上 下
8 / 15
異世界へ

#8 地獄の使い

しおりを挟む

「こ、この音楽は……!」

 エリシャの様子がおかしい。頭を抱えて踞り、先程までの気丈さからはかけ離れた怖がりようだ。まるでトラウマを引きずり出されたのかのような……そんな風にも見える。
 まさかこいつらが虐殺の真犯人だと言うのか? あの兵隊はここを出るときにすれ違ったが、俺には何もしてこなかったぞ?

『この状況を鑑みるに、マスターは私と一体化しているから助かったのではないかと思われます』

 つまりあいつらは、人間を攻撃するってことか?

『いえ、それは一概に言えることではありません。現に彼らは私たちのことも攻撃するつもりのようです』

 俺が望遠機能で兵隊たちを観測すると、彼らの武器の中にアンチメタルライフルがある。あんなものを食らったら俺の体は溶けて無くなってしまうだろう。エリシャに当たれば言わずもがなである。
 小さな兵隊たちが俺たちを囲むような陣形を構築する。三方を囲まれた。
 これは死ぬな。俺はそう直感した。アンチメタルライフルが構築された陣形を割って、にゅっと突き出した。
 アンチメタルライフルは対戦車戦を前提に設計されたライフルだ。その名の通り、複合金属の障壁をものともせず貫通することが出来るとんでもない兵器だ。幸い、その威力の大きさに比例してライフルも巨大なので、照準するのには時間がかかる。ましてやそれを扱うのは小人サイズの兵隊たちだから、更にかかることは言うまでもない。
 豹の姿に戻った俺は照準の隙を突いてエリシャを背中に無理やり乗せると、全速力で逃げ出した。
 その直後、俺のいた場所が消し飛んだ。後から熱風が叩きつけられ、俺の体が揺らぐ。
 今のは本気で危なかった。もう少し遅れていたら死んでいたな。幸い避けられたが、次もまた避けられるかはわからない。
 更に陣形を割って、二つのアンチメタルライフルが出てきた。
 広場を疾駆し、懸命に距離をとる。しかし、それは叶わない。俺が行こうとしているところには既に兵隊たちが展開していて、手に持つ銃剣で発砲してきた。
 鬱陶しい奴らだ。銃剣程度では俺のナノマシンの皮膚を通すことは出来ないが、流れ弾がエリシャに当たるかもしれない。
 俺はエリシャを体内に取り込み、銃弾から身を守ることにした。その方が動きやすくもなる。
 反転し、兵隊からも距離を取った。広場を大量の銃弾が飛び交い、俺の体にも被弾する。俺はささやかな反撃として、体内に潜り込んだ弾丸を兵隊たちに飛ばしてやった。
 被弾した兵隊たちは体を真っ二つにされながら飛んでいった。

『マスター! 来ます!』

 俺は体を傾けて、殆ど倒れる形で今いる場所から離れた。するとそこにアンチメタルライフルの弾道が三つも重なり、俺のいた場所を薙いだ。

「…………」

『逃げた方がよろしいかと……』

「俺も同じことを思っていた」

 俺は脱兎の如く駆け出した。反撃もせず、完全に逃げに徹する。この速度には兵隊たちも追い付かない。後ろに聞こえる銃声を無視して元来た階段を駆け上がり、出口から飛び出した。
 お陰で視界が突然の光量で真っ白に埋まった。俺は回復する暇すら惜しいと止まらなかった。安全のためにもう少し距離をとったほうがいい。奴らが追跡しないとも限らない。俺は用心のためにもう少しダンジョンから少し離れた森に行くことにした。
 腰を落ち着けるところまで来ると、俺は体内からエリシャを出した。エリシャは落ち着きを取り戻し、幾つかの遺品を力強く握りしめている。

「大丈夫か?」

「少し落ち着いたわ」

「あいつらがエリシャの部下を殺した犯人か?」

「……そうよ。思い出したわ。あのときもあいつらはあの音楽を鳴らしながら行進してきて……私たちを無言で撃ったの」

「ダンジョンってのはここまで恐ろしいもんなんだな。でも、何で危ないってわかってる所に足を踏み入れたんだよ?」

 わかってたはずだ、と俺はエリシャに聞いた。エリシャは至極当然と言う顔をして、

「だって、そこから手に入る技術が欲しいからよ」

 決まってるじゃない、と忌々しげに言った。
 皮肉が効いてるなあ。エリシャは国の兵士であり、それも末端の部隊長だ。死ぬ確率が非常に高く、代えも利く。そのための捨て石なのだろう。
 俺は、何かを手に入れるためには、代わりのものを犠牲にしなくてはならない、という言葉が頭に浮かんだ。普段は納得してしまいそうになるこの文句も、現状を見せつけられると、疑問が浮かぶ。末端兵士たちも立派な人間だ。末端だから死んでもいい何てことにはならない。しかし、それは誰しもが一度は考える虚構なのだ。実際は犠牲にしなくてはならない。
 俺は慰めるべき言葉を思い付かなかった。

「技術か……」

 確かにあのダンジョンに眠るであろう技術は、俺の予想が正しければさぞかし強力なものだ。それを手に入れれば、他国へ軍事力でも医療面でも有利に立てること請け合いである。
 
「軍ってことは駐屯地へ帰るのか?」

「ええ、せめて報告の義務くらいは果たさないとね。それとネモには付いてきてもらうわ。一応、ダンジョンの技術であることには変わりないし」

 エリシャの目には決意の火が点っていた。
 それもそうだ。俺はダンジョンで目覚めた。エリシャたちからしてみれば貴重な技術である。命を睹した偵察で入手してきました、とか言って俺を差し出せば勲章でも貰えるかもしれない。
 エリシャを助けるという意味合いでも付いていくのはありだな。

「でも、その前にその格好をどうにかしたいな」

 俺はエリシャのあられもない格好に目を落とした。ナノマシン製胸当てに、ナノマシン製腰巻き。もはやくっついていると形容してもいい具合だ。

「そ、そうね。この格好では何処にも行けないわ」

 顔を赤らめてエリシャは胸当てをつつく。どうにかいい案がないものか。
 服……か。果たしてナノマシンで作れるか? 細かい造形に拘らなければ簡単な服くらいならば作れるかもしれない。

「服の方は何とかなるかもしれない」

 試しに俺はエリシャからナノマシン製胸当てを呼び出し、薄く広がるように命令を出す。その間エリシャが上半身裸になってしまったが、我慢して貰った。
 ナノマシンは髪の毛ほどの厚さで胸部を十分覆える大きさになった。これを少々加工し、服に仕立てていく。
 それが終わると次は腰巻きを呼び出し、同じように薄く広げていった。
 エリシャが顔を赤らめて胸と股を隠している。どうせ、この森には俺たちしかいないのだから、恥ずかしがることはないのに。まあ、わからなくもないけどね。
 広げたナノマシンを裁断し繋げて俺はズボンを作った。色とかもつけられたが、ここは無難に紺色にしておこう。
 作り終えた服に着替えたエリシャは軽く動いてその着心地を確かめる。

「中々悪くないわね。ネモは凄いわ。何でも出来るのね」

「何でもは出来ない。現に俺は自分の名前すら忘れている」

「ありがとうネモ。まだちゃんとお礼を言っていなかったわね」

「気にしなくていい。どうせ助けるのなら最後まで助けるのが道理だからな」

「じゃあ行きましょう」

 こうして俺とエリシャは、エリシャの案内で軍が駐留している森を抜けたところへ行くことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

処理中です...