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グランドピアノがやってきた日
安藤さんの店にて
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夕食が終わってから僕はオヤジの携帯電話を鳴らした。いつものようにオヤジは安藤さんの店で飲んでいた。他に行くところはないのか? とツッコみたくなったがそれはやめた。
実は夕食をさっさと済ませて新しく我が家にやってきたピアノを弾こうと思っていたのだが、グランドピアノのお礼もそこそこに僕は携帯電話を切ると安藤さんの店に向かっていた。
電話で話していて気が変わった。唐突にオヤジと話をしたくなった。そう……ピアノの事に関して何か話をしてみたくなった。別に話す事など思い付きはしないのに……いや、僕がオヤジから何かを聞きたかったのかもしれない。
外に出ると雨が降りそうだった。冬にしては湿度の高い夜だった。
店に着くとカウンターでオヤジはロックグラスを煽っていた。
「なんや? 早かったなぁ」
グラスをコースターの上に置くとオヤジはそう言った。
「うん」
僕は曖昧な返事をしながらオヤジの隣に座った。
「グランドピアノありがとう」
「ああ、、ちゃんと弾くんやで」
オヤジは僕を見ずに横顔で返した。『何度もお礼を言わなくてもええ』とでも言いたそうな雰囲気だった。でも、なんだかオヤジは嬉しそうだった。
そしてそのまま飲み干したグラスを安藤さんに差し出した。
僕は
「うん。分かっとぉ」
と応えてから安藤さんに
「ホット下さい」
と珈琲を注文した。
「あいよ」
と安藤さんは応えてから
「ちょうど淹れたてのがあんねん」
と言ってサイフォンからカップに珈琲を注いだ。
僕はそれを黙って見つめていた。
安藤さんが
「はいよ」
と言って僕の目の前に珈琲カップを置いた。
僕はその珈琲を一口飲んだ。
冷えかけたからだが温まっていく。
美味しい珈琲だった。そう言えばこの頃ブラック珈琲にも慣れてきて、砂糖の誘惑もあまり感じなくなっていた。
僕はカップをソーサの上に置くとオヤジに
「なあ、あのピアノは父さんが選んだんやんな」
と聞いた。
「ああ、そうや」
「試し弾きしたんやんなぁ」
「うん? 当たり前や。弾かんと買う奴なんかおらんやろ……なんや? 音が気に食わんかったんか?」
とオヤジは首をかしげながら聞いてきた。
「いや、音はめちゃ気にいってんねん。ホンマにええ音してた」
「そうやろ? アップライトと比べたらレンジも広いしな。まだ鍵盤は硬いかもしれんけど、その内慣れてくると思うわ」
とオヤジはそう言いながらカウンターの上でピアノを弾くように指を動かした。
「うん。ちょっとまだ硬かったけど気にならんかった。さっきちょこっと弾いたんやけど、気持ちよく弾けたで」
「ほぉ、そうかぁ。それは良かった」
と言ってオヤジは笑った。
「でなぁ……父さん、あのピアノ……試し弾きでショパンを弾いたやろ?」
横目でオヤジの顔を見ながら言った。
「え? なんで分かんのや?」
オヤジは驚いたような顔で僕を見つめた。
僕はすかさず
「それって『ノクターン第2番』やろ?」
と聞いた。
「え?……」
オヤジは僕の顔を見たまま絶句していた。
「当たりやな……」
やっぱりそうだった。
「ああ、そうやけどよう分かったなぁ」
と不思議そうな顔で聞いてきた。
「ああ……オヤジの息子やからなぁ」
それを聞いて
「ああ、そうかぁ……そうやったなぁ……お前もお嬢に会っとったんやったわ」
とオヤジはやっと納得したようで、安藤さんが新しく出したグラスに手を伸ばした。
お嬢に会ってから僕にもそう言うものが見える体質になった事を、オヤジは思い出したようだ。
――お嬢に会わせたんは、オヤジやぞ! 忘れてどうする――
と言いたかったがその言葉は飲み込んだ。
オヤジは一口グラスに口をつけてから
「……で、お前もそれを弾いたんか?」
と聞いてきた。
実は夕食をさっさと済ませて新しく我が家にやってきたピアノを弾こうと思っていたのだが、グランドピアノのお礼もそこそこに僕は携帯電話を切ると安藤さんの店に向かっていた。
電話で話していて気が変わった。唐突にオヤジと話をしたくなった。そう……ピアノの事に関して何か話をしてみたくなった。別に話す事など思い付きはしないのに……いや、僕がオヤジから何かを聞きたかったのかもしれない。
外に出ると雨が降りそうだった。冬にしては湿度の高い夜だった。
店に着くとカウンターでオヤジはロックグラスを煽っていた。
「なんや? 早かったなぁ」
グラスをコースターの上に置くとオヤジはそう言った。
「うん」
僕は曖昧な返事をしながらオヤジの隣に座った。
「グランドピアノありがとう」
「ああ、、ちゃんと弾くんやで」
オヤジは僕を見ずに横顔で返した。『何度もお礼を言わなくてもええ』とでも言いたそうな雰囲気だった。でも、なんだかオヤジは嬉しそうだった。
そしてそのまま飲み干したグラスを安藤さんに差し出した。
僕は
「うん。分かっとぉ」
と応えてから安藤さんに
「ホット下さい」
と珈琲を注文した。
「あいよ」
と安藤さんは応えてから
「ちょうど淹れたてのがあんねん」
と言ってサイフォンからカップに珈琲を注いだ。
僕はそれを黙って見つめていた。
安藤さんが
「はいよ」
と言って僕の目の前に珈琲カップを置いた。
僕はその珈琲を一口飲んだ。
冷えかけたからだが温まっていく。
美味しい珈琲だった。そう言えばこの頃ブラック珈琲にも慣れてきて、砂糖の誘惑もあまり感じなくなっていた。
僕はカップをソーサの上に置くとオヤジに
「なあ、あのピアノは父さんが選んだんやんな」
と聞いた。
「ああ、そうや」
「試し弾きしたんやんなぁ」
「うん? 当たり前や。弾かんと買う奴なんかおらんやろ……なんや? 音が気に食わんかったんか?」
とオヤジは首をかしげながら聞いてきた。
「いや、音はめちゃ気にいってんねん。ホンマにええ音してた」
「そうやろ? アップライトと比べたらレンジも広いしな。まだ鍵盤は硬いかもしれんけど、その内慣れてくると思うわ」
とオヤジはそう言いながらカウンターの上でピアノを弾くように指を動かした。
「うん。ちょっとまだ硬かったけど気にならんかった。さっきちょこっと弾いたんやけど、気持ちよく弾けたで」
「ほぉ、そうかぁ。それは良かった」
と言ってオヤジは笑った。
「でなぁ……父さん、あのピアノ……試し弾きでショパンを弾いたやろ?」
横目でオヤジの顔を見ながら言った。
「え? なんで分かんのや?」
オヤジは驚いたような顔で僕を見つめた。
僕はすかさず
「それって『ノクターン第2番』やろ?」
と聞いた。
「え?……」
オヤジは僕の顔を見たまま絶句していた。
「当たりやな……」
やっぱりそうだった。
「ああ、そうやけどよう分かったなぁ」
と不思議そうな顔で聞いてきた。
「ああ……オヤジの息子やからなぁ」
それを聞いて
「ああ、そうかぁ……そうやったなぁ……お前もお嬢に会っとったんやったわ」
とオヤジはやっと納得したようで、安藤さんが新しく出したグラスに手を伸ばした。
お嬢に会ってから僕にもそう言うものが見える体質になった事を、オヤジは思い出したようだ。
――お嬢に会わせたんは、オヤジやぞ! 忘れてどうする――
と言いたかったがその言葉は飲み込んだ。
オヤジは一口グラスに口をつけてから
「……で、お前もそれを弾いたんか?」
と聞いてきた。
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