神様の仰せのままに

幽零

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穢れし過去編

52話

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三大神社。神々の怨敵である『穢れ』から、神々を守る役職を果たしている。

その絶対的象徴。

それが一ノ門大社。その後に続くのが二ヶ宮と三ツ谷になる。

血統を重視し、世襲のような形で権力を担っている神社は当然のように一番上の一ノ門が肥大していく。



だが、それは神社の権力者たちに限った話であって、神守たちの話では無い。


無論三大神社に仕える事が出来れば、あっという間にのし上がれるだろう。




支部やその他の神社の神守はたいてい三大神社を眺めることもなくその役目を終えていく。三大神社に仕えることができるのは、決められた家系の神守だけだ。

私の家……彼島ヒジマ家の人間は代々神社に『穢祓い』を選出していた。暗部や他の神守が嫌がる仕事を押し付けられ、使い潰される。そう思っていた。







「ぎゃぁぁぁぁッッ!!」

巫女装束に身を包んだ女性がバタバタと逃げている。背後からは、四つん這いの状態で追いかけてくる穢れた神。

「も、もう無理ぃぃぃぃぃッッ!!」

「アハハ。もう少し頑張ってください姉上。ついてきたのは貴女でしょう?」

こっちこっちと手を振る男。

「ちょっとぉッ!離れないでって!ゴール遠ざかってるでしょうがぁぁあぁッッ!」

紳士的に笑っていた男は、後歩きの要領で、穢れた神とほぼ同速で遠ざかっていた。

「姉上~、ほ~ら姉上~?愚弟はここにいますよ~?」

糸のような目をさらに細めて、森の中を後ろ向きで走る男。

「も、もう…無理……」

ずっと全速力で走っていたのか、口からよだれを垂らして呼吸も荒くなっている巫女装束の女性は、ばたりとその場で倒れかける…が、いつの間にか後ろ走りしていた男が、近寄ってその体を受け止めた。

「いやぁ、姉上~お見事。愚弟はこの通り捕まってしまいましたね」

「ちょっ、それよりあっち!穢れた神が……っ」




四つん這いになっていた穢れた神が彼らに追い付こうとした瞬間、木の上から大量の枝が落ちてくる。

ただの木の枝。その筈だが、なんとそれらは鋭い刃物のように穢れた神の背中に刺さる。痛みに耐えかねたのか、一瞬怯んだ神の上に、少し長めの木の棒を持った男が飛び降りた。

その男は、手にした棒を穢れた神の首めがけて撫でるように振り抜く。すると穢れた神の首がどしゃりとそのまま地に落ちた。

トドメを刺した事を確信したその男は、ヒョイと神の背から飛び降りると、木の棒を捨てて話し始める。


「おーいー、自分の姉貴だろ?あんまり虐めてやるなって」

「ハハハ、虐めてなんていませんよ。これは姉弟のスキンシップですよ。ねぇ姉上」

「おま……ゼェ…ふざ、ふざけっ…ゴホッ、ふざけんじゃ無いわ…よ…ゲホゲホ」

巫女装束の女性は、男の腕にもたれかかってゼェゼェと肩で息をする。

「あのねぇ!……ゲホゲホっ…貴方自分の姉に対する敬意とか無いわけ…?ゲホッ…ねぇ、破狩?」

「いやいや、こんな愚弟のことをいつも気にかけて下さり、尊敬の念しか湧いてきませんよ?『壊奈エナ』姉上」

「あ・の・なー、破狩。こんなんでも三ツ谷の神主の奥様だぞ?あんまり揶揄ってると痛い目見ると思うけどなぁー?」

そう言った男を壊奈はギロリと横目で見る。

「……悪かったわね…

「あ」

「君の方こそ私の姉上に対する尊敬がないのでは?鳴神ナルカミさん」

鳴神と呼ばれた男は、気まずそうに明後日の方向を見る。

「か、帰りましょうか~…」

「おい待て、誤魔化しが効くと思ってんじゃ無いわよね?『鳴神 悠斬ハルキリ』」

「まー、まー、まー。あ、いやぁほら幼い結ちゃんがお母さんの帰りを待ってるんじゃ無いかなぁ~って…」

「あ!そうだったわ!待っててねー!結ちゃ~ん!!」

壊奈はパッと表情を変えると、そのまま全速力で帰っていく。

「………チョロい」

「我が姉ながら、親バカですね」










三ツ谷神社では、武神である盾岩を中心に、日々穢れた神への対策を練っている。

「あなたー!今帰ったわよー!」

襖を開けるなり、まだ若い三ツ谷の神主めがけて抱きつく壊奈。

「おぉ、今帰ったドゥエッッ!!?」

思いっきり飛び込んできた為、座っていた神主はそのまま仰向けで倒れる。

「あ!お母様ッ!」

「結ちゃんもただいまー!!!」

神主に飛びついたままの姿勢で、結と呼ばれた少女もそのまま抱き寄せる壊奈。



その様子を鳴神と破狩は遠巻きに眺めていた。

「……随分幸せそうだな、壊奈さん」

「まぁ、こんな風に幸せな家族を作れるなんて、私も姉上も、あの頃は微塵も思っていませんでしたからね……私も、あの義兄殿には頭が上がりませんよ」

「……そうか」




長い事、底辺に近い立ち位置であった彼島家は、代々『穢祓い』という汚れ役を背負わされてきた。だが、彼島家の娘である壊奈が現在の三ツ谷神主に見初められ、嫁いだ事によって、その地位は遥かに回復していた。また、『穢祓い』として扱われる筈だった破狩は、三ツ谷の神守見習いとして今ここにいる。つまりは浪人扱いだ。





「それより鳴神さん。貴方こそこんな場所で油を売っている時間はあるのですか?代々一ノ門の序列上位に入る優秀な神守を派出しているような名家の嫡子様が、三ツ谷と絡んでいては、小言を言われるのでは?」

言われた鳴神は少し、歯切れ悪く続けた。

「……ま、確かにそうなんだが…優秀な弟がいてな。俺よりも冷静で、家を継ぐならアイツが適任だと俺は思ってるんだが……」

「……あの鳴神家の中でも神童と言われ、『異能力』持ちの貴方を、どうしても当主にしたい…という訳ですか」

「まぁな、その方が家にも箔がつく。だが俺が家を継いだら、弟はどうなる。俺の召使いか?使用人か?家の小間使いか?巫山戯んじゃねぇ……」




鳴神家の中でも、神童と言わしめるほどの天才。それに加え異能力持ち。だが、そんな彼は自分の事を「家を継ぐに相応しくない」と言い、弟に家を継がせようとしている。だが、鳴神家の現当主は、鳴神 悠斬を当主にする事で、家名を更に上げようとしていた。そんな家柄の軋轢で、悠斬本人は一ノ門にも二ヶ宮にもつかず、所在不明のままこっそり三ツ谷で活動し、その報告だけをしているような形である。こんな事が許されているのは、鳴神家の嫡子と言う肩書きの他に、実際本人が優秀だからだろう。



代々一ノ門に仕える神守を派出している名家が、三ツ谷と一緒にいる。隠してはいるが、その事実が彼なりの、鳴神家に対する反抗なのだろう。




そんな話をしていると、壊奈から二人に声がかかる。

「破狩~、鳴神~。夕飯食べていくでしょう~?」

「えぇ、すぐ行きますよ姉上」

「お~、俺もご馳走になって良いんですかー。じゃあ風呂と寝床も~」

「調子乗るんじゃねぇわよ」


三ツ谷神主と姉の結婚は、当時周囲から猛烈に反対されたようだ。だが、神主はそれを押し切って姉と結婚した。

それが、正しいのか正しくないのかは、姉の笑顔が物語っているだろう。



(願わくば……この平穏が、いつまでも続いて欲しいものですね)



空は、月が上り始めていた。




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