北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
113 / 406
第二部 ピアノとヴァイオリン

渚さんの言葉

しおりを挟む

「コンクールで採点者に評価される音とリサイタルで観客に感動を与える音は全く違うモノよ」
渚さんはそう言うと僕が弾いているピアノの鍵盤に視線を落とした。

「それは何となく分かる」

「はっきり言って今亮平に必要なのは技術。でもそれはもう充分あるわ。音の粒も綺麗に出とうし、何よりも音に力がある。これは凄い事やねんなぁ」
軽く鍵盤を撫でるように指先を滑らせながら渚さんは言った。

「はぁ」
そう言われたものの僕にはあまりピンと来ていなかった。
確かに音の粒は綺麗だと自分でも思うが、はなからそんなもんだろうと思っていたから、今更言われても……というのが本音だった。

「そう、これからコンクールに出て行く亮平にはそこをもっと極めてもらいたいんやけど、気持ちが他に行きかけとうからねえ……」

「他にって?」

「そうやねえ……一音一音を大事にしたい。音の粒を更に綺麗に磨きたい。テクニックより全体的な雰囲気とか完成度を重視したいとか……要するにもうコンクールで勝負しなくていい人間の感覚になっとうような気がするんやけど?どうなん?」

「はぁ……それは否定せえへんけど……本当にコンクールは興味ないから」
僕は正直に渚さんに答えた。

 今の僕に大事な事は、その場で一番いい音を奏でる事だった。それはピアノが教えてくれる。
僕はその音を忠実に再現するだけだった。
だからピアノが欲しい音が必ずしも超絶技巧に繋がるとは限らなかった。

「そう、音の粒に自我が乗ってきているんよねぇ。それって本当は良い事なんやけどね。亮平だから弾ける音なんやから……」
渚さんはそう呟くと
「だよねえ……だからねえ……日本にいる意味が無いんだよねえ……」
と続けて言った。

「え?」

「いや何でもないわ。それよりも伊能先生に聞いたけど、あんたこの一年で本当に音が成熟したみたいね」
渚さんは首を振ると話題を変えた。

「そうみたい……先生にそう言われたし」

「他人事みたいに……、先生曰く『まるで夏休み明けの二学期に会ったらマセガキになっていた高校生みたいな』……って、あんた高校になってから何かあったん?」
渚さんは笑いながらそう言った。

「いや、別に……なんもないけど」

「ふ~ん。もう宏美ちゃんとやったとか?」

「ぶ!! 何をいいだすんや。まだなんもしてへん」
渚さんの目つきがいやらしい……。
じっと僕の目を見ていたかと思と
「なんや、まだかぁ……そうなのかぁ。根性なしやな」
渚さんは本当に残念そうに呟いていた。

 まさかこんなツッコミがあるとは予想していなかったので、僕はどう反論して良いのか分からなかった。
「案外、奥手なんやね。あるいは真面目なんかな?」
渚さんは悪戯っぽく笑って言った。

「まだ、その話を続けるかぁ?」

「だってぇ、男の子ってこれぐらいの歳の時ってそんな事ばっかり考えてんのとちゃうの?」
ハッキリ言って渚さんの言う通りかもしれない。でもそれ以上に頭の中はピアノの事が占めていた。

「知らんわ、そんなん……」
 僕は子ども扱いされるのが嫌だったが、こんな事で大人ぶるのも気が引けた。
特にここでつまらんネタを振ってしまったら、後で宏美や冴子にどんな形で伝わるか分かったものではないと思ったので余計な事は言わない様に我慢した。

 しかしなんだか言われ放題で癪だった。

「まあ、今の亮平の場合は頭ン中はピアノしかないか……今は自分の音探しでも良いかぁ……」

僕はそれを黙って聞いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

夫が大人しめの男爵令嬢と不倫していました

hana
恋愛
「ノア。お前とは離婚させてもらう」 パーティー会場で叫んだ夫アレンに、私は冷徹に言葉を返す。 「それはこちらのセリフです。あなたを只今から断罪致します」

さっさと離婚したらどうですか?

杉本凪咲
恋愛
完璧な私を疎んだ妹は、ある日私を階段から突き落とした。 しかしそれが転機となり、私に幸運が舞い込んでくる……

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

でしたら私も愛人をつくります

杉本凪咲
恋愛
夫は愛人を作ると宣言した。 幼少期からされている、根も葉もない私の噂を信じたためであった。 噂は嘘だと否定するも、夫の意見は変わらず……

処理中です...