いわ。でも……」
壊奈は拳を握って戦う意志を見せる。
「でも、私はあの子のお母さんだもの。あの子の未来に比べれば、自分の命ごとき塵のような物よ」
追い詰められ、一人になって、我が子を逃してなお戦う姿勢を見せる壊奈に、逢闇は剣槍を振り上げ言葉を紡ぐ。
「………見事」
着いた時には、手遅れだと言うことだけが分かった。
神守は殺し尽くされ、遺体が地面を舐めている。その中に混じって、神主の姿も見られた。
「…………」
鳴神 悠斬は神守の遺体から、刀を取り上げると紐で自身と括り付ける。
確か、3つの神社には等しく地下に通ずる道があったはずだ。
「……あれ?お母様が来ない?」
不意に足を止める無垢な少女。
「……お母様?」
母の手を離れた不安か、それとも子供故の直感か。
結は来た道を引き返していく。
母と別れた四角い部屋へとたどり着くと、そこにある光景は、幼子には過酷なものだった。
口から血を垂らしながら、瞳孔の開きっぱなしになった母だったものが、髑髏面の兜の男に捕まれ持ち上げられている。
「お……母…様…?」
無垢な少女の持つ知識では、身内の死などは遠く、それ故に何が起きているのか理解が出来ない。
「……まさか巫女相手に手こずるとは…武芸に覚えのある巫女とは珍しい者と死合ったな」
持っている残骸を手放すと、ドシャリと生々しい音が響く。そして、悪鬼は気が付く。無垢なる少女が戻って来てしまったことに。
「……母の最期の嘘を、無垢故に没したのか」
悪鬼は少女に近寄る。
「………皆殺しが俺の仕事だ」
逢闇は黒銀の剣槍を振り上げると、何が起きているか分からない少女を正面に見据える。
「……せめて苦しまずに逝け」
ガギィンッ!と金属がぶつかる音が響く。
確かな事は、少女は無事で、悪鬼の前に立ち塞がる何者かが現れた事だ。
「………お前が『魔淵」か」
「……だとしたら?」
立ち塞がる男は、髑髏面を睨みつけ確かに言い放つ。
「殺す」
感情が乗っていない平坦とした声。
声の主、鳴神 悠斬は刀の鞘を持って、悪鬼の一撃を受け止めた。
「結っ!走れッ!振り返るなッ!!行けッッッ!!」
幼い少女には強すぎる言葉。だが、煽られた恐怖心は、切迫した状況下に置いて、正しい行動を選択する起爆剤になる。
悠斬の言葉に突き動かされた結は一目散にかけ出す。今度は、振り返る事も無く。
「……またか…あの幼子1人に命を賭けるとは」
「いいや違うな」
悠斬は黒銀の剣槍を弾きながら距離をとる。
「賭けたんじゃあ無い。あの子の未来に預けたのさ。それに……」
悠斬はポケットから爪楊枝をいくつか取り出すと、それを片手で握る。
「お前は俺を殺せない」
悠斬が逢闇に握っていた爪楊枝を投げつける。
ただの木の端くれで出来たような楊枝だ。全身鎧を纏う逢闇に対する攻撃力など皆無に等しい。
……筈だが。
「………ほう」
刺さった。
逢闇が針のように突き刺さった楊枝を肩から引き抜くと、話す。
「……『異能力』か…」
本来、異能力とは遺伝しない。もしそのような力が遺伝すれば、世の中は異能力者ばかりになり、異能力者が迫害されたり、差別される対象にならないだろう。
だが、神社に神守として使える名家「鳴神」は、同じ異能力が発現しやすい血筋だった。
異能力「鋭利化」
鳴神の血筋、その数十年に一度の間隔で現れる異能力は、手にした物体に対し「硬度」「切れ味」と言った武器としての属性を付与する事が出来る。
また最高出力になると、ただの物体が鉄を切れる程の武器へと変貌する。
手にしたものが離れる事で異能力は解除される……だが……
(……この感じ、鳴神家の「鋭利化」のような異能力だが……奴が投げた後の楊枝にも異能付与が継続していた……)
だが……
(……成程。俺の前に立ち塞がるは、鳴神家の神童か)
……だが、さらに数百年に一度と言う間隔で、鳴神の血筋にはこの「鋭利化」よりもさらに上を行く異能力に目覚める者が現れる。
能力自体は「鋭利化」と似ているが、その出力が半端では無い。
手にした物体に武器としての性能を付与すると言う異能は変わらないが、その最高出力は神すらも断ずる事が可能と言われている。
また、物体に一度付与した効果は、手から離れても数分程継続する。
鳴神家の中でも滅多に現れない「鋭利化」の上位互換。
全てにおいて他の「鋭利化」を凌ぐその異能を、鳴神家はこう呼んだ。
固有名『七剣八刀』と。
「……鳴神家の中でも極稀に誕生する『七剣八刀』の異能力者か……」
逢闇は黒銀の剣槍を構えると、髑髏面の兜の奥で言葉を垂らす。
「………久々だ…この血滾り肉踊る感覚は」
獰猛な双眸は神を守る天才を見据え。
覚悟宿る双眼は人を殺す天才を睨む。
「……名は?」
「鳴神 悠斬」
「……そうか」
「逆に聞こう」
「魔淵 逢闇」
「「…………」」
聞きたいことは全て聞いたと言わんばかりに、両者は言葉もなく衝突を始めた。
そして三ツ谷の地に、大勢の足音が響く。
「あの男が言うには、この地下に奴らがいるはずだ!誰も逃がすな!」
その声は、一ノ門の次男の物によく似ていた。
「お母様…お父様は?」
無垢な声が壊奈の耳に入る。
……だめだ、泣くな。あの人がそう簡単に死ぬ筈がない。
そう思いたい、なのに、嫌な予感が胸を染めて、口から弱音が吐きでてきそうになる。
やっと掴んだのに…ようやく掴んだのに…
だけど……今は。今はこの足を進めろ。泣くも嘆くも、そのあとで良い。腕に抱いているあの人との幸せの形を、今は守る。
ガチャリ
壊奈の足は、凍りつくように止まる。頭ではわかっている、直ぐに走らなければ、離れなければ、早く、早く、早く…なのに、止まってしまう。嫌な足音、冷たい金属質な足音。頭が理解したくない情報を処理していく。
錆びついた人形のようにギギギ…と振り返る。
そこに……
「このような通路があったとは知らなんだが…女の足で俺からは逃げられまい」
髑髏面の鎧兜が、その双眸を獰猛に光らせて背後に立っていた。
運が悪い、通路ではあるが四方形、そこそこ広い部屋のような場所で追いつかれてしまった。
「………ッッ」
逢闇の持っている剣槍には、血が垂れていた。わかっている、あの人の血だとは限らない。だけど、立ち塞がったあの人では無く、この男が 追いついてきたということは……
泣きたい、泣いて蹲って動かなくなってしまいたい。
何も考えたくない。止まってしまいたい……
……でも…
壊奈は結を地面に立たせ、目線を合わせて言葉を紡ぐ。
「……いい?結ちゃん。お母さんね、あの人とちょっとお話ししてくるわね」
「…お母様?」
「あの人はね、私が呼んだ鬼ごっこの鬼さんなの!だから、結ちゃんが捕まっちゃう前に早く逃げて!」
「お母様は?」
震える唇を無理やり動かし、引き攣る頬を懸命に抑える。
「お母さんだって逃げるわ?あ、でも結ちゃんと一緒に走ったらお母さんが勝っちゃうかもな~」
「わ、わぁ~!」
子供の純粋さが、今はただ愛おしい。
我が子は懸命に幼い足を動かす。その背中に追いつくことは、もう二度と無いのだろう。
「いつの間にか、あんなに大きくなっちゃって」
気が付けば、逢闇が目の前まで迫っていた。
「……別れは済んだな」
「待ってくれるなんて、優しいのね」
「減らず口を叩ける余裕があるとは、驚いたな」
「……まさか。今も貴方を前にして足が震える、もう蹲って動かなくなりたいもの。それぐらい怖いわ。でも……」
壊奈は拳を握って戦う意志を見せる。
「でも、私はあの子のお母さんだもの。あの子の未来に比べれば、自分の命ごとき塵のような物よ」
追い詰められ、一人になって、我が子を逃してなお戦う姿勢を見せる壊奈に、逢闇は剣槍を振り上げ言葉を紡ぐ。
「………見事」
着いた時には、手遅れだと言うことだけが分かった。
神守は殺し尽くされ、遺体が地面を舐めている。その中に混じって、神主の姿も見られた。
「…………」
鳴神 悠斬は神守の遺体から、刀を取り上げると紐で自身と括り付ける。
確か、3つの神社には等しく地下に通ずる道があったはずだ。
「……あれ?お母様が来ない?」
不意に足を止める無垢な少女。
「……お母様?」
母の手を離れた不安か、それとも子供故の直感か。
結は来た道を引き返していく。
母と別れた四角い部屋へとたどり着くと、そこにある光景は、幼子には過酷なものだった。
口から血を垂らしながら、瞳孔の開きっぱなしになった母だったものが、髑髏面の兜の男に捕まれ持ち上げられている。
「お……母…様…?」
無垢な少女の持つ知識では、身内の死などは遠く、それ故に何が起きているのか理解が出来ない。
「……まさか巫女相手に手こずるとは…武芸に覚えのある巫女とは珍しい者と死合ったな」
持っている残骸を手放すと、ドシャリと生々しい音が響く。そして、悪鬼は気が付く。無垢なる少女が戻って来てしまったことに。
「……母の最期の嘘を、無垢故に没したのか」
悪鬼は少女に近寄る。
「………皆殺しが俺の仕事だ」
逢闇は黒銀の剣槍を振り上げると、何が起きているか分からない少女を正面に見据える。
「……せめて苦しまずに逝け」
ガギィンッ!と金属がぶつかる音が響く。
確かな事は、少女は無事で、悪鬼の前に立ち塞がる何者かが現れた事だ。
「………お前が『魔淵」か」
「……だとしたら?」
立ち塞がる男は、髑髏面を睨みつけ確かに言い放つ。
「殺す」
感情が乗っていない平坦とした声。
声の主、鳴神 悠斬は刀の鞘を持って、悪鬼の一撃を受け止めた。
「結っ!走れッ!振り返るなッ!!行けッッッ!!」
幼い少女には強すぎる言葉。だが、煽られた恐怖心は、切迫した状況下に置いて、正しい行動を選択する起爆剤になる。
悠斬の言葉に突き動かされた結は一目散にかけ出す。今度は、振り返る事も無く。
「……またか…あの幼子1人に命を賭けるとは」
「いいや違うな」
悠斬は黒銀の剣槍を弾きながら距離をとる。
「賭けたんじゃあ無い。あの子の未来に預けたのさ。それに……」
悠斬はポケットから爪楊枝をいくつか取り出すと、それを片手で握る。
「お前は俺を殺せない」
悠斬が逢闇に握っていた爪楊枝を投げつける。
ただの木の端くれで出来たような楊枝だ。全身鎧を纏う逢闇に対する攻撃力など皆無に等しい。
……筈だが。
「………ほう」
刺さった。
逢闇が針のように突き刺さった楊枝を肩から引き抜くと、話す。
「……『異能力』か…」
本来、異能力とは遺伝しない。もしそのような力が遺伝すれば、世の中は異能力者ばかりになり、異能力者が迫害されたり、差別される対象にならないだろう。
だが、神社に神守として使える名家「鳴神」は、同じ異能力が発現しやすい血筋だった。
異能力「鋭利化」
鳴神の血筋、その数十年に一度の間隔で現れる異能力は、手にした物体に対し「硬度」「切れ味」と言った武器としての属性を付与する事が出来る。
また最高出力になると、ただの物体が鉄を切れる程の武器へと変貌する。
手にしたものが離れる事で異能力は解除される……だが……
(……この感じ、鳴神家の「鋭利化」のような異能力だが……奴が投げた後の楊枝にも異能付与が継続していた……)
だが……
(……成程。俺の前に立ち塞がるは、鳴神家の神童か)
……だが、さらに数百年に一度と言う間隔で、鳴神の血筋にはこの「鋭利化」よりもさらに上を行く異能力に目覚める者が現れる。
能力自体は「鋭利化」と似ているが、その出力が半端では無い。
手にした物体に武器としての性能を付与すると言う異能は変わらないが、その最高出力は神すらも断ずる事が可能と言われている。
また、物体に一度付与した効果は、手から離れても数分程継続する。
鳴神家の中でも滅多に現れない「鋭利化」の上位互換。
全てにおいて他の「鋭利化」を凌ぐその異能を、鳴神家はこう呼んだ。
固有名『七剣八刀』と。
「……鳴神家の中でも極稀に誕生する『七剣八刀』の異能力者か……」
逢闇は黒銀の剣槍を構えると、髑髏面の兜の奥で言葉を垂らす。
「………久々だ…この血滾り肉踊る感覚は」
獰猛な双眸は神を守る天才を見据え。
覚悟宿る双眼は人を殺す天才を睨む。
「……名は?」
「鳴神 悠斬」
「……そうか」
「逆に聞こう」
「魔淵 逢闇」
「「…………」」
聞きたいことは全て聞いたと言わんばかりに、両者は言葉もなく衝突を始めた。
そして三ツ谷の地に、大勢の足音が響く。
「あの男が言うには、この地下に奴らがいるはずだ!誰も逃がすな!」
その声は、一ノ門の次男の物によく似ていた。
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