北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
324 / 406
ヴォーカリストとギタリスト

部活にて

しおりを挟む
 その日の放課後、今度は部活で音楽室に向かった。
ピアノの前で哲也と拓哉が待っていた。他の部員はまだ数人しか来ていなかった。

「待ったぁ?」
と僕は声を掛けた。

「いや、全然」
と哲也は首を振った。

「今日は? 練習は?」
と拓哉が聞いてきた。
これは『今日はヴァイオリンの新人教育担当の日か?』という意味だ。

「今日はないで」
と僕は首を振った。

「それなら今日は思いっきりやれるな」
と安心したように拓哉が頷いた。

「まあね……ってお前らはええんかぁ?」
確かチェロとコントラバスにも新人が入ったはずだ。この二人は必然的に教育担当になるだろう?

「ああ、うちは全員経験者。それにパート練習は真奈美がやっとぉ」
と哲也は言った。

「うちは未経験は信二だけやからなぁ。夕子と育美に任せとるわ。まあ、面倒なら吹部に出してもええねんけどな。ついでに……」
と拓哉が続けて言った。

 言われてみればそうだった。
チェロは真奈美以外のメンバーは二年生の島村敦子と一年生の『哲也命』の経験者高嶋喜一。どちらも付きっきりで教える必要は無い。コンバスは未経験の一年生杉山信二を先輩三人がかりで教えている。

 そう言う状況なので哲也と拓哉がわざわざ教える必要はないだろう。
しかし気になるひと言が耳に残った。

「ついでに吹部に……って? それどういう事なん?」
と僕は聞き返した。今年入った一年生の杉山信二を吹部で教育してもらうって事なのか? 何故そんな事が?

「お前、聞いてなかったんかぁ? 管楽器担当の奴らは基本的に夏の大会が終わるまでは吹部にも行く事になったやん」
と哲也が呆れたような顔をして言った。

「え? そうなん? 知らんかったわ」
初耳だった。
僕の知らないところで器楽部と吹奏楽部との間に色々と協力関係が築かれていたようだ。
僕は驚いて聞き返した。

「あ、そうかぁ……お前だけやもんな。三年生でパートリーダーも役職も何にもなってないのん」
何故か上から目線で哲也が言ってきた。

「いや、そんな事ないぞぉ。他にも何もやってない三年おるわ。それに俺はピアノのパートリーダーやし……」
と僕は一応反論を試みてみた。

「ほほぉ、じゃあピアノの他のメンバーは?」
なんとなく哲也に詰められているような気がする。

「おらんけど……」
一応冴子も宏美も元々ピアノのメンバーだったが、今はヴァイオリンがメインになってピアノの事は無かったことになっている。だからピアノのパートリーダと言っても結果的にそうなったというだけで、ほとんど無視されていた。

「パートリーダー以外の他の役職はなにやってんのや?」
と哲也は更に詰め寄ってくる。

「OB担当……」

「それって何すんの?」

「何か催しもんがあったらOBに連絡をする係」
OBと言っても三人しか知らないけど……

「催しもんって、何かあったか?」
冷ややかな視線で哲也は聞いてくる。

「まだなんもない」

「じゃあ、まだなんもしてないんやな?」

――いちいち確認してくんな――

「まあ、そうともいう」

「ほら見ろ、俺の言うた通りやんか」
と最後に哲也は勝ち誇ったような顔でさらに上から目線で僕に言った。

「まあ、何かあったらお前らに後で聞いたらええし……」
と僕は言い訳じみた負け惜しみしか言えなかった。

 僕と哲也の会話を見かねた拓哉が
「管楽器は吹部で教えてもらった方が早いからと顧問同士が相談してそうなったみたいや。ついでに折角やから夏の大会も参加させよって事になったんや。まあ、吹部は人が多いから、A部門ではなくBとかS部門になるんやろうけど……」
とちゃんと教えてくれた。拓哉は哲也と違って優しい。

「もしかして千恵蔵やハヤンもか?」
と僕は聞き返した。

「例の三人は実力あるから乞われて大会終わるまでレンタルされたわ」
と笑いながら拓哉は言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?

ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。 そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。 彼女に追い詰められていく主人公。 果たしてその生活に耐えられるのだろうか。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

処理中です...