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うにおいくら

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クリスマスの頃の物語

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「もうすぐクリスマスやね」
宏美がクリスマスソングが鳴り響く商店街のアーケードを見上げて言った。

 見上げたその視線の先を追いかけて見ると、これ見よがしに天井からぶら下がった大きな看板がクリスマス商戦に掛けるこの商店街の気合と意気込みを見事に映し出していた。

「あぁそうかぁ、もうそんな時期なんやのぉ」
と僕は喉に何か引っかかったような声で応えた。
知らぬ間に喉が渇ききっていたようだ。

「なんか、オッサン臭い言い方やね」
と宏美は笑って言った。
 彼女はこういう時はいつも笑って言う。真顔で言われたらカチンとくるセリフも宏美はこうやっていつも悪戯っぽく笑って言う。それにこの場合は確かにしわがれた声だった。間違ってはいない。

 僕は宏美のこの笑顔が大好きだ。なんだか気持ちがほっこりする。
どんなに憎たらしい事を言われてもこの笑顔だけで許せてしまう。それがたとえ悪魔の微笑だったとしても。

「そうかぁ……オッサン臭いかぁ……って普通やろ?」
僕は敢えて普通である事を主張してみた。それは無駄な抵抗だったが……。

「ううん。疲れ果てたサラリーマンが我に返って今がクリスマスシーズンである事を思い出した……みたいな」
宏美は首を横に振り瞳をくりくりさせて僕の顔を覗き込むように言った。

「そんなに疲れ果てていたかぁ?」

「うん。良い感じで黄昏感が出ていたよ」

「ええ? 良い感じって意味分からんぞぉ」

「うそ、うそ。黄昏るにはまだ早いでしょ」
 そう言うと宏美は僕に腕を組んできてそのまま手を繋いだ。
まだ人前で手をつなぐの恥ずかしい。

 女の子と手を繋いで歩くのに慣れていないので、どうしても人目が気になってしまう。
思わず学校の知り合いがいないか周りを確認してしまう。ああ、なんて小心者なんだ。

 そんな事にお構いなく宏美は
「一緒に歩く時は左側が良いな」
とか言ってくる。
僕はどちらでも良いのだが彼女にはその拘りがあるようだ。

 僕は人目と寒さに耐えられずに両手をタッフルコートのポケットに宏美の手を握ったまま突っ込んだ。

「あったかぁい」
宏美は僕の目を覗き込むように見上げて笑った。

 ああ、ダメだ。この笑顔には勝てない。長年一緒に居たから見慣れているはずなのにダメだ。
恋愛は人の目もおかしくするようだ。

 でも本当に不思議だ。友達の時の宏美も彼女になってからの宏美も同じ宏美なのに全然違って見える。
これが人生がばら色に見えるという事なんだろうか?

 そんな幸せな僕の気持ちを一瞬にして粉砕するように
「おい、そこの世間知らずの若人よ。こんな時間から人前でいちゃつくとは不謹慎なやっちゃな」
と今一番聞きたくない声が鼓膜にへばり付くように響いた……振り向かなくても判る。この声の主は僕のオヤジだ。
 
 そのまま無視しようとも思ったが宏美が先に振り向いて
「あっ! こんにちは」
と恥ずかしげもなく明るい声で挨拶をしていた。
「はい、こんにちは」
と予想に反して聞こえた声は女性だった。

 僕は慌てて振り向いた。
そこにはオヤジと仁美さんが居た。
コート姿の補導員にセンター街で呼び止められた高校生のように、僕たちは人の流れの中で突っ立ていた。いや、傍から見たらそれ以外には見えないだろう。

 オヤジは良いおもちゃを見つけた子供のような顔で笑って歩き出した。
それにつられて僕達も歩き出した。まるで補導員に捕まってしまった高校生の様に……いや、デート中にオヤジに捕まるぐらいなら補導員に捕まった方がマシなような気がする。

「買い物中?」
歩きながら仁美さんは慈母のような温かいまなざしで聞いてきた。
「はい……って言っても何を買うかも決めてないんですけど」
宏美は屈託なく笑いながら応えた。

 もう仁美さんと宏美の間では、僕たちがデートしているのは何の違和感もない普通の日常という感覚なんだというのが分かった。それに比べて僕とオヤジは相変わらず身構えているような気がする。
 
 男って幾つになってもそんなもんか? オヤジの耳を引っ張って路地裏に連れて行って小一時間ほど聞きたくなったが、そんな事をしたらいくらオヤジでも鉄拳制裁ぐらいは僕に喰らわしてきそうなので想像だけにしておいてやった。

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