北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
317 / 406
新入生

個性的なチェロ

しおりを挟む

「後はチェロとコンバスね。え~と高嶋喜一君と海江田育美さんね」
と冴子は再び新入部員の名簿を見ながら名前を読み上げた。

名前を呼ばれた二人は同時に返事をして指揮台の前に立った。

 冴子は高嶋喜一の顔を暫く見つめていたかと思うと
「哲っちゃん……高嶋君の事よく知っているの?」
と聞いた。

「え? まあ、知っていると言えば知っているけど……なんで?」
と唐突に聞かれた哲也は不思議そうな顔で聞き返した。

「だってこの入部届に『立花哲也の弟子』って書いてあるんやけど……」
と言って哲也に高嶋喜一が提出した入部届を見せた。

 僕も覗き込んでそれを見た。
冴子の言うとおり名前の前に確かに『立花哲也の弟子』とは書いてあったが、それよりも入部届の余白の部分に目を奪われた。
そこにはどう見ても河童にしか見えない生き物が星と花をバックにチェロらしきものを弾いている姿が描かれてあった。ついでに後光の様な線も書き込まれていた。

 その河童の様な得体の知れないモノの下に『立花哲也命』と更に訳の分からないひとことが書かれていた。
冴子は笑いを堪えながらその入部届を哲也に渡した。
それをまじまじと見た哲也は
「喜一ぃ……お前何を書いてんねん!」
と叫んだ。
哲也の手に握られた入部届が震えている。

「え? 似てませんか? そのおかっぱな髪型そっくりでしょう?」
と自信満々な表情で高嶋喜一は応えた。

 やはりあの河童モドキは哲也の似顔絵だったらしい。
その入部届は哲也の手から奪われ、皆に回され、音楽室を爆笑の渦に巻き込んだ。
ただでさえこの頃いじられキャラが定着しつつあった哲也だが、まさかボケ役の相方までできるとは思ってもいなかった。お笑い子弟コンビの誕生だ。これはまさに神の差配か?

「おかっぱとちゃうわ! アホ! これはロッド・スチュワートの髪形や!」
と怒鳴っていたが、そもそも『ロッド・スチュワート』を誰も知らんだろうが! それが分かるのは僕と拓哉ぐらいだ。誰も反応できない。残念ながら一昔前のロックスターの事は誰も知らない。

――高嶋喜一は哲也の中学時代の後輩だったのか?――

「第一! お前、なんでここにおんねん!」
と哲也が怒鳴っていた。

「入試に合格したからですよ。決まっているでしょう!」
と哲也のツッコミをどこ吹く風とばかりに高嶋喜一は言い返していた。少し感性に微妙なズレがある。

「そう意味では無くてやなぁ」
と更に哲也の声が大きくなった。

 それを横目に拓哉が冷静に
「あいつ、哲也と同じ先生のところにおった奴やな」
と教えてくれた。

「同じ先生のところでチェロを習っていたって事?」

「そうそう」

「へぇ、そうなんや。会った事あんの?」

「一度だけな。そん時も哲也の事を崇拝しとったかならなぁ……」
他に崇拝するものが無いのか? と言いたげな表情で拓哉は教えてくれた。

「それはなんとなく分かるけど……なんかそれを表現する方法が間違っているような気がすんねんけど……」

「確かに屈折しとんなぁ……」
と拓哉は苦笑いしながら言った。

 音楽室の笑いが収まると、指揮台の上から冴子が管楽器経験者の新入部員の名前を読み上げ、担当楽器を確認していた。
勿論彼らの希望は今まで一緒に共にしてきた楽器だった。

「それよりも、今名前を呼ばれた管楽器の経験者な……あいつらの内三人は俺の後輩なんや」
と今度は真顔で拓哉は言った。

「え? 三人も国香中の奴らがうちに来たん?」
僕は驚いて聞き返した。

「ああ」
と拓哉は憂鬱そうな顔で応えた。

 再び栄と建人の顔が目に浮かんだ。どうやら拓哉も同じ情景が浮かんだようで、ウンザリした表情を見せると首を振った。

 その時冴子が指揮台の上から
「それでは皆さん希望楽器の前に集まって下さい」
と声を張り上げた。

僕たちの会話はそこで途切れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神の子扱いされている優しい義兄に気を遣ってたら、なんか執着されていました

下菊みこと
恋愛
突然通り魔に殺されたと思ったら望んでもないのに記憶を持ったまま転生してしまう主人公。転生したは良いが見目が怪しいと実親に捨てられて、代わりにその怪しい見た目から宗教の教徒を名乗る人たちに拾ってもらう。 そこには自分と同い年で、神の子と崇められる兄がいた。 自分ははっきりと神の子なんかじゃないと拒否したので助かったが、兄は大人たちの期待に応えようと頑張っている。 そんな兄に気を遣っていたら、いつのまにやらかなり溺愛、執着されていたお話。 小説家になろう様でも投稿しています。 勝手ながら、タイトルとあらすじなんか違うなと思ってちょっと変えました。

両親と妹から搾取されていたので、爆弾を投下して逃げました

下菊みこと
恋愛
搾取子が両親と愛玩子に反逆するお話。ざまぁ有り。

妄想少女

y
ライト文芸
少女の四コマ妄想小説

強面男の行進曲

C@CO
ライト文芸
 とある地方都市のほぼ中心部に位置する商店街の一角で店を構えている細谷誠治はコンプレックスの塊である。  大柄で筋肉質、ガタイの良い肉体、どんな時にも表情筋が動かない顔、etc。「男らしい」と称える人もいるだろうが、誠治にとっては「欠陥だらけの身体」だった。  理由は、商売人として客を怖がらせるから。せいぜい役立つのは、夏祭りで近所の悪ガキたちがやる肝試しに怖がらせる側として参加する時くらい(一年で最も楽しいことではある)。おまけに、生花店を営むのに、花を飾るセンスが欠片もない。酒も飲めない。  それでも、自分の人生は幸せな方だと思っていた。常連客からの贔屓によって店の営みに今のところ問題はない。商店街の先輩店主たちからは可愛がられ、幼い時からの幼馴染も多くいる。中学高校の同級生で妻の美里もいた。  つまづいたのは、美里の浮気を知った時。  同時に、行進曲の公演開幕のベルが鳴る。曲を奏でるのは、強面男と横に並び支える仲間たち。  * 全3話、2万6千字。 カクヨムで先行して投稿しています。 小説家になろうにも投稿しています。

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。 二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。 案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。 そんなある日、ついに事件が起こる。 オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。 どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。 一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

すべてが叶う黒猫の鈴

雪町子
ライト文芸
その黒猫の首輪には鈴がついている。 魔法の鈴だ。 何一つ不自由のない生活をおくる黒猫が、いじめられっこの少女『彩』と出会ったその日から、運命の歯車はくるくると回りだす。 ――『ない』ものを『ある』ことにはできないし、『ある』ものも『ない』ことにはできないんだよ。 すべてが叶う鈴とひきかえに、『特別』をなくした黒猫の物語。

処理中です...