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コンクールの二人
週明けの音楽室
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週が明けて僕はいつものように昼休みを音楽室でピアノを弾いていた。
そこへ瑞穂と冴子がやってきた。勢いよく音楽室の扉を開けて、僕の練習に思いっきり水を差してくれたのは瑞穂だった。
僕はピアノを弾く手を止めて彼女たちがピアノの傍まで来るのを待った。
「もう昼ご飯済んだ?」
瑞穂が話しかけてきた。
「ああ」
「おめでとう。予選通過」
彼女たちはネットか新聞でコンクールの結果を確認した様だ。勿論、僕もそれは確認していた。
「サンキュー。でも本選を突破せんと意味ないからな」
と応えながらも誰かに『おめでとう』と言われるのは悪い気はしない。
「そうやね」
瑞穂はそう言って笑った。
「冴子も予定通りに通過してたな」
「うん」
冴子が頷いた。
「お前、二日目やってんなぁ?」
「そう。亮ちゃんは初日の午前やったね」
「ああ、そうやで」
「あのねぇ……実は……それ見に行っててん」
冴子は言おうか言うまいか迷っていたようだった。でも、我慢しきれずに言ってしまった……そんな素振りだった。なんだかいつもの冴子とは違う雰囲気がした。
こんなしおらしい素振りを見せる奴だったか?
「え? そうなん? それやったら声を掛けてくれた良かったのに……一人で?」
僕はまさか冴子が来ていたとは思ってもいなかったので驚いた。
「ううん。宏美と瑞穂と美乃梨の四人で行ったん」
冴子は首を軽く横に振って答えた。
「そうやったんや……どうやった俺の演奏」
「うん……何なん? あのエチュード!」
僕の問いに何かのスイッチが入ったかように、冴子は突然声のトーンを上げて詰め寄ってきた。やはりいつもの冴子だった。
「なんなんってなんや?」
このパターンは長い付き合いで慣れていたが、ここで来るとは思ってもいなかったので僕は一瞬たじろいだ。
「あんなエグイ鬼気迫るエチュードなんて初めて聞いたわ。なあ、瑞穂」
と冴子は瑞穂に同意を求めるように振り向いた。
「うん。びっくりした。あんな音が出せるんやってホンマに驚いた」
瑞穂も冴子と同意見の様だ。間髪入れずに頷いた。彼女にも何かのスイッチが入ったようだ。
「あんた、あんな弾き方してたっけ? コンクールだけは譜面通りのピアノを弾くかと思ったら、全然違うやん?」
と冴子がまた聞いてきた。
「え? あんなって……そんな変な弾き方してた?」
確かにいつもと違う感覚の中で弾いていたが、冴子にそんな風に言われるとは思っていなかった。
「してたわ! というかコンクールで弾くエチュードの弾き方やないやろ! あれは! 予選で弾くような音か? ……聞いてた人たちもあんたが弾き終わった後どんな対応してええか分からんで、あんたが出て行った事にさえ気が付かへんかったみたいやし……置いてけぼり感満載やわ!」
冴子の横で瑞穂もまた頷いていた。
――こいつら、こんなに仲良かったっけ?――
と心の中でそう思いながら
「そうやったんや……」
と僕は二人の顔を交互に見ながら僕は呟いた。
聴衆が僕の演奏から何かを感じ取れたら、いや聴衆に何かを与えられたら、それは違和感でも感動でも何でも良かった。
兎に角、僕は聞いていた人たちに何かを届ける事が出来たらそれで満足だった。
二人の言葉を聞いて僕は、この前の演奏が間違ってはいなかったという事をやっと少し実感できた。
何よりも予選で冴子に僕の音の粒を聞かせることが出来たので僕は少し満足していた。冴子に僕の音を届けるられるのは本選以降だと思っていたから……少しだけラスボス『冴子』に一矢を報いた勇者の気持ちになった。
予選通過者は十名。
その中に僕と冴子の名前はあった。
ここまでは予定通り。約一か月後の地区本選で更に三名に絞り込まれる。
これからが正念場なのだが、僕はいつもの演奏をするだけだと思っていた。変な気負いは全くない。
「あ、そうや。瑞穂も予選は通過してたんやんなぁ?」
と僕は瑞穂もヴァイオリンでコンクールに出場していたのを思い出した。
そこへ瑞穂と冴子がやってきた。勢いよく音楽室の扉を開けて、僕の練習に思いっきり水を差してくれたのは瑞穂だった。
僕はピアノを弾く手を止めて彼女たちがピアノの傍まで来るのを待った。
「もう昼ご飯済んだ?」
瑞穂が話しかけてきた。
「ああ」
「おめでとう。予選通過」
彼女たちはネットか新聞でコンクールの結果を確認した様だ。勿論、僕もそれは確認していた。
「サンキュー。でも本選を突破せんと意味ないからな」
と応えながらも誰かに『おめでとう』と言われるのは悪い気はしない。
「そうやね」
瑞穂はそう言って笑った。
「冴子も予定通りに通過してたな」
「うん」
冴子が頷いた。
「お前、二日目やってんなぁ?」
「そう。亮ちゃんは初日の午前やったね」
「ああ、そうやで」
「あのねぇ……実は……それ見に行っててん」
冴子は言おうか言うまいか迷っていたようだった。でも、我慢しきれずに言ってしまった……そんな素振りだった。なんだかいつもの冴子とは違う雰囲気がした。
こんなしおらしい素振りを見せる奴だったか?
「え? そうなん? それやったら声を掛けてくれた良かったのに……一人で?」
僕はまさか冴子が来ていたとは思ってもいなかったので驚いた。
「ううん。宏美と瑞穂と美乃梨の四人で行ったん」
冴子は首を軽く横に振って答えた。
「そうやったんや……どうやった俺の演奏」
「うん……何なん? あのエチュード!」
僕の問いに何かのスイッチが入ったかように、冴子は突然声のトーンを上げて詰め寄ってきた。やはりいつもの冴子だった。
「なんなんってなんや?」
このパターンは長い付き合いで慣れていたが、ここで来るとは思ってもいなかったので僕は一瞬たじろいだ。
「あんなエグイ鬼気迫るエチュードなんて初めて聞いたわ。なあ、瑞穂」
と冴子は瑞穂に同意を求めるように振り向いた。
「うん。びっくりした。あんな音が出せるんやってホンマに驚いた」
瑞穂も冴子と同意見の様だ。間髪入れずに頷いた。彼女にも何かのスイッチが入ったようだ。
「あんた、あんな弾き方してたっけ? コンクールだけは譜面通りのピアノを弾くかと思ったら、全然違うやん?」
と冴子がまた聞いてきた。
「え? あんなって……そんな変な弾き方してた?」
確かにいつもと違う感覚の中で弾いていたが、冴子にそんな風に言われるとは思っていなかった。
「してたわ! というかコンクールで弾くエチュードの弾き方やないやろ! あれは! 予選で弾くような音か? ……聞いてた人たちもあんたが弾き終わった後どんな対応してええか分からんで、あんたが出て行った事にさえ気が付かへんかったみたいやし……置いてけぼり感満載やわ!」
冴子の横で瑞穂もまた頷いていた。
――こいつら、こんなに仲良かったっけ?――
と心の中でそう思いながら
「そうやったんや……」
と僕は二人の顔を交互に見ながら僕は呟いた。
聴衆が僕の演奏から何かを感じ取れたら、いや聴衆に何かを与えられたら、それは違和感でも感動でも何でも良かった。
兎に角、僕は聞いていた人たちに何かを届ける事が出来たらそれで満足だった。
二人の言葉を聞いて僕は、この前の演奏が間違ってはいなかったという事をやっと少し実感できた。
何よりも予選で冴子に僕の音の粒を聞かせることが出来たので僕は少し満足していた。冴子に僕の音を届けるられるのは本選以降だと思っていたから……少しだけラスボス『冴子』に一矢を報いた勇者の気持ちになった。
予選通過者は十名。
その中に僕と冴子の名前はあった。
ここまでは予定通り。約一か月後の地区本選で更に三名に絞り込まれる。
これからが正念場なのだが、僕はいつもの演奏をするだけだと思っていた。変な気負いは全くない。
「あ、そうや。瑞穂も予選は通過してたんやんなぁ?」
と僕は瑞穂もヴァイオリンでコンクールに出場していたのを思い出した。
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