70 / 406
クリスマスの頃の物語
克哉
しおりを挟む
余りにもすっきりと全てをそぎ落としたような潔さで仁美さんは事実のみを語った。
その潔さに彼女がどれほど苦しんで、今に辿り着いたのかが見えたような気がした。
「取り残されるって昔から好きじゃなかったけど、本当に酷いと思ったわ」
「彼氏だったんですか?」
宏美が迷いながらも仁美さんに聞いた。
「ううん。彼氏では無かった……彼氏になったかもしれない人ではあったけど」
仁美さんはそう言うとグラスを見つめて何かを考えているようだった。
僕も宏美もどう反応して良いのか分からずに黙って仁美さんを見ていた。
「クリスマスやったかぁ……」
オフクロが自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「うん。クリスマスやった。その日は私と克っちゃんと安ちゃんでこの店で待ち合わせしとってんなぁ」
仁美さんが一つ一つの言葉を選ぶようにゆっくりと思い出を言葉にしていった。
「そうやったな。そん時はこの店、安ちゃんのオヤジさんがやってたもんなぁ」
オヤジが思い出したように言った。
「ああ、そうや、いつもここでみんな待ち合わせしとったからな」
安藤さんも記憶を確かめるに何度も頷いていた。
オヤジ達はまるで今の僕たちの様に、この店を待ち合わせ場所に使っていたらしい。
「バイトを早めに切り上げて単車でここに向かう途中に克っちゃんは事故った」
と仁美さんが話し出すと、その言葉を受けて安藤さんが話を繋いだ。
「その後、直ぐに俺がそこを通りかかった時はまだ救急車に乗せられる前やった」
その声を聞いて仁美さんは顔を上げて安藤さんを見た。
「交差点の角にあいつのZ2(ゼッツー)が横たわっていたんで驚いて単車止めて見に行ったんや」
偶然、安藤さんも同じ道を単車で走っていた様だ。
「そん時、克哉は歩道に座り込んで苦しそうやった。けど意識はしっかりしててんけどなぁ……『どないしてん?』って聞いたら『飛び出して来た猫を避け損ねた』って悔しそうに言うとったわ。頭からも血ぃ流していたし……あいつヘルメットはドカヘルやったやん。いつも頭の後ろに乗っけているだけや。あんなもん被ってないのと一緒やからな……雪もぱらついていたから滑ったんやな。交差点の真ん中で猫が飛び出して来たみたいでそれを避けようと単車を寝かしたらそのまま滑って吹っ飛んだみたいや。で、停まっていた車の下に頭から潜り込むように単車ごといってもうたようや」
安藤さんがゆっくりとその時の事を語る。
こんな辛そうに話をする安藤さんを見るのは初めてだった。
「担架にあいつが乗せられた時、俺も一緒に救急車に乗ってんけど……その時に『仁美に絶対に怒られるな。約束破ったって……後は頼むな……仁美のこと……宜しゅう言うといてな』って言って意識無くした。それが最後の台詞や」
仁美さんはグラスをじっと見つめていた。
オフクロもカウンターを黙って見つめていた。
「今でも思うで、あいつが生きていたらと……いつまでもそんな事、思ったらアカンのやろうけど」
安藤さんはそう呟くとカウンターに置いてあったCCのボトルを取ると、グラスに半分ぐらい注いで一気に飲んだ。
「ふぅ、この時期なると思い出すな。だからクリスマスに逝った……約束を破りよった克哉に見せしめのためにも毎年ここでクリスマスパーティを開いてやるんや」
というと
「ふん!」
と言って鼻で笑った。
「そうや、あの勝手に先に逝ったバカへの嫌がらせで毎年ここに集まるんや」
と仁美さんもシンガポールスリングを一気に飲んで言った。
その潔さに彼女がどれほど苦しんで、今に辿り着いたのかが見えたような気がした。
「取り残されるって昔から好きじゃなかったけど、本当に酷いと思ったわ」
「彼氏だったんですか?」
宏美が迷いながらも仁美さんに聞いた。
「ううん。彼氏では無かった……彼氏になったかもしれない人ではあったけど」
仁美さんはそう言うとグラスを見つめて何かを考えているようだった。
僕も宏美もどう反応して良いのか分からずに黙って仁美さんを見ていた。
「クリスマスやったかぁ……」
オフクロが自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「うん。クリスマスやった。その日は私と克っちゃんと安ちゃんでこの店で待ち合わせしとってんなぁ」
仁美さんが一つ一つの言葉を選ぶようにゆっくりと思い出を言葉にしていった。
「そうやったな。そん時はこの店、安ちゃんのオヤジさんがやってたもんなぁ」
オヤジが思い出したように言った。
「ああ、そうや、いつもここでみんな待ち合わせしとったからな」
安藤さんも記憶を確かめるに何度も頷いていた。
オヤジ達はまるで今の僕たちの様に、この店を待ち合わせ場所に使っていたらしい。
「バイトを早めに切り上げて単車でここに向かう途中に克っちゃんは事故った」
と仁美さんが話し出すと、その言葉を受けて安藤さんが話を繋いだ。
「その後、直ぐに俺がそこを通りかかった時はまだ救急車に乗せられる前やった」
その声を聞いて仁美さんは顔を上げて安藤さんを見た。
「交差点の角にあいつのZ2(ゼッツー)が横たわっていたんで驚いて単車止めて見に行ったんや」
偶然、安藤さんも同じ道を単車で走っていた様だ。
「そん時、克哉は歩道に座り込んで苦しそうやった。けど意識はしっかりしててんけどなぁ……『どないしてん?』って聞いたら『飛び出して来た猫を避け損ねた』って悔しそうに言うとったわ。頭からも血ぃ流していたし……あいつヘルメットはドカヘルやったやん。いつも頭の後ろに乗っけているだけや。あんなもん被ってないのと一緒やからな……雪もぱらついていたから滑ったんやな。交差点の真ん中で猫が飛び出して来たみたいでそれを避けようと単車を寝かしたらそのまま滑って吹っ飛んだみたいや。で、停まっていた車の下に頭から潜り込むように単車ごといってもうたようや」
安藤さんがゆっくりとその時の事を語る。
こんな辛そうに話をする安藤さんを見るのは初めてだった。
「担架にあいつが乗せられた時、俺も一緒に救急車に乗ってんけど……その時に『仁美に絶対に怒られるな。約束破ったって……後は頼むな……仁美のこと……宜しゅう言うといてな』って言って意識無くした。それが最後の台詞や」
仁美さんはグラスをじっと見つめていた。
オフクロもカウンターを黙って見つめていた。
「今でも思うで、あいつが生きていたらと……いつまでもそんな事、思ったらアカンのやろうけど」
安藤さんはそう呟くとカウンターに置いてあったCCのボトルを取ると、グラスに半分ぐらい注いで一気に飲んだ。
「ふぅ、この時期なると思い出すな。だからクリスマスに逝った……約束を破りよった克哉に見せしめのためにも毎年ここでクリスマスパーティを開いてやるんや」
というと
「ふん!」
と言って鼻で笑った。
「そうや、あの勝手に先に逝ったバカへの嫌がらせで毎年ここに集まるんや」
と仁美さんもシンガポールスリングを一気に飲んで言った。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
時戻りのカノン
臣桜
恋愛
将来有望なピアニストだった花音は、世界的なコンクールを前にして事故に遭い、ピアニストとしての人生を諦めてしまった。地元で平凡な会社員として働いていた彼女は、事故からすれ違ってしまった祖母をも喪ってしまう。後悔にさいなまれる花音のもとに、祖母からの手紙が届く。手紙には、自宅にある練習室室Cのピアノを弾けば、女の子の霊が力を貸してくれるかもしれないとあった。やり直したいと思った花音は、トラウマを克服してピアノを弾き過去に戻る。やり直しの人生で秀真という男性に会い、恋をするが――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?
鈴木トモヒロ
ライト文芸
実際にTVに出た人を見て、小説を書こうと思いました。
60代の男性。
愛した人は、若く病で亡くなったそうだ。
それ以降、その1人の女性だけを愛して時を過ごす。
その姿に少し感動し、光を当てたかった。
純粋に1人の女性を愛し続ける男性を少なからず私は知っています。
また、結婚したくても出来なかった男性の話も聞いたことがあります。
フィクションとして
「40歳を過ぎても女性の手を繋いだことのない男性を私が守るのですか!?」を書いてみたいと思いました。
若い女性を主人公に、男性とは違う視点を想像しながら文章を書いてみたいと思います。
どんなストーリーになるかは...
わたしも楽しみなところです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる