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うにおいくら

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シゲル

会話

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 そんな僕の心の動揺を悟らせないように平静を装いながら
「一期一会だなあ」
とシゲルに言った。この言葉にあまり意味はなかった。

「この場合それを使うのか?」
とシゲルが聞いてきた。僕のセリフの薄っぺらさを彼に看破されたのかと思って一瞬ひやりと心がざわついたが、更にそれも悟られないように言葉をつないだ。
僕はとても見え張りだ。

「さあ? 良く分からんが、あれっきり会っていないオッサンの頼みを実現しよとするなんてこれ以外の言葉が思い浮かばん……お前他に何か浮かぶか?」

「うんにゃ。そもそも一期一会さえ浮かばなかった……一宿一飯なら今浮かんだけど」
シゲルはそう言うと笑って珈琲を飲んだ。どうやら彼は僕の心の動揺など微塵も感じていなかったか問題にもしていなかったようだ。

「それでも良いかもなぁ……宿はないけど……でも凄いなぁ……俺ちょっとシゲルを見直したわ」
 僕は本心からそう思っていた。これは隠さずに正直に口にした。
ただそう言いながらも僕は、自分の気持ちをそうやって落ち着かせていた事は否めない。

「なんか、そんな言葉、聞き慣れてないからめっちゃテレるわ。やめてくれ」
とシゲルは本気でテレていた。

 なんだか新鮮だった。シゲルもこんな顔が出来るのかと少し驚いた。
何度もシゲルの笑い顔は見ているが、僕の知っているシゲルはこんな柔らかい表情をする奴ではなかった。

 そういえば中学生の時に無かった眉毛が生えていた。だからか表情が中学時代よりも柔和に見えていたんだと今、気が付いた。

 でもやっぱりシゲルはシゲルだ。
昔から正義感と責任感は強かったが、それを向ける場所と時間と相手とか色々なものを間違えていただけだった。
 彼も高校生になって、本当に向けるべき矛先が徐々に見えてきたのかもしれない。
そんなシゲルに比べて僕はまだなにも見えていない。恥ずかしさの次は少し焦りを覚えた。

「お前、なんか大人に見えるわ」
と僕は思っている事を正直にシゲルに言った。

「俺がタバコを吸っとるからやろ」

「いや、ちゃうと思う」
と僕は首を振った。

「そうかぁ? お前なんか変やぞ。なんか悪いもんでも食うたんか?」
とシゲルは心配そうな表情を浮かべて聞いてきた。

「なんも食うてへんわ。なんかお前と話をしていたら同い年とは思えんかったんや。俺が子供に見えたわ」
僕は本気でそう思っていた。

 シゲルは困ったような顔をして
「だから……あれほど落ちたもんは喰うたらあかんって言うたのに……この子ったら変なことばっかり言いよるわ」
と心の底から心配しているような表情で僕の顔を覗き込むようにして言った。

「そんなもん喰うてへんし。それに第一そんな事お前に言われた覚えもないし」
 シゲルの照れ隠しかと思って聞いていたが、いつの間にか僕はシゲルにおちょくられている事に気が付いた。

「え? そうかぁ? でも、俺は変わってへんで」
 そう言ってシゲルは笑うと珈琲を一口飲んで、手元のカップに目を落とした。
そして真顔で
「でもな……あのオッサン……そう、あのオッサンは、お前の顔を見てあんな話したんやと思う」
と呟くように言った。

「俺の顔?」
シゲルが何を言いたいのか咄嗟には分からなかった。

「そう。間違っても俺に言うたんやない」

「どういうことや?」
僕はシゲルの言葉の意味が分からなかった。言いたい事が見えなかった。

 それを察したのか、シゲルは表情を和らげて言った。
「そんな難しい話とちゃう。俺は今もそうやけどその時はもっとアホ面やった。お前は俺と違って賢そうな顔していた。だからあの話をオッサンはお前にしたんや」

「そうかなぁ……」
僕はその考えには同調できなかった。シゲルが何故そう思うのかも理解できなかった。

「あの時、お前がいて真ん中に俺がいて、そんであのオッサンやろ? 俺よりもお前の顔が見えていたはずや。なんせ俺はお前の方を向いて話をしていたからな。オッサンが見ていたのはほとんど俺の後ろ頭や」
とシゲルは記憶を辿るように言った。

「うん。たぶんその並びでカウンターにいたと思う」
僕の記憶はそこまで克明ではなかったが、言われてみたらそうだったような気がする。『しかしシゲルはそんな細かい事をよく覚えているものだ』と僕は少し驚いていた。

「奢ってもらった串カツ食っていた時にな。あのオッサンが俺に言うてきたんや『ぼくの隣のお兄ちゃんは賢いやろう? 成績もええやろう?』って。で俺は『そうや』って言うたんや」
この話は初耳だった。
「ほんまかぁ? 今、話を盛ってないか?」
と僕は半信半疑になりながら聞き返した。

「盛ってへん、盛ってへん……お前はその時、串カツ食うのに必死やったからな」
シゲルは笑いながらだが強く否定した。

「でな、あの話の後に俺に向かって『ぼくな、勉強は焦らんでええんやで、いつか勉強がしたくなる時が来る。そん時にやればええんや。人には人の時間の流れがあるからな。焦ったらあかんねんで。ぼくにしかできひんことが絶対にあるからな』ってな。それがめちゃ頭に残ってな。今でもず~と覚えててん」
シゲルはそのオッサンの声色を真似て話をした。

「そんな事があったんや……そんなん全然覚えてへんわ」
と僕はまだ信じられないでいた。
 
 シゲルは
「お前、本当に串カツしか見てなかったなぁ……ええとこのボンやのに飢えとったんやのぉ」
とからかうように笑った。

「そんな事ないわ……でも串カツ貰ってからの事はあんまり覚えてへんわ」
情けないがシゲルの言う事は少し身に覚えがあった。

「ほら見ろ。やっぱりそうやったんや」
シゲルはやはり勝ち誇ったように笑った。少し悔しかったがシゲルの言う通りのような気もして言い返すのは諦めた。

「で、話を戻すとやな。あのオッサンはお前の顔を見てあの話をして、俺の顔を見て慌てるなって言ったんや。俺は勉強がでけへんって見破られていたみたいや」

「で、今その勉強したいと思う時が来たと?」

「そう、ホンマに来た。スゲ~って思った」

「俺も今そう思った」

「人生で初めて大人の言う事を凄いと思ったわ」
シゲルはそう言うと持っていたタバコを灰皿に押し付けて丁寧に消した。

僕はその灰皿から立ち上る煙を目で追った。
 

 僕は視線をシゲルに戻すと
「この前な……って今年の春やってんけど、生まれて初めて父親に会ってん」
とオヤジの話をし始めていた。

 本当に気がついたら僕の口からオヤジの話が出てしまっていた。

「ああ、そうかぁ。お前んちはオトンがおらんかったなぁ」
シゲルは思い出したように頷いた。

「ああ、俺が生まれてすぐに離婚しよったからな。でなぁ、高校に進学した記念にってうちのオカンが会えって言うから会ったんや」

 シゲルは頷きながらタバコを1本取り出して咥えた。
すぐには火を着けずに僕の次の言葉を待っているようだった。

「想像したのとはちゃう父親やった……というか想像したのとは違うオッサンやった。一言で言ったら変なオトンやったけど、なんかおもろいオトンやった」
なかなかあのオヤジをひとことで言い表すのは難しい。

「そうなんや。生きてオトンに会えて良かったな」
そう言ってシゲルは笑うと、咥えたタバコに100円ライターで火をつけた。
ほんのりとタバコの香りがする……この匂いは嫌いではないなと思ったが、吸いたいとは思わなかった。

「うん。まあな」
そう言いながら何故かちょっと僕はテレていた。他人に自分の父親の話をするって案外テレるもんだなと気がついた。

「あんなぁ……話変わるねんけどな。オトンの友達がやっている店があんねん。BARやねんけど、昼間から空いているちょっと変な店なんや」
 僕はこれ以上オヤジの話をすると、本当にファザコンと思われるかもしれないと危惧したので話題を変えた。

「え? 昼間から酒が飲めんの?」
さっきからシゲルは何度驚いたような表情をしただろう。
僕の知っているシゲルは、こんなに感情を素直に出せる奴ではなかったような気がする。

「いや、飲めると思うけど昼間は喫茶がメインや」

「カフェバーみたいなもんか?」

「そうやねんけど、マスター本人はBARやって言い張っているけど……。そこのマスターも結構格好ええねん。ギター弾いている姿は渋いねんぞぉ」

「へ~なんか、お前がそんなに言うんやからホンマに格好エエんやろうなぁ。エエでぇ、行くで。いつでも誘ってや」
 そういうと思い出したようにシゲルは左手に嵌めた腕時計を見て
「あ、そろそろバイトの時間や」
と言った。

「バイトしてんの?」
と僕が聞くとシゲルは笑いながら
「ああ、学費稼いでんねん。大学行く資金も貯めなあかんしな。なんせうちは先祖代々由緒正しい貧乏人やからな」
というと灰皿にタバコを押し付けて消して、テーブルのレシートを取って立ち上がった。

「亮平、ほな、また連絡するわ」

「ああ、シゲル、その店行こな」

「おお、じゃあ携帯番号教えとくわ」
そう言って僕たちはお互いの携帯電話の番号を交換した。

 先にレジの前に立ったシゲルはお茶代を全部払った。
「俺の分は?」
と聞くと
「ええわ。今日は奢りや。再会を祝してやな」
と笑った。

「俺が助けてもらったのになぁ」
と僕は申し訳ない気持ちになっていた。

「気にせんでええ。今日は久しぶりに亮平に会えてホンマに良かったわ」

「分かった。今度は俺が奢るわ。ご馳走さん」
僕はそういうと素直にシゲルに珈琲を奢ってもらう事にした。
その時も『安藤さんの店に連れて行ったらやっぱり面白いやろうなぁ……』と思っていた。シゲルと安藤さんの会話に興味が湧いていた。

「店はトアロードあんねん」

「トアロードか、近いな」

 僕たちは店を出るとそこで別れた。

シゲルは南京町を西に歩いて行った。
僕はその後姿を見ていたが、シゲルは一度振り返って手を振ってくれた。
さっき六人の絶滅危惧種を本当に絶滅に追い込んだ男とは思えない、いい笑顔だった。

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