北野坂パレット

うにおいくら

文字の大きさ
上 下
288 / 406
さよならコンサート

サヨナラの言葉

しおりを挟む
「滅茶、話しづらい雰囲気作られてもうたんやけど……」
といつものように笑顔で千龍さんが口を開いた。少しその一言で音楽室に笑いが戻った。

「バサや彩音の言う通り、器楽部の皆さんには感謝しかありません。僕も三年生になってから器楽部を立ち上げるなんて夢にも思っていませんでした。美奈子先生からその話を聞いた時は『マジか!』と驚きました」
その時、石橋さんが
「いつもは美奈子ちゃんって言うとんとちゃうんかぁ!?」
と叫んだ。

「いや……それは」
と千龍さんが焦ったが

「それは知ってるぞ」
と美奈子先生が太めの声で応えた。

 千龍さんは一度息を吸い込むと観念したような表情を作り、それからおもむろに
「その美奈子ちゃんがねぇ、『器楽部作る』って言ったのよぉ」
と変に甘えたオネエ声で言った。

部室には笑い声が満ちた。

 千龍さんは美奈子先生の姿が見えない時は、いつも親しみと愛情を込めて『美奈子ちゃん』と呼んでいた。それは部員なら誰でもが知っている公然の事実だった。
まさか先生本人にまでバレていたとは思わなかったが……。

美奈子先生は苦笑しながら隣の谷端先生と何か言葉を交わしていた。

 千龍さんは軽く咳払いをしてから話を続けた。
「美奈子ちゃんに『器楽部を作るから』と言われた時は疑心暗鬼やったけど、ホンマに例の三人が美奈子ちゃんと音楽室で僕らを待っているのを見た時はメッチャ嬉しかった。これだけでも充分なのに、あとから来てくれた二年生と一年生。ホンマに、よぉ来てくれたわ。感謝しかあらへん。それとここにはおらへんけど吹部のメンバーと谷端先生ありがとうございました。まさかこの学校でオーケストラがやれるとは思いもしませんでした」
と言って千龍さんは谷端先生に頭を下げた。
谷端先生は片手を挙げて笑顔で返した。

 
「今日で三年生はホンマに引退やけど、始まるのが遅かった分最後まで粘らせてもろてありがとう。皆さんのお陰で気持ちよくこんな時期まで居座る事が出来ました。卒業しても演奏会とか定期公演なんかは顔を出します。その時にまたみんなに会える事を楽しみにしています。
 器楽部は吹部と違ってコンクールなんてものは縁が遠いんやけど、その分本当に音楽を、演奏を楽しめる部活やと思う。だからここに入って初めて弦楽器に触れた一年生はじっくりと基礎を学びながら楽しんで欲しい。
 縁が遠いと言ったけど、昨年は藤崎・鈴原・結城・立花はコンクールに出て優秀な成績を納めました。そんな先輩が今度は最上級生としてこの部にいます。彼ら彼女らから教わる事ができる皆さん、本当に幸運だと思います。どんどん教わって下さい。
 そして今年も、瑞穂と冴子はコンクールに出るでしょう。皆さん応援してあげて下さい。蚤の心臓のアニオタの事は知りませんが、出るようであれば適当に応援してあげて下さい」

しんみりとしていた音楽室に少し笑いが戻った。いつもはひとことふたこと位で話を終わらせる千龍さんにしては長い話だ。でも、何故かもっと聞いていたいと思っていた。

「それと最後に……この器楽部は自由奔放にして和気あいあいな本当にいい部活だと思います。これからこの器楽部はそう言う『音楽を純粋に楽しむ』伝統をドンドン作っていって欲しいです。それは皆さんにかかっています。楽しみにしています」

千龍さんはそう言うと一歩後ろに下がった。

 そして三人一列に並んでから
「本当にありがとうございました」
と三人同時に頭を下げた。

僕たちはそれに笑顔と拍手と涙で応えた。

 僕達こそよくぞ器楽部を作ってくれたと、誘ってくれたと感謝の言葉を述べたいぐらいだ。ピアノしか頭に無かった僕に、もう一度音楽と言うものをじっくりと考える時間をくれた先輩達には感謝しかない。

 もうこの先輩達と会えなくなると思うと、とても寂しかったしやり残した感が中途半端ではなかった。
千龍さんの言う通り本当にこの器楽部は自由で気ままで、それでいてまとまりのある良い部活だと思う。
だからこの人たちと一緒に創った器楽部を、もっといい部にしたいとも思った。

 音楽室を出て行く先輩たちを部員全員で見送りながら、僕は心の中で「ありがとうございました」と呟いた。
僕たちがこれからこの部を引っ張っていく責任を感じながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

処理中です...