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オーケストラな日常
本音
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オヤジは話を続けた。
「そういえば冴子が『辞めると決めてからは亮平のピアノの音がとっても好きになった』とか言うとったな。それを聞いて『もしかしてピアノを辞める事は彼女の中では既定路線で、辞めるからには華々しく散ったろか』みたいな事で俺のピアノを習いたかったのかなとか何となく思ったけどな。ま、とにかく、昔から冴子は亮平の音が好きやったんやろう。でも自分がピアノをやる限り、それを素直に認められなかったんとちゃうかな? あまりにも暢気すぎる星の王子様を見ていたらそんな気も失せるってな」
「だから辞めてヴァイオリンに転向すると決めたから、素直に聞けるようになったっていう事か……」
と鈴原さんが呟いた。
「多分な。俺はそう思ってるけど」
「ふむ」
鈴原さんはそう言ってまた考え込んだ。
「ま、……というのは建前で、本音はどんな手を使っても亮平に勝ちたかったんやろうな。その最善手が俺のピアノの音を再現するって事やったんやろう。さっきも言うたけど亮平がコンクールで一番聞きたくない音色やからな」
とオヤジはそう言ってグラスに口を付けた。
「それなら分からんでもない」
と鈴原さんは軽く頷いた。そしてビールグラスを口に運んだ。
「で、理由はどうあれ目論見通りコンクールの当日、冴子は最高の演奏をしてくれたわ。あそこまで本番で弾けるとは思わなんだけど、あの子はやりよったわ。その上。良い感じの順番で亮平は冴子の後に弾くことになったしな。逆やったら何の意味もないからな。で、冴子の演奏を聞いて亮平は頭の中が真っ白けや」
と憎たらしいほど楽しそうにオヤジは言った。
その時の事を思い出して僕はオヤジの首を絞めてやろうかと思った。
「このままやったら冴子の勝ちで終わるんやろうなと思ったら、何故か我が息子は立て直しよった。それも短時間に……あれには俺も驚いた。元々イチかバチかでやった事やし、頭の中が真っ白のまま終わる公算の方が大やってんけど、なんでか、こ奴は持ち直した上に、今までの最高の演奏をしよった」
と呆れたように言った。
「無我夢中やった……」
「それでええんや。自分で自分に縛りをかけていたからな。そこまで追い込まれんと判らん位にな」
「多分、そうやったと思う」
オヤジは頷くと
「舞台に上がったらな、後はピアノに任せんのや」
と言った。
「ピアノに?」
「そうや。それだけのピアノは今まで弾いてきたはずやろ? ファイナルの舞台に上がるという事は『それを許された人間や』という証明や。もう何も余計な事を考える必要はない。だから後はピアノに任せたらええ。お前ならその意味が分かるやろ?」
「うん。なんとなくやけど分かる」
「何も考えずにお前の感じた音をそのまま表現する。それがお前の音や。それが許されるのもお前の個性や」
「そうなんや……」
「それを人は才能と呼ぶ」
と人差し指を鼻の頭に持ってきて、決め台詞のようにオヤジは言った。
「え? そうなん?」
「ああ……多分な」
と、そこでオヤジは笑った。今までの真剣な表情は何だったんだ? どこまで本気なのかよく分からんオヤジだ。
「そういえば冴子が『辞めると決めてからは亮平のピアノの音がとっても好きになった』とか言うとったな。それを聞いて『もしかしてピアノを辞める事は彼女の中では既定路線で、辞めるからには華々しく散ったろか』みたいな事で俺のピアノを習いたかったのかなとか何となく思ったけどな。ま、とにかく、昔から冴子は亮平の音が好きやったんやろう。でも自分がピアノをやる限り、それを素直に認められなかったんとちゃうかな? あまりにも暢気すぎる星の王子様を見ていたらそんな気も失せるってな」
「だから辞めてヴァイオリンに転向すると決めたから、素直に聞けるようになったっていう事か……」
と鈴原さんが呟いた。
「多分な。俺はそう思ってるけど」
「ふむ」
鈴原さんはそう言ってまた考え込んだ。
「ま、……というのは建前で、本音はどんな手を使っても亮平に勝ちたかったんやろうな。その最善手が俺のピアノの音を再現するって事やったんやろう。さっきも言うたけど亮平がコンクールで一番聞きたくない音色やからな」
とオヤジはそう言ってグラスに口を付けた。
「それなら分からんでもない」
と鈴原さんは軽く頷いた。そしてビールグラスを口に運んだ。
「で、理由はどうあれ目論見通りコンクールの当日、冴子は最高の演奏をしてくれたわ。あそこまで本番で弾けるとは思わなんだけど、あの子はやりよったわ。その上。良い感じの順番で亮平は冴子の後に弾くことになったしな。逆やったら何の意味もないからな。で、冴子の演奏を聞いて亮平は頭の中が真っ白けや」
と憎たらしいほど楽しそうにオヤジは言った。
その時の事を思い出して僕はオヤジの首を絞めてやろうかと思った。
「このままやったら冴子の勝ちで終わるんやろうなと思ったら、何故か我が息子は立て直しよった。それも短時間に……あれには俺も驚いた。元々イチかバチかでやった事やし、頭の中が真っ白のまま終わる公算の方が大やってんけど、なんでか、こ奴は持ち直した上に、今までの最高の演奏をしよった」
と呆れたように言った。
「無我夢中やった……」
「それでええんや。自分で自分に縛りをかけていたからな。そこまで追い込まれんと判らん位にな」
「多分、そうやったと思う」
オヤジは頷くと
「舞台に上がったらな、後はピアノに任せんのや」
と言った。
「ピアノに?」
「そうや。それだけのピアノは今まで弾いてきたはずやろ? ファイナルの舞台に上がるという事は『それを許された人間や』という証明や。もう何も余計な事を考える必要はない。だから後はピアノに任せたらええ。お前ならその意味が分かるやろ?」
「うん。なんとなくやけど分かる」
「何も考えずにお前の感じた音をそのまま表現する。それがお前の音や。それが許されるのもお前の個性や」
「そうなんや……」
「それを人は才能と呼ぶ」
と人差し指を鼻の頭に持ってきて、決め台詞のようにオヤジは言った。
「え? そうなん?」
「ああ……多分な」
と、そこでオヤジは笑った。今までの真剣な表情は何だったんだ? どこまで本気なのかよく分からんオヤジだ。
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